最後の毒
「それで? 次は誰があれを落とされたい?」
聖袋騎士たちは「ひいっ!」と引きつった悲鳴を上げてその場にひれ伏した。
うーん、ちょっと脅しが利きすぎちゃたかもしれない。
はぁ……今さらだけど、失敗しなくてよかった。
ぶっちゃけ、この魔法は動いてる相手に当てるのがめちゃくちゃ難しいのよね。
よくある誤解だけど、雷って実は落ちているんじゃなくて昇っている。
要するに、下から上に向かって電気が流れているってわけ。
なので、狙った物の位置が変わると上空の雲までの流れを調整しなければならない。
簡単に言えば、動く度に電線を付け直すはめになるってわけ。
これが<雷>魔法の使い勝手が悪い理由の一つだ。
ほんと、外したらどうしようかと思ったわ。
「アリスちゃん」
「あ、ジェドさん。もう大丈夫よ、全部終わったから」
「そうじゃなくて、なんだか火の勢いがどんどん強くなってるような気がするんだけど……」
「へ……?」
見れば、今や教会全体が火に包まれていた。
このままじゃ、あちこち燃え移りそうだ。
「にょわあああああああああっ!?」
し、しまった!
そこまで考えていなかった!
「た、たいへん! 早く火を消さないと!」
「アリスちゃん魔法が使えるんでしょ! 雨を降らせるとかそういうのないの!?」
「無理無理! 私そういう細かいの苦手! 水を呼びだしたらこの辺りまるごど水没させちゃう!」
「ええええ!?」
ちょっと脅しをかけるつもりだったのに、教会を燃やしちゃったらさすがにマズい気がする!
それどころか、燃え移って街が火の海になんてなったらそれこそ大炎上案件だよ!
なんとかしないと……そうだ! 風圧や衝撃派で吹き飛ばして火を消す方法があったはず!
確か『爆風消火』とか言うやつ!
イチかバチか……やるしかない!
「ジェドさん、それから街の人たちも! 下がってて!」
「アリスちゃんどうするつもり!?」
今はジェドさんに答えているヒマはない。
私は大急ぎで魔法の構築を始めた。
<駆>で風を集め<撃>で撃ち出す。
ぶっつけ本番の魔法だけど上手くいって!
「いくわよ……名付けて、<炎上絶対回避>!」
魔法を解き放った途端、ズドンッ! とお腹の中まで響くような音がした。
ぎゅっと圧縮された空気の塊が一気に解放され、燃えさかる炎を文字通り吹き飛した。
「アリスちゃん……火は消えたけど……」
「う、うん……」
確かに火は消えた。教会の建物ごと。
「あー……」
久々に私の破壊癖が発動してしまった。
ここまでするつもりはなかったんだよ? ほんとだよ?
「驚きました。まさか私が到着する前に事態が解決しているとは……」
そう言いながら現れたのはルエイムだった。
勇者様直属部隊の人たちも一緒だ。
「ランフォード卿!? どうしてここに……それに、部隊長やみんなまで……」
『ジェド・サルモン一等兵。勝手に部隊を離れたかと思えば、教会の騎士に手を出したのか」
「え! い、いや、これは僕じゃなくて……!」
ごめんなさい。それ、私です。
「もう一つ驚いたのは……アリスさん、あなたは魔法が使えたのですね」
「うっ……!」
ルエイムにバレてしまった。
ヤバい。ヤバい気がする。
具体的に何がヤバいかはわからないけど、とにかくヤバい。
だってルエイムの眼鏡がまたキラーンってしたから!
「アリスさんのことは、ひとまず後回しです」
そう言うと、ルエイムは相変わらず腰を抜かしたままのナントカ司祭の前に立つ。
「リンデン司祭、あなたにはいくつか聞きたいことがあります。ご同行願います」
「わたくしに指図をするな!」
あ、復活した。
「どいつもこいつも救いがたい愚かさだ! ここにいるのは王子を殺した犯罪者どもだぞ! なぜ捕らえない!? なぜ糾弾しない!? なぜ私の言葉に耳を傾けない!」
司祭は勢いよく立ち上がると、そう早口でまくし立てた。
あれ? 何かひっかかるな。
この人、今、『王子が死んだ』って言ったような……。
「俺がどうした? リンデンよ」
「なっ……!? エドワード、殿下……!?」
今度はエドワードが現れた。
ていうか、昏睡状態じゃなかったの!?
「どうしたリンデン。ずいぶんと驚いているようだな。もしや、俺が死んだと思っていたか?」
「そ、そのようなことは……」
司祭は明らかに動揺していた。
エドワードの言葉通り、どこかで死んだと確信していたようだ。
「まあいい。お前が言わずとも、代わりにいろいろしゃべってくれそうな人間ならここにいる。ケイン、ヤツを連れて来い」
エドワードが命じると、一人の男が広場に突き出される。
後ろ手に縛られひどく青ざめたその男は領主のデッケルだった。
領主を連れて来たその人は黒い布で顔の半分を覆い隠していて素顔ははっきりとはわからなかったが、なぜかその目元に不思議と見覚えがあるような気がした。
「領主はこれを持って俺の寝所に忍び込んできたところを捕らえた。どうやらこれも『聖遺物』のようだが……どうだリンデン。触ってみるか?」
「ひいっ!」
エドワードが見せたのは変な形をした短剣だった。
刃のところにはなんかヌルッとした液体がついてて気持ち悪い。
その短剣を突きつけられた途端、リンデンは顔を引きつらせて後ずさった。
あまりに慌てていたのか足を滑らせ転んでしまった。
そのまま地べたを這いずるように距離をとる。
よほどその短剣に近づきたくないみたいだった。
「リンデン司祭、やはりあなたはその短剣のことを知っているようですね」
「う……」
ルエイムの冷たい視線が司祭を見据える。
もしかして、相当怒ってる?
「聞きたいことが増えて楽しみも増えました。彼らを拘束してください。あ、教会の騎士の方々も忘れずに」
「はっ!」
勇者様部隊の兵士たちが司祭たちを一斉に捕縛にかかった。
「ジェド・サルモン一等兵、いち早く現状に到着し解決に尽力したことを評価し勝手に部隊を離れたことは不問とする。原隊に復帰しろ」
「はい! ありがとうございます!」
よかったね、ジェドさん。
これで一件落着ってことだ。
「おい、怪力女。教会を破壊したのはお前か?」
「うっ……!」
し、しまった! それがあった!
ていうかエドワードたちにも魔法を使うとこしっかり見られてた!?
「そ、そんなわけないじゃないですかぁ。落雷とか突風とか、異常気象ってやつかなー? オホホホ……」
「お前、それでこの俺を誤魔化せるとでも思っているのか?」
ですよねー。
うう……どうしよう。
さすがに魔族だってバレちゃうかも。
「ちっ……。まさか魔法まで使えるとはな。ますますアイツによく似て──」
「お、王子様! この子は、あたしや街の者たち助けようとしてくれたんです! どうか、どうか寛大なご処置を……」
マトゥーカさんはエドワードの前にひれ伏すと、いきなり懇願した。
アン、リズ、メイの三人もそれにならうように平伏する。
「アリスはいろいろメチャクチャなことばかりするけど、根はいい子なんです!」
「そうです! 物を壊すのはアリスの癖みたいなもので!」
「お料理が上手な人に悪い子はいません!」
むしろそのフォロー逆効果なんじゃ? って気がしないでもないけど、でもみんなが私を庇おうとしてくれてるのが嬉しかった。
「いいんだよ、みんな。私、罪を償う! 壊しちゃった建物もちゃんと弁償する!」
マトゥーカさんや街のみんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
嫌味王子のところで働くなりなんなりしてお金を稼ごう。
「みんな、ありがとう。私、キレイな身体になって戻ってくるね……」
「アリス……!」
「アリスちゃん!」
「おい、俺がこの状況でお前の罪を問うたり金を請求したりするような男だと思っているのか」
感動的に抱き合う私たちにエドワードがひどく不機嫌そうに言う。
あれ? 弁償しなくていいの? ラッキー!
「それより、ケガをしているな。ルエイム、治してやれ」
「かしこまりました」
ルエイムは鞭で打たれたマトゥーカさんの背に手をかざすと呪文を唱えた。
「<小治癒>」
温かい燐光がマトゥーカさんに降り注ぐと、傷がみるみる塞がっていく。
ルイエムは回復系だったのか。
絶対に<氷>の魔法とか使ってくるタイプだと思ってたのに。
ルエイムの件も驚きだけど、何よりあの俺様王子様勇者様なエドワードがマトゥーカさんを治療するように言うなんて。
けっこういいとこあるじゃん。
「何をニヤニヤしている。気持ち悪い」
「ふがっ!?」
気持ち悪いとか言うな!
ちょっと見直してやったかと思えばこれだ!
やっぱこいつ嫌味王子だわ!
「ふふふ……」
くぐもった笑い越えが聞こえたきたのはその時だった。
声の主は兵士たちに拘束され今まさに連行されようとする司祭だ。
「リンデン、何がおかしい」
「追い詰められて気でも触れましたか」
「いえいえ、あなた方があまりに滑稽でつい笑ってしまっただけですよ」
「俺たちが滑稽だと……」
「ええ、とても」
エドワードの目が細く鋭く司祭を見据える。
「今のあなたに私たちを笑える余裕があるとは驚きですね」
「この身はすでに神へと捧げたもの。命など惜しくはありません。わたくしにとって最も重要なのは女神の御意志をこの大地に顕現させることですから」
「リンデン司祭、あなた何をしたんです」
司祭の言葉にルエイムは何かを察したのか、ルエイムが緊張した面持ちで問いただす。
「わたくしは何もしていませんよ。ただ、砦に使いの者を出してお知らせしたのです。エドワード王子が魔族の手にかかり亡くなったと」
「まさか……!」
ルエイムは珍しく取り乱した様子だった。
ていうか、王子は生きてるよね?
嘘を伝えたってこと? そんなことしてなんになるんだろう。
「ルエイム、どういうことだ?」
「軍事演習ですよ」
ルエイムは険しい表情のまま続ける。
「今、ポール・ブリッジの近くにはサルラ同盟軍が布陣しています。本来ならエドワード殿下の指揮のもと演習が行われるはずでしたが、毒殺未遂の件で軍はそのまま数日待機状態にあります。そこへ、王子が死んだという知らせが届く。犯人は魔族。そして対岸には『魔王』がいる……」
「そういうことか……!」
そういえばケンネルさんが言っていた。
人間側の軍事演習に合わせて、魔王であるお父様が戦士団を率いて来ているって。
「殿下のことを我が子以上に想うジェイムソン将軍はさぞや怒りに燃えていることでしょう。将軍だけではありません。人類の希望である『勇者』の命を奪った憎き魔族のがすぐ目の前にいるのです。何が起こるかは想像に難くない」
ここまで言われれば私にだってわかる。
つまりは戦争が起きるってことだ。
「一番早い馬を持ってこい!」
エドワードがすぐさま兵士に命じた。
ルエイムも同行するのだろう二人分の慌ただしく準備を始めた。
すぐに二頭の馬が連れてこられる。
「司祭の部下がどこかに潜伏しているかもしれません。あなた方は街に残って対応を」
「はっ!」
ルエイムが兵士たちに指示を出し終わる前にエドワードを乗せた馬は走り出していた。
「お二人に神のご加護があらんことを」
司祭はその顔に嘲笑をうかべていた。
それを一瞥した後、ルエイムも遅れて出発した。
今回ちょっと長めです。
お付き合いいただきありがとうございます。
よかったら続きもよろしくお願いします。




