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正しい勇者の倒し方  作者: 冷田和布
人間の世界へ
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購いの宴

 ノルン教会の司祭リンデンは十六歳の時に()()()()に触れた。

 本人は心からそう信じていた。


 聖王国の貴族に生まれたリンデンは数多の才能に恵まれていた。

 学業に剣術、詩、音楽、どれか一つに力を傾ければひとかどの人物になるだろうと言われていた。

 しかし、たった一つ、最も重要な才だけがリンデンには与えられなかった。

 それが『魔法』だった。

 

 古の勇者たちの血を引く者の証である魔法の才は、聖王国では最も尊ばれる。

 どれほど才能豊かで、どれほど高貴な家に生まれようとも魔法の才が無ければそれだけ他の凡百の者より“下”に見られてしまう。

 一切の魔力を持たなかったリンデンは家督を継ぐことはおろか、外で家名を名乗ることも許されなかった。

 息子が優秀な成績をおさめようとも、心打たれる詩を詠もうとも、両親は見向きもしなかった。

 聡いリンデンは十も過ぎる頃にはすべてを諦め、自分はこの先一人で生きていくのだと理解していた。


 十五になり、リンデンは城仕えの文官として働くようになっていた。

 学業は優秀で記憶力も良く、何より不思議なほど人心掌握に長けていたリンデンは文官の中でもとくに信頼されるようになっていく。

 城で働きはじめて十年が過ぎた頃、リンデンは非常に重要な仕事を任されることになる。

 それは『聖遺物』の目録作成だった。

 

 『聖遺物』は神威(ラグナ)と言われる特別な力を有している。

 その力を引き出せる者は『勇者』と呼ばれた。


 超常の力──神威(ラグナ)


 『聖遺物』が持つ力の前には千の兵士も塵芥に過ぎない。無論、魔法すらも強力な神威(ラグナ)の前では霞んでしまう。

 『聖遺物』とそれを扱える『勇者』をどれだけ保有しているかがその国の持つ力そのものと言っても過言ではなかった。


 リンデンはかねてより『聖遺物』に興味を抱いていた。

 魔法の使えない自分でも、もしかしたら『聖遺物』に選ばれるかもしれない──

 そんな淡い期待を抱くのと同時に、魔力を持たない者に『聖遺物』が応えることはないということも理解していた。

 そんな魔力無しだからこそ『聖遺物』に触れても妙な気を起こすことはないだろうという、上司の思惑もまたリンデンにはよくわかっていた。

 それでも『聖遺物』を美術品としても愛していたリンデンは喜んで目録作りに励んだ。

 『聖遺物』と言っても、持っている力には明確な格差がある。

 百の魔法、千の兵士に匹敵する物もあれば、ただのガラクタと片隅に追いやられる物もあった。

 リンデンが見つけたそれも、やはり「なんの役にも立たない」と放り出された物だった。

 平たいレンズ状の金属で、模様に触れるとその場に女神の御姿(みすがた)を投影する──ただそれだけの道具。

 魔力のない自分が触れても作動したことが嬉しかったのかもしれない。

 優しく微笑みかけてくる女性に理想の母親を見出したのかもしれない。

 だとしても、リンデンはそこに確かに『神』を見出したのだ。


 それ以来、リンデンは教会に足しげく通うようになる。

 教会の者たちはリンデンに優しかった。

 さらに十年、大宝殿に務め聖遺物目録を完成させたリンデンは文官の仕事を辞めた。

 女神のために生涯を捧げるためだ。

 両親たちが唯一リンデンのことを認めていたのが城仕えという点だけだったため、激怒した父には縁を切られた。

 リンデンは気にしなかった。もとより家名すら名乗らせてもらえないのだからなんの未練もなかった。

 むしろこれまで自分を縛っていたものから解放されたような清々しい気持ちになった。

 それから三十年以上、リンデンは教会にすべてを捧げて生きて来た。

 ふたたび女神の威光をあまねく人々に知らしめるために──



「フイディールの民よ! わたくしの言葉に耳を傾けなさい!」


 街の広場に作られた舞台の上で、リンデンは集まった人々に向けて声を張りあげた。

 羨望、恐怖、困惑……様々な感情の乗った視線がリンデンへと向けられていた。

 リンデンは恍惚としていた。

 誰にも期待されず、誰にも見向きもされなかった自分がこうして人々を立ち止まらせている。

 ならば導こうではないか。

 この、愚かな者たちに救いを与えてやるのだ。


 舞台の上に、手枷をはめられた女が一人連れてこられる。

 マトゥーカだった。

 アンとリズとメイは声を上げさせないようにか口枷を噛まされて、後ろに控えさせられていた。

 

「この者たちは、魔族と結託し勇者であるエドワード王子の命を狙い、この世界に混乱を呼び込もうとしたのです! そう! かつてのポーリアの民のように!」


 広場に集まった人々はどよめいていた。

 『ポーリア』

 この国で、長らくその名はタブーとされていたからだ。


「ポーリアの末裔たちよ、お前たちの同胞はふたたび罪を犯しました! 恐ろしい罪です! しかし慈悲深き女神ノルンはお前たちに贖罪の機会をお与えになるでしょう!」


 今度は男が一人舞台の上に突き出される。

 お世辞にも善良とは言い難い風貌の男だった。

 薄汚れた衣服に伸び放題の髭。おまけに酒が入っているのか赤ら顔をしていた。


「これを受け取りなさい。あなたがこの罪深き女を清めてあげるのです」


 リンデンは男に鞭を渡した。

 短い持ち手から先端に堅い結び目をつけた革紐が幾本も伸びている。

 見る者が見れば、それが拷問用のものだとわかった。


「さあ、おやりなさい」

「へ、へい……!」


 男は言われるまま鞭を振り上げ、跪かされたマトゥーカの背中を思い切り打ち据えた。


「あがっ……!」


 鞭打つ鋭い音と共にマトゥーカの口から声にならない悲鳴が上がった。

 男は何度も、何度も、鞭を振るった。

 思わず顔を背ける者、恐怖のあまりうずくまってしまう者、震えながらも目をそらせない者。

 痛々しい音が広場に響くたびに、集まった人々は言葉を失っていく。


「はぁっ、はぁっ……こ、こんなもんでどうでしょう……」

「ええ、素晴らしい働きでしたよ」

「へへっ……あ、ありがとうございます」


 リンデンは男の手に銀貨を握らせ下がらせると、ふたたび集まった人々に向き直る。


「次はお前たちの番です」


 微笑みを浮かべるリンデンを前に、誰も、身動き一つできなかった。


「やれやれ……これだけお膳立てしてあげたというのに」


 溜息をつきながら、リンデンは部下たちに促す。

 袋を被った修道士たちが、一番前にいた女をリンデンの元まで連れて行った。


「ひっ……!」


 目の前に差し出された鞭に血がついているのを見て、女は小さく悲鳴を上げる。


「さあ、女神様が見ておられますよ」


 リンデンはガタガタと震える女に無理矢理に鞭を握らせ、耳元で優しく囁く。

 誰もがその様子を固唾を飲んで見ていた。

 この光景が早く終わってほしいという気持ちと、次は自分の番かもしれないという恐れ。

 血に濡れた鞭を振り下ろした時、自分たちの何かが変わってしまうのではないか。

 抗うことのできない何かが人々の心を飲み込もうとしていたその時──


「あんた、なにやってんのよ」


 少女の言葉が沈黙を切り裂いた。

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