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正しい勇者の倒し方  作者: 冷田和布
人間の世界へ
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思惑

 閉店間際、マトゥーカの店にジェドが血相を変えて駆け込んできた。


「ちょっとどうしたのよジェドさん。そんなに慌てて」

「よっぽどお腹が空いてたのねぇ。気持ち、わかるわぁ」

「ち、違うんだ! アリスちゃんが……!」


 ジェドは息を切らせながらも屋敷で起きたことを皆に話した。


「アリスが勇者様に毒を……!?」

「バカなこと言わないでよ、あの子がそんなことするわけないじゃない!」

「そうよ、料理を毒で台無しにするなんて!」

「僕だって信じたくないよ! でも、アリスちゃんの作った料理を食べた後にエドワード様が毒を受けて倒れたのは本当なんだ!」


 ジェドが叫ぶと、店はしんと静まりかえる。

 しばらくして、客の一人がポツリと言った。


「そういやあの子のこと、誰もよく知らないよな……」

「ちょっとあんた何言ってんのさ!」


 すぐさまアンがその客の胸ぐらを掴んだ。


「アリスが勇者様を殺そうとしたって言うのかい!」

「そ、そこまでは言ってねぇよ! ただ……」

「確かに、あたしらはアリスのことなんにも知らないよね」

「リズ!? あんたまで……!」

「アンちゃん、やめてぇ! みんなもケンカしないでぇ!」


 店に険悪な空気が広がる。

 その時だった。


「やめな! あんたたち!」


 厨房から出て来たマトゥーカが怒鳴った。


「うちは飯を食うところだ。ほこりを立てるんじゃないよ」

「だけどマトゥーカさん……」

「今ここで騒いでどうにかなるのかい?」


 マトゥーカの冷静な言葉に、店はふたたび静まり帰る。


「さあさあ、今日はもう店仕舞いだ。みんなとっとと帰っとくれ!」


 そう言うと、マトゥーカは店の奥に消えて行った。


「マトゥーカさん、アリスちゃんが心配じゃないのかな……あだっ!?」

「バカ! 心配に決まってるでしょ! あの人はねぇ、あの人は……!」

 

 ジェドの頭を思い切りはたいたアンは、そのまま言葉を詰まらせる。

 リズもメイも、そして残った客たちも、マトゥーカの過去を知る者たちはそれ以上何も言えなかった。


 *  *  *


「どうなっている! あの毒なら、勇者だろうが確実に殺せるんじゃなかったのか!?」

「デッケル殿、少々声が大きいですよ」

「ぐっ……!」


 そこは、場末の宿の一室。

 金さえ払えば中でどんなことが起きようが咎められることはない。

 なんなら、()()()すらしてくれる。もちろん別料金で。

 そういう場所だった。


「さすがは『聖剣』に選ばれた勇者と言うべきですね。あの毒にすら耐えてしまうとは」

「関心などしている場合か。お前の計画は王子の死が前提だったではないか」

「もちろん、このまま何もしないわけではありません。しかし、この状況はむしろ好都合というもの」

「どういうことだ……?」


 リンデンは答えの代わりに木箱を一つ、テーブルに置いた。

 そして首から下げていた小さな鍵で木箱の錠を外し、中身を取り出す。


「こ、これは……」


 デッケルは異様なものを目の当たりにした。

 ガラス瓶の中で切っ先を下に向け固定された一本のナイフ。

 禍々しい刀身はなぜか紫色の液体に濡れていた。

 その液体がデッケルの目の前で刃を伝い小瓶の中にポタリと一滴落ちた。


「これは、あの『毒』か?」

「<惨毒の小刀>と言います。わたくしども教会が秘蔵する聖遺物』の一つです。ご覧の通り、刀身は常に毒を生み出し続けています。触れれば肉が焼けただれ、口に含めば瞬きする間に絶命する恐ろしい毒を……」


 説明を聞いたデッケルは恐ろしさのあまり思わず身を引いた。

 ところが、リンデンはそんな恐ろしい毒を生み出すナイフを無造作に瓶から取り出す。


「これを、デッケル殿に差し上げましょう」

「ま、待て! こんなもの渡されても俺には使えんぞ! 俺は勇者ではないのだ!」

「ご安心を。これを……」


 そうしてまたリンデンは自分の腕から一つの腕輪を外して差し出した。

 ほとんど飾り気のないただの腕輪だったが内側には魔導具に使われる源理文字(ルーン)が刻まれており、そ表側には黒い石が一つはめ込まれている。


「これを身につければ、デッケル殿にもこのナイフが扱えるようになります」

「そんなことが……!?」


 『聖遺物』とは、かつて女神によって異界より召喚された『勇者』たちが残していった物だ。

 おもに武器や防具、そのどちらでもない今となっては用途すら不明の代物も多数存在している。

 すべての『聖遺物』に共通することは、それらが神のごとき異能を持っているということ。

 そして、その力を扱えるのは『勇者』の力を持つ者だけだった。

 当然、デッケルのようなただの人に扱えるはずがない。

 だが……。


「勇者とはいえエドワード王子も、二度同じ毒を受ければ助かることはないでしょう」

「俺に、この手で王子を殺せというのか」

「もともとこのナイフは()()()()の部屋から見つかる予定でした。しかし、少しばかり筋書きを変えねばならないでしょう」


 立ち上がったリンデンは部屋の中を歩きながら、身振り手振りを交えて語る。


「悲鳴を聞いたデッケル殿は部屋に駆けつけます! そこで目の当たりにするのは勇者の胸に深々と突き立ったナイフ! あなたは咄嗟に傍らにいた犯人を取り押さえる! 勇者を殺したナイフが『聖遺物』だとわかれば、犯人は言い逃れなどできません! そしてデッケル殿は勇者殺しの大罪人を捕らえた英雄となるのです!」

「お、おお……」

「さあ、受け取ってくださいデッケル殿。あなたに勝利と栄光をもたらすこの()()を──」


 ゴクリと唾を飲み込むと、デッケルは死を滴らせるナイフに手を伸ばした。

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