鉄格子の中で出来ること
どうも。炎の料理人あらため、悲しき囚人アリスです。
生まれて初めての牢獄は寒いです。堅いです。そして臭いです。
部屋の隅っこにある振るいバケツは、いったいなんのためにあるのでしょうか。
わかっているけどわかりたくない。だって女の子だから。
そんな感じで、冷たい鉄格子の中から哀愁たっぷりにお送りしています。
「ティラミス食べたかったな……」
シロップの染みたビスケットと、それを包むのはザバイオーネに生クリームを合わせた本格的なソース。
甘く濃厚な味わいにカカオパウダーの苦みが良いアクセントになって──
「って、ちがーう! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 私が毒殺!? エドワードを!? そんなことするわけないでしょ! 殺るなら正攻法で殺るわよ! いや! やらないけど!」
憤りにまかせてひとしきり叫んでみた。うん、ちょっとスッキリした。
「思ったより元気そうじゃの」
「あ、りっくん」
鉄格子の向こう側に見覚えある黒ナマコがいた。
「もしかして、助けに来てくれたの?」
「んなわけなかろう。牢屋の中におるそなたを見物に来てやったのじゃああああああああ!?」
鉄格子の隙間から腕を伸ばして、りっくんをむんずと掴む私。
「ほうほうそれはどうもありがとうどうせならもっと近くで見てちょうだいね!」
「いだだだだっ!? ひっかかっとる! ひっかかっとるから!」
「こーんな鉄格子の隙間も通れないなんて、りっくんちょと太ったんじゃない! ちょうどいいわね、ここはダイエットに最適よ!」
八つ当たりはこのくらいにしておこう。閑話休題ってやつだ。
「で、お屋敷の方はどうなってるの? そっちもどうせ見物してきたんでしょ」
「うむ。なかなか面白かったぞ。屋敷の中は大騒ぎじゃ。わざとらしく泣き叫ぶ者、とってつけたように『あの娘ならいつかやるだろうと思ってました』と言い出すヤツ。まったく人というものは実に醜いものじゃ」
「そんなことどうでもいいから。エドワードは? 死んじゃったの……?」
私は恐る恐る尋ねた。
「死んではおらん」
よかった。無事だったんだ。
「じゃが、昏睡状態というやつじゃ。安心はできんじゃろう」
「そう……」
日頃から鍛えてたおかげなのか、それとも勇者の力ってやつなのか。
いずれにしてもこんなことで勇者を倒せてもなんにも嬉しくない。
「やっぱり、私が犯人ってことになってるのよね」
「おお、それよ。なんと、とってつけたように厨房から毒の小瓶が見つかったわ。おまけに給仕をしておったメイドがおぬしが王子の食事に毒を入れるのを見たと証言しおったわ」
「持ってったの彼女でしょ。私にはどの皿を誰に出すか決められないじゃない」
「そんな理屈が通じると思うか?」
「んなわけないかー。ていうかこれって、目的はエドワードの暗殺で、私は体の良い犯人役だったってことよね」
そして、今夜の食事会を希望したのは領主その人。
準備の良いことに私以外の人間を厨房から追い出した。
私を雇い入れたのはルエイムだから、領主には疑いがかかることはないってわけだ。
「つまり、屋敷の人間が結託してエドワードを殺した……もとい、殺そうとしたってわけね。そんなことしてなんの得があるの? 相手はみんなの人気者、人類の希望、勇者様よ。おまけに聖王国の王子」
「さあのう。案外、個人的に気に入らなかったとかじゃないのかや」
「そんなわけないでしょ……」
いや、そうとも限らないか。
領主は我が物顔で自分の屋敷を好きにする勇者が気に入らなかった。
そこへ、本当に勇者を亡き者にしたいどこかの誰かがこの計画を持ちかけた……とか?
うーん、でもそれだけで王子様殺しなんていうリスクを負うとは思えないわね。よほどの考え無しでもない限り。
「さてと、そなたの惨めな姿も堪能したことじゃ。さっさとここを出るぞ」
「いや、出ないわよ? 私」
「なんじゃと!?」
帰ろうとしていたりっくんが、私の言葉に驚いてまた鉄格子に挟まった。
「なぜじゃ? こんな鉄格子なんぞ一瞬でドロドロに溶かしてしまえるじゃろう」
「今逃げたらマトゥーカさんたちに変な疑いがかかるかもしれないじゃない。この後、どうせ尋問とかそういうのがあるはずだからそこで上手い具合にお店の人たちは私に騙されていたんだっていう流れにもっていくの。それから逃げ出すことにする」
どうせ、十日後には街を離れるつもりだった。
私がどんな悪者にされてもかまわない。
だけど、マトゥーカさんやお店に関わる人たちにだけは手出しさせないようにしないと。
「はぁ……まったく。いいじゃろう、そなたの荷物はどこかに隠しておいてやろう」
「ありがとう! りっくん!」
鞄の中に入っている魔導具やらなんやらが見つかったら大変だもんね。
りっくんを見送って、私はホッとひと息ついた。
とりあえず、心配事の一つが減った。
他にやるべきことは尋問で何て言うかを考えておくこと。
それから逃亡先について。
聖王国にはもう行かない方がいいかなぁ。なんせ王子様殺害犯(未遂)だし……。
「エドワード、大丈夫かな……」
* * *
「やられましたね……」
ルエイムの口から重苦しい溜息が落ちる。
明らかな自分の失態だった。
エドワードの身辺は充分に警戒しているつもりだった。
同時に、勇者が持つ力を過信していた。
並の毒物であれば無効化することができる。そういう『聖遺物』をエドワードもルエイムも常に身につけていた。
「それが効かないということは、おそらくエドが口にした毒もまた『聖遺物』から精製されたもの……」
『毒』の力を持つ『聖遺物』はルエイムの知る限りそう多くはない。
加えて、その危険性ゆえにいずれの国でも厳重に管理されているはずだった。
「新たに発見されたのか、それともどこかの国が隠していたのか……いずれにせよ、今ここで聖王国の王子を殺そうとする理由は……」
ふいに、ルエイムは部屋の隅に気配を感じた。
「ケインですか。何か動きは?」
「<伝文>の魔導具が使われた形跡があった」
「使い捨ての高価な代物ですね。やはり、裏で糸を引いているのはそれなりの地位にある者ですか。送り先はわかりますか?」
「俺は魔導師じゃない」
「……そうでしたね。やはり仲間には魔法に卓越した者が早急に必要ですね」
まあ、伝言の送り先なら予想がつく。
問題は、そちらが動くより先に敵の尻尾を掴むことができるか──
「“彼女”はどうなる?」
「彼女……? ああ、毒殺犯のことですか。可哀想ですが、もうしばらく牢にいてもらうしかありません。しかし珍しいですね、あなたが他人のことを気にするなど」
「聞いてみただけだ。俺は仕事に戻る」
そう言った直後、部屋の隅にあった“気配”は掻き消すようになくなった。
「エド……もう少しだけ我慢してください」




