最後の晩餐
「アリスさん、聞いているのですか?」
「へ……! あ、はい!」
気付けば、目の前でローガン家政長が怖い顔をしていた。
今朝、ケンネルさんと話してからずっとそのことばかり考えてしまう。
十日経つと、私がフイディールの街にいることがお父様の耳に入る。
そしたら私を連れ戻すため、ヒトが送り込まれるだろう。
お父様のことだから、出来る限り人間に危害を及ぼさないようにするはずだけど、それにだって限界がある。
魔族はお父様のように人間に友好的なヒトばかりじゃない。
もし、この街で人間と魔族の衝突が起こったら……。
そう考えると、私は一刻も早くこの街を出るべきなのだろう。
だけど──
「アリスさん!」
「すみません聞いてませんでした!」
ローガン家政婦長は小さく溜息をついて続けた。
「今夜、領主様がエドワード殿下とご一緒に食事をなさいます。あなたにそのための料理を作ってほしいのことです」
「私が……ですか?」
「領主様のご希望です。すでにランフォード卿のご許可はいただいています」
正直、今はそんなことしてる場合じゃないと言いたいところなんだけど、雇い主であるルエイムが許可したなら私に断ることなんてできない。
「ちゃんとした会食だと、さすがに一人で調理と給仕の両方をこなすのは大変なんですけど」
「給仕は当家のメイドが手伝います。あなたは食事の用意に専念してください」
それなら、まあなんとかなるだろう。
さっさと仕事を終わらせて帰って、りっくんと今後のことを話し合わないと。
* * *
「やつを食事に招くなど、どういうつもりだ?」
エドワードは不機嫌そうにルエイムに問うた。
一方のルエイムは書類仕事の手を止めることもなく答える。
「領主殿のたっての希望だ。わざわざ書状まで寄越して丁寧にお願いしてきたよ」
「だからどうした。断ればいいだけのことだろう」
「突っぱね過ぎても非礼になる。我々は聖王国の代表として来ているんだ。君のお父上の名に傷が付いてしまう」
「ちっ……」
父のことを持ち出されてはエドワードも黙るしかなかった。
「それにしても、彼女は何者だろうね。不思議な調味料に、パスタを乾燥させて保存食にする技術……いったいどこで学んだのやら」
「お前はまだアレを疑っているのか」
「疑っているというよりも、興味があると言った方が正しいかな。なにより君が気に入っているという点が」
「気に入ってなどいない。この屋敷のメイドよりはマシというだけだ」
こんなことを言うくらいだ、充分気に入っているだろう。
ルエイムはそんな感想を抱いたが口には出さなかった。
七年前のあの事件を機にエドワードは変わった。
もともと尊大ではあったが、ここまで他人を寄せ付けない人間ではなかった。
側仕えを置くことも嫌がり、ルエイムを含めたごく親しい者以外、よほどのことが無い限り信用しようとしない。
すでに決まっていた婚約も強引に破棄してしまった。
当の婚約者自身が非常に聡明な女性だったおかげで大ごとにならずにすんだが、エドワードは貴族家の後ろ盾を一つ失うところだった。
まるで自分に近づく人間すべてを疑うようなその態度は、貴族や有力者に多くの敵を作ってしまっている。
王太子としては褒められた状況ではない。
「エドワード、君に何があったんだ」
あの日、一ヶ月以上もの間行方不明になっていた親友と再会したルエイムは、思わずそう問いかけていた。
彼が、あまりにも荒んだ目をしていたからだ。
そしてエドワードはこう返した。
「ルエイム、お前は俺の敵か?」
あの言葉は自分を疑ったのではなく選択を迫ったのだ。
ルエイムはそう理解していた。
事実、その後のエドワードはこれまでの関係をすべてリセットし、あらためて周囲の人間を“敵か味方か”に振り分けていった。
そんなエドワードが、会ったばかりにも関わらず不思議と心を許している女性。それが『アリス』と名乗る娘だった。
どこかからこの街に流れ着いてきた娘。
教養と知性があり礼儀作法もきちんと身につけている。にもかかわらず、ひどく型破り。
言動から何かを隠しているのは間違いない。『アリス』というのもおそらく偽名だろう。
スパイの類いということは考えにくい。あれほど隠し事が下手ではでは務まらないだろう。
それすらも演技……というのであれば別だが。
「まあしばらくは放っておきましょう。こちらにも利益をもたらしてくれるようだからね」
ルエイムは独り言ちる。
ともあれ、今は彼女の作る今夜の食事が楽しみだった。




