別れのタイムリミット
その日は、朝から街が騒がしかった。
なんでも各国からの軍隊がこの街を通るからだという。
領主の館へ出勤する道すがら、ちょっとだけ見物していくことにした私は大通りへと向かった。
大通りは思った以上に人でごった返していた。
どうやら軍隊が来るのを待ち構えているらしい。
勇者の時といい、この街の人たちってけっこう娯楽に飢えてるよね。
「来たぞ!」
沿道に集まった人たちから声が上がった。
見れば、馬に乗った一団がゆっくりと向かって来ているところだった。
お揃いの鎧とマントを身に纏った、いかにも『騎士団』って感じだ。
胸元に飾られた紋章のデザインは何かの鳥だろうか。枝みたいなものを咥えててちょっとかわいい。
「でも、なんで鳥なんだろ? 軍隊ならもっと強そうなデザインにすればいいのに」
そんな風に首をかしげていると。
「そいつは、この国の伝説に由来しとるんや。水鳥が咥えて持って来た枝が、国宝の剣になったっちゅうな」
「へー、そうなんだ。ありがとう、教えてくれて……」
おや? このうさんくさい関西弁はどこかで聞いたような……。
「ケンネルさん!?」
私の呟きに答えたのは、ここにいるはずのない草走族の長、ケンネルさんだった。
どうしてこんなところに? ていうか、なんで私だとわかったの!?
「もしやと思うて声かけてみたけど、ボクのこと知っとるっちゅうことはやっぱ姫さんか」
「うぐ……し、しまった……」
くしくも、私が反応してしまったがゆえに正体がバレてしまったらしい。なんてこった!
「ここやとなんや、人のおらんとこ行こか」
「はい……」
足の速い草走族から逃げられるわけがない。
私は大人しくついていくしかなかった。
* * *
「私、絶対に帰らないからね!」
開口一番、私は宣言するとケンネルさんはさして驚いた様子もなく答える。
「ええんやない? 別に帰らんでも」
「あれ? 私のこと連れ戻しに来たんじゃないの?」
「姫さんの行方を捜せとは命じられとるけど連れ戻せとまでは言われてへん。ここで見つけたんは偶然や。ボクらの本命はアレや」
そう言って、指差したのは大通りを行く各国の騎士団だった。
「『サルラ同盟』言うたかな。各国の軍隊がこの辺りに集まってきとるんは知っとるやろ?」
「うん。砦をたくさん作って、近々この辺で演習をするんでしょ。それを指揮するのがエドワード……勇者だって話」
「せや。演習に合わせて陛下自ら戦士団を率いて橋の向こうの砦に来とるんや。万が一のことがないように、ボクらが潜入して人間の動向を調べることになったんよ。ついでに同盟軍の戦力もわかれば一石二鳥っちゅうわけや」
なるほど。各国の精鋭が集まる演習なら軍隊の実力を調査するのにうってつけってわけだ。
「せやけど、驚いたで。妙に大きなっとるし、ツノだってのうなっとる。いったいどないな魔法をつこたんや?」
「それは企業秘密ってことで。そっちこそどうやって河を渡ったの? 橋は人間の軍隊が監視してるのに」
「お互い腹の探り合いはやめとこか」
ちっ、はぐらかされたか。
まあいいや。なんとなく予想はつくから。
それよりも
「さてと、ほなボクはこれで」
「ちょ、ちょっと待って!」
あっさり立ち去ろうとするケンネルさんを、私は慌てて引き留めた。
「私のこと、お父様に報告するよね……?」
「そら当然や。ボク、仕事はきっちりこなす主義やねん」
お父様が知ったら、すぐにでも私を連れ戻そうと部下を差し向けるだろう。
つまり、聖王国まで行くつもりなら一刻も早くこの街を出なければならないということだ。
「ああっ! そもそも『勇者』はこの街にいるんだから、そっちをなんとかしろって話なのよね! わかってる! わかってるのよ!」
ほんとに、なんだろうこの気持ちは。
魔界を出る時は意気揚々と『打倒勇者』を掲げていたのに。
いざ、本人と会ったら昔の知り合いで、おまけに街の人は良い人ばかり。
情が湧いたと言えばその通りなんだけど、だからって私も志半ばで死にたくないわけで……。
「なんやようわからんけど、姫さんはまだ帰りとうないっちゅうわけや」
「うう……そうです……」
私は素直に白状した。
「陛下にはしばらく言わんといたるわ」
「い、いいの?」
「その方が面白そうやからね。せやな……十日後、同盟軍の演習が終わるまででどうや?」
「十日後……」
それが、私と街の人たちとの別れのタイムリミットだった。




