マトゥーカさんの過去
「それでね、ジェドさんたちに料理を教えてあげることになったの」
お店にも取った私は、さっそく昼間のことをマトゥーカさんに話した。
乾麺のことや一緒に作った魚醤のおかげで部隊長の太鼓判を勝ち取ったこと。
こういう時、マトゥーカさんはいつも嬉しそうに聞いてくれる。
だから私もついおしゃべりが止まらなくなってしまうのだ。
「よかったよ。領主様のお屋敷でも上手くやれてるようだね」
「マトゥーカさんが教えてくれたお料理のおかげだよ」
「アリスががんばったからさね。……さてと、あたしゃそろそろ休ませてもらうよ」
マトゥーカさんが、どっこいしょと重たそうに腰を上げる。
「どこか調子悪いの?」
「少し疲れただけだよ。心配しなくてもいいから」
そう言って、私の頭を軽く撫でてからマトゥーカさんは店の奥にある自宅の方へ引っ込んで行った。
「マトゥーカさん、大丈夫かな。やっぱり、私が領主様のお屋敷になんか行ったせいで……」
「忙しいのは悪いことじゃないでしょ。そんな風に考えるもんじゃないよ」
アンはそう言うけど、やっぱりちょっとは責任を感じずにはいられなかった。
「マトゥーカさんもさ、もう無理して働き続けることもないのに。お金ならいくらだって──」
「ちょっとリズ!」
いつになくアンが血相を変えてリズの言葉を遮った。
「その話はしないってみんなで決めたでしょ」
「ご、ごめん。つい……」
「ねえ、いったい何の話?」
私が問いただしても、アンもリズもばつが悪そうに顔をそむけるばかりだった。
すると、ずっと黙っていたメイが口を開いた。
「マトゥーカさんにはねぇ、娘がいたのよぉ」
「娘が……いた……?」
「メイ、その話は……」
「アリスちゃんは知っててもいいと思うのぉ」
そうしてメイたちはいつものゆっくりとした調子でマトゥーカさんに起きたことを話してくれた。
「名前はねリッツェって言ってねぇ。ちょうどアリスちゃんと同じくらいの歳よぉ」
「生きていればね」
「亡くなったの……?」
「いいや。連れてかれたのさ。王都のナントカって貴族に」
連れていかれた?
誘拐って意味だろうか。それとも……。
「リッツェは魔法の素質があったのよ。だから貴族に目を付けられちゃったの」
そう言えば、私もマトゥーカさんに忠告された。
魔法が使えるとバレたら厄介なことになるって。
「あの子が九歳くらいの時だったかな。井戸に落ちた子を助けようとして、気付いたら大きな水柱が噴き上がってた。すぐに大騒ぎになって、その日のうちに捕まって領主の屋敷にある牢に閉じこめられたんだ」
「マトゥーカさん、毎日のように屋敷に行って『娘に合わせてほしい』ってお願いしてたよね」
「でも、いつも追い返されてた……」
「そんな日が何日も続いた後、王都から貴族がやってきてリッツェを連れてったんだ。代わりに、銀貨の入った袋を置いてね」
「さっきリズが言ったお金って、そういうことだったんだ……」
知らなかった。
マトゥーカさんにそんなことがあったなんて。
でも、思い返してみれば最初の夜に私に貸してくれた服や寝具はマトゥーカさんの身体には合わないサイズのものだった。
もしかしたら、あれらはいつか娘さんが帰ってくることを思って持っていたものなのかもしれない。
「そんなことがあって、このまま店をやめちゃうだろうってみんな思ってたんだけどさ、リッチェがいなくなってしばらくして、マトゥーカさんまた店を始めたんだよ」
「驚いたわよねぇ。いつも通り、元気に『おはようさん!』なんて声かけてきてぇ」
「あたしはマトゥーカさんの気持ちわかるわ。大事な娘を連れてかれて、それでもらった金なんて一枚たりとも使いたくないわよ」
アンが吐き捨てるように言う。
そう言えば、アンは小さい子を連れて故郷の街に出戻ってきているんだった。
なんとなく、マトゥーカさんが私に親切にしてくれた理由がわかった気がする。
普通なら目の前で魔法を使った人間にここまで良くしてくれたりはしなかっただろう。
きっと、奪われた娘さんを思い出したからこそ私に親身になってくれたに違いない。
「その、マトゥーカさんの娘さんって、どんな子だったの? もしかしてちょっと私に似てたりした?」
「「ぜんぜん似てない」」
なぜか、アンとリズとメイが同時にに首を振った。
「リッツェは気が弱くて大人しい子だったから」
「よく、男の子にイジメられて泣いてたわよねぇ」
「毎回、アンが駆けつけてきて男子どもをぶん殴ってたけど」
どうやら私とは正反対な子だったらしい。
いや、待て。私にだってお淑やかな部分はあるはず。きっと。たぶん。
「マトゥーカさん、なんも言わないけどさ、あんたが来てから前より明るくなった気がするの。だからここにいるうちはお母さんだと思って大事にしてあげて」
「うん。そうする」
アンに言われなくても、もとよりそのつもりだった。
いつの間にか、このお店やそこに関わる人たち、そして何よりマトゥーカさんのことが私にとって大切な存在になっていた。




