対決! 遠征飯
翌日、私とジェドさんたちで作ったパスタを部隊長さんに試食してもらうことになった。
「ほう……これが新しい遠征飯か……」
ジェドさんのところの部隊長はパスタの器をジッと見据えたままなかなか手を着けようとしない。
ていうか遠征飯ってなんだ。新しいグルメ漫画か。
「その、紐のようなパスタはパンに変わる新しい保存食になると思います」
「この細長いパスタが保存食……? どういうことかね」
「これです」
「それは、藁束か?」
「いいえ、これは《《乾麺》》です」
これが麺状のパスタにした理由だ。
昨夜のうちに麺を棒に引っ掛けて風の通る場所に干しておいた。
さすがに一晩では乾ききらなかったのでこっそり<脱水>の魔法を使ったけど。
「ひも状にしたのは乾燥させやすくするためですが、こうやって束ねて保存しておけばパンよりも嵩張らないので持ち運びにも都合がいいと思います。湿気やカビに気をつければこのまま二年くらいは保存しておけるのもメリットです」
「なるほど、備蓄としても優秀だと言いたいのだな」
私から乾麺を受け取った部隊長さんはしげしげとそれを眺めて言った。
「でも、一番の理由は……美味しいからです!」
迫真。
いや、むしろそれ以外に理由など必要であろうか。
「危険な魔物討伐から戻った兵士の人たちに臭くて味のしないスープとカチカチのパンなんて、あまりにも可哀想じゃないですか。命をかける仕事だからこそ、一日の楽しみになるような美味しい食事が必要不可欠だと思います!」
部隊長さんに向かってまくしたてる私。
どうだ。言ってやったぞ。
これで、ジェドさんたちの食事が改善されるといいんだけど。
ところが、みんなの反応は私の想像していたものとは違っていた。
「アリスちゃん! それ以上、いけない!」
「ジェドさん? なんでそんなに慌てて……」
はっと気付くと、部隊長さんがただならぬ気配を発していた。
「ほう……この私に向かって『美味しさ』を語るか」
この気迫、オーラ……まるで某美食家のようだ。
これはもしや、私ってばとんでもない相手に料理で挑んでしまった!?
「も、もしかして部隊長さんって、かなりの食通……?」
「いや、むしろその逆だよ。一兵卒から数々の魔物討伐に加わり、ほとんど家にも帰っていない部隊長はクソ不味い遠征飯に慣れすぎてもはや何を食べてもそれなりに美味しいと感じる超味オンチになってしまったんだ!」
なんじゃそりゃ。
「ふっふっふ……私の『美味しい』のハードルはとてつもなく低いぞ」
「いや、そんな自慢げに言われても……」
いや、待てよ?
何を食べても「それなりに美味しい」ですましてしまうなら、わざわざカチカチパンを止める理由がないってこと?
「気付いたようだな。この私のバカ舌にかかればカチカチのパンくらいの方がむしろ歯ごたえがあって食べた気がするというもの。お前の料理で、それを越えられるかな?」
「くっ……! なんてこと……!」
まさか『美味しい』が通用しない相手がいたなんて。
……いえ、まだよ! マトゥーカさんと一緒に作った魚醤の力を信じなさい!
「見せてみろ! エドワード殿下をも虜にしたという味を!」
部隊長さんは高々と掲げたフォークを器に向かって振り下ろす。
すくい上げたパスタはスープと共に部隊長さんの口に吸い込まれていった。
「ぬうっ!?」
ひとくち食べた途端、部隊長さんは硬直したように動きを止める。
いつまでも言葉を発しない部隊長さんを、私もジェドさんたちも固唾を呑んで見守った。
やっぱりダメか……。
諦めかけたその時、部隊長さんの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「旨い……」
そして涙と共にポツリとひと言、部隊長さんの口からそんな感想がこぼれ落ちた。
「部隊長どのが『旨い』とおっしゃられたぞ!」
「まさか『腹が膨れるなら野菜もその辺の雑草も同じ』とまでのたまったあの部隊長が!?」
「若い頃は茹でるのが面倒だからと生の芋を囓っていたという味オンチが!?」
兵士たちが驚愕した様子で口々に叫びだす。
ていうか芋は生で食うな。危ないから。
「私が生まれたのは、川沿いの小さな村だった……」
ついに部隊長さんがなんか語り始めた。
「決して裕福ではなかったが、尊敬できる父と優しい母のもとで幸せな少年時代を過ごしたものだ。しかし、ある時、村に魔物の群れが押し寄せて来たのだ。運良く森へ狩りに出ていた私は生き残ったが両親や村の人たちは……。あの日以来、何を食べても味などしなかった。だが、この料理は懐かしい味がした。故郷の川で捕れた魚の味だ。不思議だ……」
「部隊長どの……!」
つられたように、兵士の人たちも泣きはじめる。
つらい目にあったのねぇ、部隊長さんも。
ちょっと泣けてくるじゃない。
「なんの騒ぎだ、これは」
そんな感動の空気を打ち破るように唐突に声がかかる。
そこに、エドワード王子がいた。
「やけに騒がしいと思って来てみれば……またお前か」
私の姿を見つけたエドワードが、呆れたように溜息をつく。
ていうか『また』って。
それじゃ私が常日頃から騒ぎを起こしてるみたいじゃない。
……いや、あんま否定できないけど。
「で? 何をしていたのだ」
「はっ! ただいま、遠征に持ちゆく新しい保存食の試食を行っておりました!」
「新しい保存食? なんだそれは」
「これです」
私はエドワードに乾麺を渡した。
「乾燥させたパスタにございます! 保存性は高く、パンよりも嵩張らず運搬にも適しております! なにより味も良く、命を賭して戦う兵士たちの憩いとなることでしょう!」
部隊長さん、それ全部私が言ったやつじゃん。
いや、まあいいんだけど。
「試してやろう。俺にも持って来い」
「は、はい!」
ジェドさんたち調理班と一緒に大慌てでもう一皿作った。
まさかいきなりエドワードに試食してもらうことになるとは思わなかったので、私もジェドさんたちもだいぶ緊張しながらだった。
「お待たせしました。こちら、フォークで巻き取るようにしてお食べください」
「また妙なものを……」
文句を言いながらも、エドワードは言われた通りにフォークを使ってパスタを口に運ぶ。
しばらくして「なるほど」と、ひと言だけ呟いた。
「これを考えたのはお前だな?」
「は、はい!」
エドワードがジロリと私を睨む。
もしかして、怒られる?
こんな変な食べ方は下品だとか言われたらどうしよう。
「よかろう。量産と調理法、部隊での運用についてルエイムと話をしておけ」
「はっ! 了解しました!」
あれ? なんか採用されたっぽい?
けっこう気に入ったんだろうか。
うーん、でもなぁ、なんかこう物足りないっていうか……。
だから私は思いきって聞いてみることにした。
「エドワード様、美味しかったですか?」
「ん……」
「あ、アリスちゃん! 殿下に失礼だよ!」
ジェドさんが慌てた様子で私を止めようとする。
でも、やっぱり美味しいなら美味しいって、ちゃんと言うべきだと思う。
それが作った人への礼儀ってものだろう。
「……悪くない」
それだけ言って、エドワードは去って行った。




