異世界料理革命ふたたび?
いつものように、ひとりぼっちで鍛練をするエドワードに昼食を運んだ。
相変わらず「そこに置いておけ」と言ったっきり、私のことは完全無視だ。
どんだけ人と関わりたくないのよ。
まあ、楽しくおしゃべりしようとか言われても困るんだけど。
エドワードのもとはさっさと退散した私が天幕の前を通りかかると、そこでは兵士たちが自分たちの食事の準備をしていた。
当番らしき人たちがせっせと野菜の皮を剥いている。
その一人が私を見つけて手を振ってきた。お店の常連、ジェドさんだ。
「アリスちゃん、殿下のところへお使いは終わったのかい」
「うん。ジェドさんは今日も食事当番?」
「一番の下っ端だからね」
ジェドさんはここにいる兵士の中では最年少らしいけど、勇者直属に選ばれるということは実力を認められたエリートなのだろう。
お屋敷のメイドたちの中にも、エリート兵士の妻という立場を狙っている人は少なくない。
ローガン家政婦長に見つかったら大変だから日中はほとんど近づかないみたいだけど。
「殿下やランフォード卿が羨ましいよ。毎日、アリスちゃんの手料理が食べられるなんて」
「いやぁ……あはは……」
言えない。最近はレシピを教える代わりに厨房の人にも手伝ってもらってるから、手料理と呼べるほど私の作業は多くないってこと。
しかし、こうやって見ているとジェドさんたちの料理はかなり大雑把だ。
大きな鍋に切った野菜と肉をぶち込んで煮るだけ。
肉も一緒に煮込んでるみたいだから多少の出汁は出てるんだろうけど、アク取りもしてないし肉は下処理が甘いので血や内臓が残ってたり、どう考えても美味しくなるとは思えないんだよね。
前々から見ていてもどかしいなーって思ってた。
「あの、よかったらお料理手伝いましょうか?」
「い、いいの!?」
エドワードたちが屋敷で優雅に暮らしてるのに、ジェドさんたちだけ庭にテント張って野営なんてさすがに可哀想だし。
食事くらいはもうちょっとマシにしてあげたいじゃない。
「あまり手の込んだことはできませんけど、それでもよければ」
「良いに決まってるよ! 部隊長に話してくる!」
そう言って、ジェドさんは駆け出していった。
* * *
時刻は夜。
ルエイムの仕事が終わった後で、厨房を借りることができた。
関係改善が功を奏したってわけだ。
調理器具や作業場の問題は解決したものの、問題は人数だ。
屋敷の庭で寝泊まりしている兵士たちの数はざっと二十人。
これでも部隊としは少ない方らしいけど、それだけの人数の食事を一度に作るとなると大変だ。
しかも厨房が使えるのは、夜のうちだけ。
日も昇りきらない早朝には厨房の人たちがパンを焼き始めてしまう。
「ってことは、ここでは仕込みだけして実際の調理は外でやるしかないわね」
外にあるのは大きな鍋と手作りの竈だけだ。
味付けに関しては魚醤があるのからどうとでもなる。やはり魚醤。魚醤しか勝たん。
兵士の人たちが外でテント暮らしをしているのは、魔物討伐の遠征先での野営を想定しての訓練の一環ってことらしいので、それも考慮に入れなければならない。
部隊長が私の手伝いを許してくれた条件の一つだ。
要するに、キャンプ飯みたいなものを作ればいいんだと思う。
キャンプ飯と考えると、一番に思いつくのはカレーだ。
しかし魔界と違って人間たちの世界では米食があまり一般的じゃない。
主食といえば小麦粉を使ったパンかパスタと相場が決まっている。
兵士の人たちも水分量を極限まで少なくして保存性を高めたカッチカチのパンをスープに浸してふやかしながら食べていた。
インドのナンのような柔らかいパンならカレーと合わせても問題ないだろうが、このカチカチのパンじゃ合うはずがない。
「結局、スープにするしかないかー」
骨の下処理をきちんとしてアク取りもすれば、味に関してはかなり改善するはず。
ついでに魚醤パワーで旨みもアップだ。
ぶっちゃけ、それだけでも喜んでもらえる気がするんだけど、なんかねー。
妥協したって感じがちょっと悔しい。
「アリスちゃん、俺たちも何か手伝えるかな」
私があれこれ悩んでいると、ジェドさんと調理担当の人たちが来てくれた。
正直、人手があるのはありがたかった。
「ありがとうございます。えっと、じゃあいくつか質問させてください」
「質問? それはいいけど……早く料理を作り始めた方がいいんじゃない?」
「リサーチは重要ですよ。最初に手を抜くと後々苦労しますから」
正直なところ良い方法が思いつかないので、何かアイディアのキッカケになるような話が聞けたらなーとか思ってるだけなんだけど。
というわけで、調理担当の人たちに今の食事の何が不満かを聞いてみた。
「俺はスープの匂いが嫌だ。肉と一緒に煮ると臭くなるんだよな。」
「なるほど、臭みが苦手……と」
これは想定済みだ。
対応策も決まっている。
「僕はパンかな。あの堅いパンがどうも苦手で」
「俺も同じだ。スープに浸して柔らかくしないと噛み切れないんだよな。腹が減ってる時にいちいち面倒くさいよな」
「スープと一緒に煮てみたことがあるんだが、ドロドロに溶けて見た目も悪いし食感も悪くなるしで最悪だったよ」
「スープに浸す……」
あ、今ちょっと思いついたかも。
「ありがとうございます。これで、なんとかなりそうです」
「もういいのか? 俺たち質問に答えただけだぜ」
「はい。おかげで一つアイディアが浮かびました。さっそく仕込みに取りかかろうと思います」
仕込み自体はそれほど複雑じゃないけど、時間だけはかなりかかる。
今から準備して、明日のお昼に振る舞うことになるだろう。
「アリスちゃん、他には何を手伝えばいい?」
「じゃあ、まずは肉を捌いた時あまった骨と野菜くずを集めて持って来てください」
「骨と野菜くず? そんなのどうするの?」
うーん、説明するのめんどくさいな。
「今、この厨房では私が指揮官です。いいから持ってくる!」
「は、はい!」
私が命じるとジェドさんたちが一斉に動き出した。
おお、これはなかなか気持ちいいぞ。
あっという間に骨と野菜くずが私の前に積み上がった。
「まずは、骨についた血や内臓、あと余計な脂をぜんぶキレイに落とします」
私の指示にしたがって、調理班のメンバーたちは桶の中で骨を洗いはじめる。
これまたすぐに骨がキレイに取り出された。
このまま煮込んでもいいんだけど、時短を考えるともう一手間加えた方がいいだろう。
「えーと、何か堅くて重いものは……あ!」
私の目に止まったのは調理班の一人が腰に下げていたメイスだった。
「それ! それ貸してください!」
「いいけど……こんなものどうするの?」
「もちろん叩くんですよ。あ、もしかしてこのメイスですでに魔物か何かやっちゃってたりします……?」
「いや、おろしたてだよ」
よかった。
さすがに敵の血にまみれたことがあるとかだと使いづらいからね。
まずはよーく洗って……と。
「アリスちゃん、そろそろ何をするか教えてよ」
「こうするんですよ!」
叫んで思い切りメイスを振り下ろした。
バキッ!
骨の砕けるいやーな音が響いた。
さすが鎧や骨を粉砕するために作られた武器だ。
ものの見事に破壊できた。
よーし、この調子でどんどんいっちゃおー。
ドガッ!
バキッ!
ゴキッ!
「あはははは! なんかちょっと楽しくなってきたわ!」
そうしてしばらく、骨を砕く音が厨房に響き渡った。
気付いたらジェドさんたちが抱き合って震えていたけど、寒かったのかな?




