勇者の力
エドワードはゆっくりとドラウグルの巨人に向かって歩いていく。
無造作に携えた聖剣は相変わらず虹色の光を纏っていた。
「あれが聖剣……」
同じだ。七年前に見たのと。
あの時、ガヴリロ将軍が持っていた剣も虹色の光を纏っていた。
スキルニールさんの調査ではかつての勇者たちが残した装備──『聖遺物』を使いこなせる者が現代の『勇者』だという。
そして『聖遺物』はそれぞれ『神威』と呼ばれる特別な力を有している。
ガヴリロ将軍が持っていた剣は『絶叫剣』というそうだ。
名前の通り“絶叫”を放ち、それを聞いた者は身体の力が抜けてしまう。
あの時、みんなが動けなくなったのはそれが理由だった。
なぜか私だけはぜんぜん平気だったけど。
エドワードの『聖剣』もきっと何か特別な力を持っているはずだ。
それを知ることができれば、対策だって立てられる……かもしれない。
そう思って、私は固唾を呑んで戦いの行方を見守った。
最初に動いたのは“死せる巨人”の方だった。
オォオオオオオオオオンッ!
雄叫びをあげた巨人がエドワードにその大きな腕を振り下ろす。
ここからだと緩慢な動きに見えるけど、実際はずっと速い。
なによりあの大きさから生まれる衝撃は凄まじかった。
咄嗟に飛び退くエドワードを掠めるように打ち下ろされた拳は、地面を砕き轟音をまき散らす。
あんなのが当たったら人間なんてひとたまりも無い。
一瞬で地面の染みになってしまう
私の天敵とはいえ、そんな無残な死に方は見たくない。
「エドワード様だけに任せていいんですか!?」
「大丈夫です。あの方は『勇者』なのですから」
驚いたことにルエイムはエドワードが勝つと確信しているようだった。
その根拠を教えてほしいものだ。
オォオオオオオオオオンッ!
巨人がふたたび吠えた。
まるでエドワードに何度も攻撃を躱されたことに苛立ったようだった。
「のろまな魔物め。この程度なら聖剣を使うまでもなかったな」
あの凶悪な拳が何度も身体を掠めているというのに、エドワードは余裕の表情だった。
すると、何かに気付いたのか、巨人が腕を振り下ろすのではなくなぎ払うやり方に変えた。
あれがドラウグルの恐ろしいところだ。
知能はないが、生前の知識や経験は断片的にだが残っている。
頭の悪い魔物だと思っていたら、突然、賢くなって動きが変わるのだ。
戦いに慣れた者ほど虚をつかれてしまう。
「ほう、多少はものを考えられるようだ」
それでもエドワードは焦る様子がない。
嵐のように振り回される長く巨大な腕から距離をとるように大きく後ろに飛び退いた。
その瞬間、巨人が、飛んだ。
着地を狙ったんだ!
あれなら避けようがない!
エドワードが潰される!
最悪の光景を想像して、私は思わず目を瞑った。
だけど──
「──“太陽の楯”」
巨人の拳は、太陽のように輝く“盾”に阻まれてエドワードに届くことはなかった。
「出たぞ、“勇者の盾”だ!」
エドワードの戦いを見守っていた兵士たちからそんな言葉が聞こえてきた。
「魔法……」
「ええ、聖剣だけが『勇者』の力ではありません。誰にも、エドを傷つけることなどできません。たとえ『魔王』であろうともね」
私が、ルエイムの言葉の意味を考えることはなかった。
そんなことよりも別のことが私の心をざわつかせていた。
あれは……ニコラスのお父さんの魔法だ。
ニコラスのお父さん、“大盾のベルク”が研鑽に研鑽を重ねて生み出した魔法の大盾。
どれだけ魔力が豊富でも、見たり教わったりしただけで使えるようなものじゃない。
それを、どうしてエドワードが……。
「エドワード様が“聖剣”をお使いになられるぞ!」
兵士の誰かがそう叫んだのが聞こえて、私は思考を中断した。
たぶん、考えても答えはでない。
今は“聖剣”の力を確認することの方が重要だ。
巨人は両手を使って魔法の盾ごとエドワードを握りつぶしにかかっていた。
そんな状況でもエドワードは冷静に、そしてやけに無造作に聖剣を構える。
「弾けろ」
突如として魔法の盾が外側に向かって弾けた。
バランスを崩して蹈鞴を踏む巨人。
その隙をエドワードは見逃さない。
「慈悲の初撃」
巨人の股の間を駆け抜けながら聖剣で斬りつけた。
鮮血が迸って……ない?
「え……斬れてない……?」
「聖剣の最初の一太刀は決して相手を傷つけることはありません。しかし二太刀目は──」
背後に回ったエドワードに、巨人は身体を捻りながら拳を叩きつける。
それを紙一重で躱したエドワードはふたたび聖剣で斬りつける。
「断罪の遷撃」
オォォォォオオン……!
一拍遅れて腕が斬り落とされた。
痛みなんて感じないはずの巨人が悲鳴をあげる。
「二太刀目は相手から戦う力を奪います。賢き者はそこで敗北と己が罪を悟り頭を垂れるでしょう。しかしそれをしない者には神の裁きが待っている」
「聖裁の終撃」
エドワードが大上段に構えた聖剣を巨人に向かって振り下ろした。
その瞬間、天から降り注いだ光の柱が巨人の身体を飲み込んだ。
「なんと美しい光……」
「まさに“聖剣”だ」
光の柱を見上げたまま兵士たちは呆然と呟いていた。
彼らの言う通りそれは、まさに天の裁きのようで、同時に罪深い魂を浄化するような温かい光にも見えた。
やがて光の柱が消えるとそこには棒立ちになった巨人がいた。
天を仰いだまま事切れた巨人はゆっくりと倒れ伏す。
「おおおおお……!」
「エドワード王子が我らに勝利をもたらした!」
「勇者様万歳!」
渓谷に兵士たちの喝采が響き渡った。
「あれが……勇者の力……」
歓声が辺りを包み込む中、想像を絶する力を目の当たりにした私はただ呆然とするばかりだった。




