死せる巨人
砦に戻っている途中、兵士を乗せた馬がもの凄い勢いで向こうからやってきた。
「ご報告します! 砦南東の渓谷にて魔物が出現!」
兵士の報告に、エドワードとルエイムに一気に緊張が走る。
何事かと思えば、まさかの緊急事態だった。
「魔物の数は?」
「一匹のみです。しかし、かなりの大型とのこと。目視のみですが、師団級と推測されます」
「師団級ですか……砦の兵力だけでは心許ないですね。せめて我々の部隊を連れてきていればやりようはあったのですが」
ルエイムが口惜しそうに呟く。
「問題ない。俺が対処する」
「“聖剣”を使うつもりですか?」
「他に手があるか」
「……いえ、それが最善ですね」
なにやら話がまとまったらしい。
「そうと決まったらなら急ぎましょう。案内してください」
「はっ!」
ルエイムを乗せた馬が走り出す。
「聞いたな、怪力女。砦に戻っている時間はなくなった」
「えっと、つまりそれは私をここに置いていくという意味ですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「……なぜそうなる。お前も現場に連れて行くと言っているんだ」
「あ、そういうことですか。それならぜんぜん問題ないですよ」
私が言うと、エドワードはもの凄く変な物を見るような顔をした。
「お前は魔物が怖くないのか?」
「へ……?」
あ、そうか!
普通の人間なら魔物を怖がるものだった!
「そ、それはもちろん勇者様が守ってくれると信じてるからですよ! いや、ほんとに!」
「……ふん。調子のいいことを。行くぞ、落ちるなよ!」
「は、はい!」
エドワードが足で腹を叩くと、馬は弾かれたように駆け出す。
私は振り落とされないよう彼の腰にしがみついた。
* * *
兵士に案内されたのは岩場に囲まれた渓谷のような場所だった。
谷底を見下ろす高台に、ジェイムソン将軍と兵士たちが布陣していた。
「ジェイムソン、状況は?」
「はっ、職人たちが石を切り出していたところ岩の中から“アレ”が出て来たそうです」
ジェイムソン将軍が指差す先にそいつはいた。
「なに……あれ……」
ひと言で表すなら“巨人のゾンビ”だった。
山ほどもある巨体は干からびていて、ところどころ骨が見えている。
眼球があった場所にはぽっかりと穴があき、まるで虚ろな瞳のように見える。
なぜだろう。
“彼”を見ていると、ひどく胸が締め付けられる。
「なんと、巨人族か」
ふいに耳元でそんな声がする。
いつの間にかりっくんが私の肩に乗っていた。
「まさか、生き残りがおったとはのう。……いや、アレを生きていると言ってよいものか」
──どういうこと?
りっくんと繋がっている私は心の中で尋ねる。
「“ドラウグル”化しておる」
「ドラウグル!?」
私は思わず声をあげていた。
「アリスさん、今なんと……?」
「え……あ……その……」
しまった。
ドラウグルと聞いて、驚いて声が出てしまった。
『ドラウグル』は、魔界でもっとも恐れられている存在だ。
なんらかの理由で霊核を砕かれた魔族が転化すると言われている。
自我や意志はないけど、強烈な欲求に支配されて行動するため殺して犯して貪り尽くそうとする。
それだけならまだしも霊核の破片に残った記憶の影響で、あたかも生きていた頃のような反応を見せたりすることがある。
そのせいで、攻撃をためらってしまい『ドラウグル』と化した家族や恋人に食われるということが起きるという。
「アリスさんはドラウグルに遭遇したことがあるんですか?」
「……は、はい。昔、一度だけ」
ルエイムのこの質問からして、人間の世界にもドラウグルはいるのだろう。
ここは誤魔化すより、素直に答える方がいいと判断した。
私が初めてドラウグルを見たのは五年前。
初等学院の校外実習で森へ魔物狩りに行った時だった。
当時、いくつかの魔法を覚えて調子に乗っていた私たちは、もっと強い魔物を狩ってやろうと先生たちの目を盗んで森の奥へと進んだ。
そこでドラウグルと遭遇したのだ。
ドラウグルを「ただのゾンビ」だと高をくくっていた私は自分の愚かさを思い知ることになる。
どれだけ魔法を撃ち込んでも、黒こげになった身体で襲い掛かってくる歩く死体。
生前は木こりか戦士だったのか、右手には斧を持っていた。
そして死してタガの外れた力でその斧を振り回すのだ。
おまけにそのドラウグルはずっとこう繰り返していた。
「お母さん」
「お腹が空いた」
怖かった。
実際のところ、ちゃんと対処していれば倒すことはできていたのだろう。
でも私たちが立ち向かえたのは最初だけで、恐怖に負けた後はもう泣いて逃げ惑うことしかできなかった。
異変に気付いた先生たちが駆けつけてくれなかったら、私か私の班の誰かが食い殺されていただろう。
正直、今でも軽いトラウマになっている。
「あれがドラウグル……話には聞いていましたが、この目で見ることになるとは。それにあの大きさ。太古に滅んだという巨人族でしょうか」
いつも冷静なルエイムもさすがに驚きを隠せない様子だった。
「なんでもかまわん。アレをこのままにはしておけん」
「そ、そうですね。ドラウグルは生者を求めて彷徨うと聞きます。このままで渓谷を出て近隣の街に向かってしまうかもしれません」
近隣の街と言えばフイディールだ。
このままじゃ、街があのドラウグルに蹂躙されてしまう。
それだけは絶対に食い止めなきゃ。
いざとなったら私が魔法で──
「そんな不安そうな顔をするな」
「え……」
ポン、と何かが私の頭に乗っかった。
それがエドワードの手だと気付いた時には、彼はもう谷底へ飛び降りていた。
「よく見ておけ。勇者の力というものを」
そう言って、エドワードは聖剣を抜き放つ。
銀色の刀身が陽光を受けて虹色に輝いていた。




