最前線の砦
馬車が目的地に到着したのは昼をまわった頃だった。
その間、ずーっとルエイムの質問攻めにあっていたのは苦行以外の何ものでも無かった。
だけど私がんばった……!
なんとか上手く乗り切った! はず!
「おい、何をしている。さっさと荷物を運べ」
「へ……?」
馬車を降りてぜーはーしていた私に、エドワードはそう言い放った。
「荷物って、これをぜんぶ!?」
馬車の屋根には、本来の姿の私がすっぽり収まりそうな旅行鞄が二つ乗っかっている。
おそらくエドワードとルエイムの荷物だろう。
「もしかして私が連れて来られた理由って荷物運びのため!?」
「当たり前だ。他に何がある」
あるでしょ! いろいろと!
むさ苦しい男たちの中に注がれる一服の清涼感とかそういうのが!
こっちはメイドやぞ!
「ようこそおいでくださいました。エドワード殿下、ランフォード卿」
ひと言文句を言ってやりたい気持ちを押し殺して「ぐぬぬっ……!」ってしていると、兵士がやってきて王子たちの前に跪いた。
「ジェイムソンはどこだ?」
「はっ、ただいま訓練中です。呼んで参ります」
「いや、必要ない。俺が行こう」
そう言って、エドワードはさっさと歩き出す。
「え? ちょ、ま……!」
「早く荷物を運んでください。置いて行きますよ」
ランフォード卿もさっさと行ってしまう。
マジでか……。
* * *
「ふんぬらばああああっ……!」
しばらく後、気合いと根性で二つの大型旅行鞄を運ぶ私がいた。
「あの、自分が手伝います」
女の子が一人で大荷物を運んでいる姿をさすがに見かねたらしく、兵士が声をかけてくる。
だが、断る!
「ふ……い、いいんですよ……これ、私の仕事なんで……ふふふ……」
「な、何が貴女をそこまでさせるんですか……」
助力を断られて驚愕する兵士のひと。
理由はただ一つ。
ここに集まった兵士たちに見せつけてやるのだ。
うら若き乙女を酷使する極悪非道な勇者の姿を。
こういう地道な活動を続けることで勇者の評判を下げていく。
これもまた打倒勇者への第一歩なのだ!
「負けるもんかあああああ!」
「やかましい。黙って運べ」
怒られた。
ぐぬぬ……! 覚えてろ嫌味王子!
今さらだけど、私たちがやってきたのは最近できたばかりの砦だった。
魔界と人間界を結ぶ唯一の陸路、ポール・ブリッジにほど近い場所にあり、戦争が始まったのなら人類と魔族の最前線となるであろう場所だ。
こうして意図せず敵情視察をすることになってラッキーかもしれない。
しっかり見ておこう。
そうこうしていると、訓練場のようなところまでやってきた。
「密集陣形よーい!」
なんだかいかつい顔のおじさんの号令で兵士たちが一斉に集まり盾と槍を構える。
うーん、あんな風に一箇所に集まったら動きも制限される魔法の的になるだけな気がするんだけど。
「ジェイムソン、相変わらず現場主義か」
そんなおじさんにエドワードが声をかけた。
驚いたことに珍しく優しい声音だった。
「おおっ、殿下!」
いかついおじさんも、エドワードの顔を見た途端に顔をほころばせた。
どうやら親しい間柄みたいだ。
ていうか、笑うと逆に怖いなこのおじさん。
「ジェイムソン将軍は、幼い殿下に軍事の手ほどきをされた方なんですよ」
聞いてもいないのにランフォード卿が耳打ちしてくれた。
なるほど。子供の頃にお世話になった先生だからか。
「しかし殿下、いらっしゃるなら先にお知らせくださればいいものを」
「お前を驚かせたかったのだ」
「まったく、イタズラ小僧は健在ですな。わしのヒゲを毟って生き残っておるのは殿下くらいのものですぞ」
「ならば、あのヒゲは俺があげた初めての戦果というわけだな」
昔話に花が咲いてるなー。
二人してあんなに笑っちゃって。
まあ、あの人嫌い王子にも信用できる大人がいてよかったよ。
よかった?
あれ? なんでホッとしてんだ私は。
「これはこれはエドワード様、ふたたびお会いできて嬉しゅうございます」
そんな楽しげな会話に妙に甲高い声が割って入る。
エドワードは途端に不機嫌な顔になった。
「リンデン司祭、なぜ貴様がここにいる」
「もちろん出来たばかりのこの『ポール砦』を祝福するためにございます」
「ポール砦……名前が決まったのか」
エドワードが少し驚いた様子で聞き返す
「稀代の剣の達人にして、魔族の手にかかって亡くなられた。彼のお方の名こそ人類守護の最前線たるこの砦の名にふさわしいでしょう」
「叔父上は魔族に殺されたのではない。あれは事故だったのだ。お祖父様……先王フランツ陛下がそう発表したはずだ」
「しかし、そのフランツ様も非業の死を遂げられました。魔族の飛空艇などに乗ったばかりに」
「貴様……何が言いたい」
エドワードの目ががスッと細くなる。
私にも見せないような冷たい視線だった。
「私はただ、魔族こそがこの世の災いに他ならないとお伝えしたいのです」
誰が災いだ。誰が。
「魔族は魔族。神でも悪魔でもありません。ただ我らと緊張状態にあるというだけのこと。教会の教えを広めるのに都合の良い存在かもしれませんが、あまり民の不安を煽るのはどうかと思いますよ」
おおっとここでルエイムも参戦だ。
言ってやれ言ってやれ!
「不安を煽るなど……! そんなつもりはもうとうございません。そもそも我らには『勇者』がいるではありませんか。聖剣をたずさえし『勇者』がいれば魔族も、それを率いる『魔王』すら恐るるに足りません」
うーん、もしかしなくても聖王国と教会って仲が悪い?
どうもお互いに牽制しあってるような気がしてならない。
しっかし、このリンデン司祭って人、ああ言えばこう言う。ほんとよく口の回る人だわ。
だからこそめちゃくちゃ胡散臭いんだけど。
「もういい。貴様との問答はたくさんだ」
エドワードが心底うんざりした様子で話を終わらせる。
どうやらネチネチ司祭の粘り勝ちらしい。
「これは失礼いたしました。では殿下、わたくしはもうしばらくおりますのでご用があればお声がけください」
そう言い残して、リンデン司祭は去って行った。
「なにが教会だ。真に女神の加護を受けているのは聖王国だ」
遠ざかっていく司祭の背中に、ジェイムソン将軍は吐き捨てるように言った。




