苦行!馬車の旅
翌日も、そのまた翌日も、さらにさらに翌日も私はエドワードに食事を作って届けた。
タマゴサンド、ホットドック、カツサンド……etc。
思いつく限りあらゆるものを挟んで挟んで挟みまくったわけだ。
魚醤のおかげもあってメニューはおおむね好評。
この勢いならとフルーツを生クリームとサンドしたものを出してみたんだけど、それだけは不評だった。
「これはデザートです」
そう、冷たく言い放ったランフォード卿の顔は今思い出しても寒気がする。
いいじゃん。美味しいんだから。
意外なことにエドワードはちょっと顔をしかめただけで文句も言わず平らげた。
なんかこう、逆に怖いんだが。
ランフォード卿はとりわけホットサンドやカツサンドなんかのお肉系がお気に入りのようだった。
エドワードは基本なんでも食べる。
気に入ったものもなければ逆に嫌いなものもない。
作る側としては張り合いの無い相手である。
夜はマトゥーカさんのお店で出しているものを、貴族様向けにちょっと見てくれに気を遣った盛り付けで出した。
厨房では料理長たちが私の味付けの秘密を知りたがったので、魚醤を少しわけてあげることにした。
下手に隠して恨まれても困るし、なによりマトゥーカさんが望んだ。
マトゥーカさんはこの味を独占するつもりはないらしい。ちぇー、ぜったい大儲けできるのに。
そのおかげで厨房の人たちとは良好な関係を築けている。
家政長以外のメイドたちには相変わらず無視されてるけどね。
最近は、料理長が魚醤を使ったまかないをあれこれ開発して食べさせてるのが楽しみになってきた。
この辺りの伝統料理に興味が出たと言ってマトゥーカさんのお店にも行っているらしい。
領主様は味音痴で見栄え重視なのでイルランドの宮廷で出しているような豪華な料理を見た目だけ真似したものを要求してくるらしく料理長としては腕の振るい甲斐がないと嘆いていた。
そうして数日が過ぎた頃──
「明日は少し遠出をします。貴女も同行してください」
夕食後、食べ終わったお皿を下げていたらランフォード卿がそんなことを言い出した。
「えっと……お食事はどうしましょう?」
「そうですね。昼の分だけでけっこうです。いつも通り持っていけるようなものでお願いします。ただ、出発は早朝なので今夜のうちに作っておいてください」
ってことは今日は定時帰宅無理かー。
残業代は別に要求してもいいんだろうか。
「ルエイム、こいつを連れて行くのか」
「あちらでも側仕えは必要でしょう。それとも、この屋敷のメイドたちから選びますか?」
そう言われた途端、エドワードは思いっきり顔をしかめた。
うーん、なんかあったんだろうか。
「ちっ……確かに《《これ》》の方がまだマシか」
ヒトを“これ”呼ばわりするな。
おまけに『まだマシ』って。
明日の食事たっぷりマスタード入れたろか。
なんてことはもちろん口が裂けても言わないんだけどね。
金持ちケンカせずじゃないけど、魔王の娘は少々のことじゃ腹を立てたりしないのだ。
* * *
そんなわけで翌日、朝早くから私たちは馬車に揺られることになった。
マトゥーカさんのとこの幌もないやつとはぜんぜん違う、屋根もあれば中には座り心地のいいイスまである。
乗り心地は……微妙。
やっぱり車輪がある分ガタガタ揺れるし、長く乗ってたらお尻が痛くなりそうだ。
この調子じゃ、面白がって着いてきたりっくんも荷物の中で後悔してそうだ。
はぁ……魔車が恋しくなるわー。
居心地が悪い理由はもう一つあって、それはエドワードとランフォード卿と三人きりということだ。
これにも出発前にひと悶着あったのだ。
「馬に乗ったことがないだと……?」
そう正直に伝えるとエドワードに「なんだこいつ正気か?」みたいな顔で見られた。
仕方ないじゃん。
生まれも育ちもお姫様なんだもん。
ついでに言えば前世は現代っこだ。タクシー持って来い。
そもそも魔界じゃ馬に乗る習慣がないんだから。
「ちっ……仕方ない。ルエイム、お前が乗せてやれ」
「お断りします。殿下が乗せてあげてください」
「何故俺がこんなのを乗せてやらなければならん」
こんなのとか言うな!
そして、私を荷物みたいに押しつけあうな!
ちょっと傷つくだろ!
だいたい、こういうのは
『相乗りしたら思いもよらず彼と密着しちゃってドキっ!』
みたいな乙女イベント発生チャンスだろうが! それでも王子様か!
いや、別にそんなイベント欲しくないけど!
というように紆余曲折あって馬車で行くことになったわけだ。
ちなみにエドワードは出発してからずーっと不満たらたらの顔で私の前に座っている。
「馬を飛ばせば昼前には着けるものを」
私のせいだって言いたいのかこのやろうめ。
だいたい、もう決まったことをいつまでもネチネチ言うなんてしつこいったらないのよ。
よし決めた。意地でも馬に乗れるようになってやる。
覚えてろよ嫌味王子め。
「そのようにいつまでも文句を言うのはみっともないですよ。せめて彼女のいないところにしてください」
そんな不機嫌王子をランフォード卿が窘める。
ていうか、私のいないところでも言うな。
「それにしても、馬に乗ったことがないとは思いませんでした。この辺りでは子供のうちから乗り方を学ぶものだと聞いていましたが」
この世界の馬は繁殖力が高く、非常に人懐っこくて扱い易い。
野生馬なんかも多くいるのでちょっと行って手懐けてくれば手に入ってしまう。
おまけに馬に乗っていると、不思議と魔物たちが襲ってくることが減るのだという。
そんなわけで前世の世界よりもずっと身近で便利な存在として認識されている。
「今さらですが、アリスさんの出身はどちらですか?」
「え……!? あ、えっと王都《《の方》》……です」
マトゥーカさんに話した時と同じ方法で誤魔化してみる。
「イルランドの王都……ですか。では、元は貴族の家の出ですか?」
「え!? ど、どうしてそう思われるのでしょう?」
「歩き方や普段の所作を見ていて、そう感じました」
観察されてるのはわかってたから、丁寧にやってたんだけど逆に妙な憶測を呼んでしまったみたいだ。
「他にも、ローガン家政長からは教えずとも作法やテーブルセッティングが出来たと聞いています」
なんと。家政長にも観察されていたとな。
まあ、そりゃそうか。
「き、貴族と言ってもランフォード卿に比べればとるにたらない下級の家ですので……」
「ああ、私のことはルエイムと呼んでくださってかまいませんよ」
いきなり距離つめてくるなおい!?
それも作戦か!?
「せっかくこうしてゆっくりと話せる機会ができたのです。お互いのことをよく知るべきではありませんか?」
全力でご遠慮申し上げたいんですけど!
確か、到着は昼過ぎだって言ってたから……もしかしてこれがあと数時間続くの!?
「楽しい旅になりそうですね」
「は、ははは……」
いつも以上に笑顔なランフォード卿を前に、私は乾いた笑いを浮かべるのだった。




