ぼっち・ざ・ゆうしゃ
エドワードは屋敷の裏庭にいるというので、私はタマゴサンドとホットドックを持ってそちらに向かった。
裏庭と言っても、ちょっとした公園並に広い。
正面の管理された庭園と違って、こっちは割と野放図に樹や草が生い茂っている。
マンションポエム的に言うなら「自然に囲まれた空間で上質なひとときを……」みたいなのがこの屋敷のコンセプトなのかもしれない。
でも、王子様がなんでこんなとこにいるんだろ?
「ま、いっか。行けばわかるわよね」
私はてくてくと裏庭を歩いていく。
しらばらくすると、開けた場所に出た。
そこには大きなテントが立っていて、兵士たちが集まっていた。
「アリスちゃん!」
すると聞き覚えのある声がした。
私に駆け寄ってきたのはお店の常連のジェドさんだった。
「ジェドさん、こんにちは。ここで野営してたんですね」
「隊長の方針なんだ。遠征中は常に緊張感を持つようにって」
おお、立派な心がけだ。
「でも本当は屋敷の部屋に空きがないって領主様に断られたからなんだけどね……」
と、思ったらぜんぜん違った。
領主も街に宿くらい用意してあげればいいのに。
「アリスちゃんこそ、こんなところまでどうしたの?」
「エドワード様に食事を持っていけって言われたの」
私がそう言うと、なぜかジェドさんは困った顔をした。
「殿下はもう少し奥にいらっしゃるよ。でも……」
「でも?」
「殿下はランフォード卿以外の人間が近づくのを嫌がられるんだ」
王子様はプライベートを大事にしたいタイプなのか。
だからってこんな林の奥に引きこもらなくてもいいだろうに。
「まあ、でもランフォード卿が『持っていけ』って言ったんだから大丈夫でしょ。とりあえず行ってみる」
「気をつけてね。殿下のご機嫌を損ねないでね」
そんなことしないって。たぶん。
そうしてジェドさんに別れを告げて、私は林の奥へと足を踏み入れた。
しばらく歩くと、奇妙な音が聞こえてくる。
何かが風を切るような、それでいて規則正しい音だ。
それがいわゆる素振りの音だとわかったのは、嫌味王子を見つけた時だった。
「エドワードさまー……」
エドワードは木剣を手に、剣の型のようなものを訓練していた。
素人の私から見てもそれは鋭く実戦的な動きだった。
無駄を省き、相対する敵を確実に斬り伏せる剣さばき。
到底、王子様の覚えるような剣技じゃない。
だけど『勇者』ということであれば、こうなるのは当然の帰結かもしれない。
そしてここまで突き詰めたのなら、それは一つの『美しさ』を持っていた。
その様子を見た私は当然のごとく胸が高鳴るのを感じていた。
この気持ちはやっぱり──
「命の危機!」
私は咄嗟にしゃがんで身を隠した。
なんてことだ。いつの間にかこんなに強くなってたなんて。
勇者って言ってもあの弱々王子でしょ? そんなの魔法でワンパンよワンパン。勝ったなガハハ!
などと、高をくくっていたけど、状況によっちゃ危ないかもしれない。
魔法は強力だがどうしても発動にワンテンポ必要になってしまう。
そこをあの剣技で切り込まれては討ち取られてしまう可能性がある。
実際、私が見た“あの光景”でも、勇者は仲間の援護で魔王の攻撃をかいくぐって懐に潜り込んだ。
「やっぱり、今のうちに始末しておいた方がいいかも……」
「何を始末するつもりだ」
振り返ると、勇者が茂みのむこうから覗き込んでいた。
「ぎゃー!?」
ユウシャ! ユウシャナンデ!?
ついに私を殺しに来た!?
い、いや、そんなわけがない。
むしろ変に取り乱していたら疑われてしまう。
「えっと、虫がいたんです! もうほんといかにも毒持ってます! って感じの虫が! だから今のうちにどうにかしないと王子様やお屋敷のひとが危ないかなーって……オホホホ……」
半眼になって聞いた王子は「フンッ」と一つ鼻を鳴らしてから私に背を向ける。
よし! 誤魔化せたぜ!
「なにをしにきた。ここには誰も近づくなと言っておいたはずだ」
「えっと……昼食をお持ちしました」
「昼食……? こんなところでか」
だよね。私だってそう思うよ。
でも、陰険眼鏡が持っていけて言ったんだからしょうがないでしょ。
「ランフォード卿が、これなら外でも食べられるだろうって」
私は、バスケットを開けてみせた。
タマゴサンドとホットドックは外でも食べやすいように包み紙にくるんできた。
飲み物はワインボトルの空き瓶に入れてきたし、手を拭くための濡れ布巾も用意している。
どうだ見たか、私の心遣いを。
「ふん。また妙なものを……」
ぼやきながらも、エドワードはタマゴサンドの包みを一つとって遠慮なく中身にかじりついた。
「え……」
「なんだ、その顔は」
いや、だって。
てっきり「俺様に手づかみで食事をさせる気か無礼者め! 切り捨ててやる!」くらいのことは言われるかと思った。
「間抜けな顔をしている暇があったら、もっとよこせ」
「は、はい!」
そうしてエドワードは次から次へと口に運び、あっという間に持って来た分を平らげてしまった。
うーん、残ったらりっくんにあげようと思ってたんだけどなぁ。
仕方ないから確保してある私のを分けてあげることにしよう。
エドワードは最後にワイボトルに直接口をつけて水を飲み干す。
うーん、七年でずいぶんワイルドになったもんだ。
もう弱々王子なんて呼べないなこりゃ。
「おい、女」
エドワードが私を呼び止めた。
「明日も食事はここで取る。お前が持ってこい」
嫌です。
……とは言えないよね。
「それと、あれだけでは足りん。もっと持ってこい」
「かしこまりました」
まったく食べ盛りですこと。
ええと、量を増やして外でも食べられるようなの……か。
身体を動かしてるから炭水化物とか肉があった方がいいよね。
カツサンドかやきそばパンかな。
ウスターソースってあるのかな? なければ自作するしかないんだけど。
確か野菜と香辛料をたくさん放り込んで煮詰める……だったかな?
なんにしても明日の仕込みは大変そうだ。
「いつまでここにいる。用が終わったのならさっさとどこかへ行け」
「は、はいっ」
私だってこんなとこにいたくないですよーだ。
逞しくなった分、性格はさらに悪くなったね。
こんなひとけのない場所に私といて抹殺されなかったことを感謝するがいい。
なんて、心の中で悪態をつきながら早々に立ち去るのだった。




