手づかみで昼食を
「失礼します。昼食をお持ちしました」
部屋に入ると、陰険眼鏡ことランフォード卿は朝に会った時と同じように書類と向き合っていた。
もしかしてあれからずっと仕事してたんだろうか。なかなか真面目じゃないか。
ちなみに、りっくんは着いてこなかった。
今頃は厨房でつまみ食いに勤しんでいる頃だろう。
「ちょうどよかった。休憩しようと思っていたところです」
そう言うと、ペンを止めて私に向かって微笑むランフォード卿。相変わらず胡散臭い笑顔だ。
「あの、エドワード王子は……」
「殿下は席を外しています。食事は戻られてからでかまいませんよ」
「そうですか」
そういうことなら先に出しちゃおう。
私はそそくさと準備をはじめる。
と言っても、お皿を出してお茶を注ぐだけなんだけど。
「これは……なんですか?」
「“タマゴサンド”です」
皿の上の料理を凝視するランフォード卿に、私はしれっと答える。
ゆで卵と水にさらして辛みを抜いたタマネギをマヨネーズとで和えて、そこに魚醤をほんの少し加えて旨みと塩味を加えた具を、白パンに切れ込みを入れてたっぷり詰めこむ。
パンの切り口にはバターを塗り込んで水分でべちゃっとならないようにするのがコツだ。
四角い食パンじゃないのでどちらかと言えばタマゴドックと呼ぶ方が正しいかもしれない。
だけどこっちの方が言いやすいよね。挟んでいることにはかわりないわけだし。
「これは、マヨネーズですか。茹でた卵を刻んで混ぜているのですね。それにしてもやけに黄色い……」
「あ、ナイフとフォークは使わず手づかみでどうぞ」
私が言うとランフォード卿はものすごーく怪訝な顔をした。
やったぜ! その顔が見たかった!
クックック……貴族様からしたらナイフとフォークを使わないなんて屈辱だろう。
さあ、お次は具がこぼれたり鼻についたりして慌てふためく様をこの私に見せるがいい!
などとほくそ笑んでいたら、陰険眼鏡は意外にもあっさりタマゴサンドにかぶりついた。
こぼせ! 鼻の頭を黄色くしろ! という私の呪詛も跳ね返し、ひとくち目をお上品に咀嚼していく。
「……なるほど。ただのマヨネーズではありませんね。例の秘密の調味料が混ぜ込んであるのですね」
「おっしゃる通りです」
ちっ……あっさりバレちゃったよ。
とりあえずもう一皿の方も出しておくか。
「これまた大雑把な料理ですね」
次の料理を見たランフォード卿は思わず苦笑いをする。
ランフォード卿は皿の上のものを凝視しながら私に質問してきた。
「これはなんという料理ですか?」
「“ホットドック”です」
「犬……まさか……」
名前を聞いた途端、ランフォード卿はまん丸に目を見開いた。
それだ! その顔が見たかったんだ!
「ご安心を。豚肉を使った普通のソーセージです」
「そうですか……。ともかくいただきましょう」
そう言ってホットドックにかぶりつく。
踏ん切りがついたのか、さっきより遠慮が無い食べっぷりだ。
「これは……」
ひと口食べたランフォード卿は驚いたように目を見開く。
お、なんだかさっきより反応がいいぞ。
「この赤いソースはトマトですか。しかしトロリとして濃厚で、味もずっと濃い。これにも例の調味料が混ぜてあるのでしょうね。ですが、マヨネーズの時とはまったく違う味わいになっています。ソーセージとの相性もいい。刻んだピクルスとマスタードが良いアクセントになっています。そして、これらをパンが受け止め、まとめあげている」
めっちゃしゃべるなランフォード卿!
よほど気に入ったんだろうか。
「これは、エドが好みそうな味だ」
あ、そういう理由なのね。
まあなんにしても気に入ってもらえてよかった。
「しかしなぜ熱い犬などという名前なのですか」
「私も存じ上げません」
なんでだろうね。
インターネットでもあれば調べられるんだろうけど、ここにはそんなのないし。
「まあいいでしょう。名前などいくらでも変えられます」
うわ、なんか貴族様の発言って感じ。
こうやって真実は権力者によって塗りかえられていくのだろう。
歴史の闇を覗いてしまった気分だ。
「店で食べたような料理が出てくるかと思っていましたが、これは良い意味で裏切られました。これからも期待できそうですね」
「残念ですが、今日のは特別です。食材がなかったものですからあり合わせで作りました」
「食材が無かったというのは?」
「さあ、理由はわかりません」
他のメイドの意地悪です。
告げ口なんてしないけどね。
「明日からはそのような不備がないよう注意しておきましょう。それより、エドワード様にも持っていって差し上げてください」
「あれ? でも後でいいって……」
「これなら外でも食べられるでしょうからね。むしろちょうどよかった」
この時の私にはランフォード卿の言ってる意味がよくわからなかった。




