お仕事初日
翌朝、言われた通りに領主の屋敷に向かった。
「なんでりっくんまで着いてきてるのよ」
「当然じゃろう。妾はおぬしに取り憑いておるのじゃからな」
ちゃっかり私の頭に乗っかって来ているナマコ系謎生物は自慢げに言った。
「だいたい、おぬしがいなければ妾が食事にありつけんではないか」
「他の人には見えないんだから、適当にすませればいいじゃない。知ってるわよ、時々お店に忍び込んでつまみ食いしてるの」
「ぬ……なぜバレたのじゃ」
「バレるに決まってるでしょうが。誤魔化してるの私なんだからね」
そんなやりとりをしているうちにお屋敷に到着した。
小さな街にはあまり似つかわしくない立派な建物は、屋敷というより宮殿って感じだ。
昔行ったことがあるうちの離宮とちょっと似ている。
入り口の兵士に自分のこと伝えてしばらく待っていると中に入るよう言われた。
ちゃんと話は通っているらしい。当たり前か。
「あなたがアリスですね。話はランフォード卿からうかがっています」
出迎えてくれたのは嫌味王子でも陰険眼鏡でもなく、年輩のメイドさんだった。
背筋はピンと伸びて仕草も優雅というよりは無駄がない。ザ・仕事の鬼って感じだ。
「私は当家の家政婦長をつとめているローガンです。着いてきなさい」
挨拶もそこそこにさっさと歩き出すローガン家政婦長に慌てて着いていく。
連れて行かれたのは、こじんまりとした部屋だった。おそらくメイドたちが使う控え室的なところだろう。
「これに着替えなさい」
そう言って渡されたのはローガン家政婦長と同じデザインのメイド服だった。
「臨時雇いといえど、この屋敷の中で働くからにはそれなりの格好をしていただきます」
「は、はい!」
家政婦長が部屋を出て行った後で、私は大きく溜息をついた。
「あー、怖かった。なにあれ。見た目だけじゃなくて名前まで強そうなんですけど」
「本来、こんなところにおるような者ではないからの」
それってどういう意味? と聞こうと思ったら、りっくんは私の頭からぴょんと飛び降りた。
「ちょっとどこ行くのよ」
「妾が一緒におっても意味ないじゃろう。ちょっと屋敷を散歩してくるのじゃ」
そう言って、りっくんは羽をパタパタさせてどこかへ飛んで行ってしまった。
いいなおい自由で。
さて、仕方ないので私は着替えることにしよう。
「メイド服かー、実はちょっと着てみたかったんだ」
高校生の頃は文化祭の定番『メイド喫茶』に憧れたものだ。
わりとお堅い女子校だったので、その夢は叶わなかったけど。
その反動ってわけじゃないけど、大学時代の友人に誘われて一時期コスに挑戦したこともあった。
私の場合は二、三度で満足しちゃったけど友人の方はどっぷりハマって今でもレイヤーを続けている。
衣装作ってダイエットしてスキンケアにヘアケア、ネイル……あの情熱と努力には頭が下がる。私には無理だ。
「とか思ってたら、仕事でコスプレすることになったのよね。いくら広報だからってツノつけて魔王の衣装まで……」
あれ? 私、仕事でそんなことしたっけ?
確かに広報兼APに抜擢された記憶はあるけど、あれってなんてタイトルのゲームだっけ……。
「いつまで着替えているのですか。急ぎなさい」
「は、はい! すぐに!」
考えるのは一端保留だ。
私は急いでメイド服に着替えて部屋の外に出た。
ローガン家政婦長は出て来た私を上から下までじっくりと観察して「まあ、いいでしょう」とだけ言ってふたたび着いてくるよううながした。
とりあえず合格らしい。
「この中でランフォード卿が執務をされています。くれぐれも粗相のないように」
「はいっ」
念を押すかのように言われた。信用ないな私。
「失礼します。ランフォード卿、連れてまいりました」
「入ってください」
聞こえてきたのは、あの陰険眼鏡の声だった。
中に入るとその陰険眼鏡ことランフォード卿が熱心に書き物をしていた。
チラリと私を見て、ペンを置く。
そういえば嫌味王子の方がいないね。
「よく来てくれました。さっそくですが貴女にやっていただく仕事の話をしましょう」
「はぁ……」
この期に及んでまったくもって気乗りしないままの私はぼんやり返事をする。
「私とエドワード殿下の二人分の食事の用意をしていただきます。回数は昼と夜の一日二回。必要なら給仕は他のメイドに手伝ってもらってください。他にも身の回りの世話でいくつか雑用をお願いするかと思いますが、基本的には食事の準備を優先してくださってかまいません。何か質問は?」
質問と言われてもなあ。
「この屋敷の厨房は初めてなので、とりあえずやってみないことには質問もできません」
気付けばローガン家政婦長がもの凄い顔をしてこっちを睨んでいた。
し、しまった。つい、いつもの調子で返してしまったけど、家政婦長からしたら「こいつ貴族様になんて口のききかたしとんじゃ!?」って感じだろう。
「なるほど。確かに、アリスさんの言うとおりですね。ちょうどいい。少し早いですが昼食の準備をはじめてもらいましょう。厨房まで案内してあげてください。ローガンさん、頼めますか?」
「かしこまりました」
家政婦長は堅い口調でそう承った。
* * *
厨房に向かう間、ローガン家政婦長は終始無言だった。
怒ってるのかなー。
でも、それ以上に居心地が悪かったのは他のメイドたちの視線だ。
すれ違う度、なんだか値踏みするような嫌な視線を感じる。
もしかしなくても私ってあまり歓迎されてない?
「ここが当家の厨房です。道具や食材、調味料などは好きに使ってかまいません。他にも必要なものがあれば私に言うようにしなさい」
「厨房の人じゃなくてローガン家政婦長に、ですか?」
「ええ、そうです。私にです」
なんだかよくわからんがそういうことらしい。
一通りの設備について説明をするとローガン家政婦長はさっさ立ち去ってしまった。
きっと本来は私になんかにかまっていられないくらい忙しいのだろう。
「さて……それじゃ何を作ろうかな」
食材の保管庫に足を踏み入れた私は、驚くべき光景を目の当たりにする。
「って、なんもない!?」
保管庫は物の見事に空っぽだった。




