勇者様ご来店
「ぎゃーーーー!」
私は思わず悲鳴をあげた。
なにせ、今一番会いたくない顔がそこにあったからだ。
「この俺の顔を見て悲鳴をあげるとは良い度胸だ」
エドワード王子は頬をひくつかせて私を見下ろしていた。
「な、なんで──」
なんであんたがここにいるのよ!
そう叫びかかったのを寸前で飲み込む。
相手は勇者様で王子様だ。
不敬だとかなんとかでいきなり切り捨てられるかもしれない。
「おい、ルエイム。この街で一番の食事を出す店があるというからこんなところまで足を運んだんだぞ。なぜこの女がいる」
「偶然だよ。まさか、彼女が働いている店がそうだとは思わなかった」
「貴様、白々しいことを……」
まさかの『勇者』様ご来店にテラス席は騒然となっていたけど、当の本人たちはいたってマイペースだった。
ていうか、この口ぶりからすると、まさかうちの店に食べに来たってこと?
「アリスさん、私とエドワード殿下の二人分の席を用意してもらえますか?」
「うげっ!?」
マジでうちで食べてく気だ!
「あ、あいにくと今日は満席でして……」
そう言って振り返った時だった。
「きょ、今日は余所で食べようかな!」
「ご、ごちそうさん!」
「お勘定ここに置いとくから!」
常連さんたちが大慌てで料理をかき込んで、次から次へと店を出て行った。
中には注文した料理が来ていないのにお金を置いて行った人までいる。
「席、空いたみたいですね」
「ぐぬぬ……」
こ、こうなったらジェドさん!
王子の護衛としてビシッと言ってやってよ!
やんごとなきお方がこんなとこにフラフラ来るもんじゃないって!
「そこの君、確か我が部隊の者ですね」
「はっ! ジェド・サルモン一等兵であります!」
「ちょうどいいので、店の外で警護をしてください。ああ、食事がすんでからでいいですよ」
「はっ! 二秒で終わらせます!」
そう言うと言葉通り数秒でパスタをぜんぶ口の中におさめるジェドさん。
……まあわかってたよ。
最後の砦が破られて、私は泣く泣く二人を店内へと案内した。
「よ、よよ、ようこそおいでくださいましたぁ!」
店の中に入ると、マトゥーカさんと給仕三人娘が揃って平伏していた。
「そのような礼は不要です。今日、我々はただの客として来たのですから」
眼鏡男子にそう言われ、マトゥーカさんたちは困った様子で顔を見合わせる。
んなこと言われたって、この街の人たちは王族どころか貴族にだって会ったことがないんだからどう応対していいかわからないのは当然だ。
「王子様たちはお忍びで来たから、騒がれたくないのよ。そうやって畏まられる方が迷惑になっちゃう」
私の言葉でハッとなるマトゥーカさんたち。
慌てて立ち上がると、服のほこりを払うのも忘れて厨房へと下がって行った。
よーし、それじゃ私も……。
「おい、どこへ行くつもりだ」
「へ……?」
「貴様は給仕係なのだろう。ここにいろ」
逃亡失敗。
助けを求めて厨房の方に顔を向けると、三人娘が顔を半分だけ出してこちらに目配せをしていた。
“あ と は 任 せ た。”
いやいや、任せないでよ!
私だって、こんな厄介な客を相手したくないってば!
「おい、何をやっている。さっさと食事を持ってこい」
ぐぬぬ……!
こっちの気も知らないでこの嫌味王子!
だったらやってやんよ!
マトゥーカさんの絶品料理に驚愕してイスから転げ落ちるがいいわ!
「申し訳ありませんが、うちは食堂ですのでメニューから選んで注文していただかないと料理が作れませーん」
「なんだと……?」
へへーんだ。睨んでも無駄だよー。
やけになった私に怖いものなどないのだ。
「エド、ここは王宮ではないのです。ルールには従いましょう」
「ちっ……ならばルエイム、お前が適当に決めろ」
「ということなので、この店で一番人気のある料理と飲み物を二人分お願いします。ああ、それとアリスさんのおすすめも一皿いただきましょう」
「はーい。かしこまりましたー」
ぞんざいに答えたところで、私ははたと気付く。
ちょっと待って。なんでこの人、私の名前知ってんの!?
名乗った覚えなんてないんだけど!
それどころか、わざわざ私が働いているお店まで来てるし……怖っ!?
現代日本だったらストーカー案件だよ!
もしかしたら、このルエイムとかいう眼鏡は私のことを探りに来たのかもしれない。
とにかく、今は変に疑われないよう大人しくしていよう。
そうして戦々恐々としながら私は厨房へ注文を伝えに行った。
「アリス! 勇者様なんだって!?」
厨房に入るなり、マトゥーカさんたちが私を取り囲んだ。
「え……? ああ、一番人気とおすすめ持ってこいって。あと飲み物も」
「ほ、本当にうちで食べてくんだね……」
マトゥーカさんからしたらそこからすでに驚愕な事実らしい。
「だけど、うちには偉いお方に出すようなもんは置いちゃいないよ……」
「別に、いつも出してるものでいいと思うよ」
「だ、だけどねぇ……」
「あいつ……じゃなくて、勇者様たちはうちの評判を聞いて来たんだから、逆にぜんぜん違うもの出したら『話が違う!』ってなっちゃうってば」
「そうかい? まあ、アリスがそう言うなら……」
おっかなびっくり、マトゥーカさんは調理にとりかかる。
「それじゃ、私も手伝いを──」
「アリスちゃんはいいから!」
「へ……?」
厨房の奥に行こうとする私の前にアンとリズが立ちはだかる。
「アリスは王子様の相手をしてきな!」
「そうそう! マトゥーカさんの手伝いならあたしらがやるから!」
「ええー。でも、アンだって『勇者様に手作りしたパイをひとくちも食べてもらえないまま顔面にぶつけられたい』みたいなこと言ってたじゃない」
「それはそれ! 妄想は妄想だから楽しいのよ! 本当にやられたらあたしの右拳が黙ってないわよ!」
うん。それはマズい。
「ハァ……もう、わかったわよ。勇者様の相手は私がしてくるから。料理の方頼んだわね」
「アリス、待ちな」
と、今度はリズが私の肩をガシッとつかむ。
「せっかく勇者様のお相手をするんだ。ここで“落とし”ちまいな」
「え……なに? 落とすって……」
「リズ! それ名案! ほら、もっと胸をはだけてアピールするのよ!」
「ギャーーーー!? 何をするだァーーーーーッ!」
抵抗むなしく、狂犬アンと恋愛脳リズによってお仕着せの胸ボタンが引きちぎられ、あちこち魔改造されてしまう。
ひどい目にあった……。
「はいよ、注文あがったよ」
そうこうしていると、マトゥーカさんの料理が出来上がった。
「待って、アリスちゃん!」
お皿を持って勇者たちのところへ行こうとしたら、メイが私を引き留めた。
いつものんびりなぼんやりなメイにしては妙に真剣な顔だった。
「聖王国のお料理について聞いてきてね!」
「あ……うん……まあ、聞けたら、ね……」
長くなったので分割。後編に続きます。




