それぞれの事情
ちょっと長くなってしまいました。
「あいつが生きてたのよ! しかも勇者だって!」
「いったいなんの話じゃ……」
めんどくさそうなりっくんを相手に、私はまくし立てる。
「飛空艇事故のことも聞きたいし、どうして勇者になったかも……ああもう! いったい何から聞いたらいいのよ!」
「よくわからんが、まあよかったではないか。探していた『勇者』が見つかったのじゃ。これで目的を果たせるのう。さっさと『勇者』とやらを殺して魔界に帰ろうではないか」
「え……でも、一応、知り合いだし……」
「むしろ好都合ではないか。知り合いなら相手も油断するじゃろう。サクッと殺ってしまえ」
りっくんの言っていることは間違っていない。
私の目的は私の家族や国に仇なす『勇者』を倒すこと。
そう、なんだけど……。
「なんじゃ? おぬし、もしかして、いざとなって尻込みしておるのかや?」
「ち、違うわよ! そんなんじゃ……」
りっくんから低い笑いが聞こえてくる。
「なるほどのう。そうではないかと思っておったが、おぬし、殺すのが怖いのじゃろう」
「なっ……!」
違う。と、咄嗟に否定できなかった。
それは、私がずっと考えないようにしていたことだったから。
「魔族なら子供でも当たり前のように魔物を狩る。ところが、おぬしは魔物ですらできるだけ殺さずすませようとする。妙なやつじゃと思うておったが……なるほどのう」
「い、いいじゃない。殺さなくてすむならそれで」
「じゃが、『勇者』はそうもいかんじゃろう。なぜならおぬしを殺しに来るのじゃからのう」
「う……」
りっくんは実に楽しそうだった。
「クックック……思う存分悩むがよい。おぬしの苦しむ様子を見るのは妾にとってこの上ない愉悦じゃ」
「りっくん性格悪い……」
「当然じゃ。妾は、神に仇なし死者の血を啜る厄災の化身。しかもおぬしに取り憑いておるのじゃからな」
* * *
りっくんの言葉は、しばらく私を悩ませた。
いざとなればなんとかなるとか、そんな風に考えていたわけじゃない。
覚悟は決めてきたはずだった。
今となっては、ぜんぶ言い訳にしかならないけど……。
「はぁ……」
「溜息なんてついてどうしたんだい?」
「ちょっとね、この先の人生に悩んでて……」
「なんだかよくわからないけど、あんまり悪いことばかり考えてちゃいけないよ。元気で働いてりゃ、暖かいベッドで眠れて飯だって食える。まずはそれだけ頑張ればいいのさ」
働き者のマトゥーカさんらしい助言だった。
「そうだよね。まずは今できることをやればいいんだ」
そうすれば、別の答えも見つかるかもしれない。
「そういや、アンと一緒に『勇者様』を見物に行ったんだろ? どうだった? いい男だったかい?」
「う……マトゥーカさん、その話は……」
せっかく前向きになりかけていたところに不意打ちを食らった私は、深くうなだれるのだった。
* * *
「不味い」
出されたスープをひとくち味わったエドワードは、そう言ってスプーンを置いてしまった。
「お、お口に合いませんでしたか。でしたら別のものを……」
「いらん。パンとチーズだけ持ってこい。他に比べればいくらかマシだ」
領主のデッケルは冷や汗をかきながら給仕にパンを持ってくるよう命じた後で、恐る恐る尋ねる。
「よろしければ、どこが悪かったのかお教え願えませんでしょうか。我が家の料理長はイルランド王宮で長らく修行を積んだ一流の者で……」
「通りで不味いわけだな。見た目ばかり取り繕ったこの国そのままの料理だ」
「ぐっ……! 殿下といえどもそれは無礼が過ぎますぞ!」
「ふん。俺は事実を言っただけだ」
「お二人ともそのくらいに」
怒りに震えるデッケルが今にもワイングラスを握りつぶしそうになっているのを見かねて、もう一人の来客が口を挟んだ。
「確かに、エドワード殿下は少し言い過ぎでしょう」
「おい、ルエイム……」
不愉快そうに睨む主人を片手で制し、ルエイムは続ける。
「ただ、殿下の感想も間違ってはいません。見た目はイルランド王宮の料理に似せていますが、どうにも物足りない。おそらく食材など足りないものばかりの中、料理長は非常に苦労なさっているのでは?」
「そ、それは……」
デッケルは言葉に詰まる。
料理長に命じたのはまさに「我が家でも宮廷と同じ料理を出せ」というものだった。
何もかもが足りない中、料理長も苦心を重ねた。
最終的にたどり着いた答えは『味音痴の領主は見た目さえそれっぽければ満足する』というものだった。
「ここは王都ではないのですから、無理に真似をする必要はないでしょう。この地で採れるものを活用した方がきっと料理長も腕の振るい甲斐があるというものではないでしょうか」
「そ、そうですな……そう、伝えます……」
諭すように言われ、デッケルはその場でうなだれた。
結局、エドワード王子はパンとチーズだけ腹におさめて残りは一切手を付けないまま席を立った。
ルエイムもそれにならうように部屋に戻っていった。
「まったく、お前は話しかけてくる人間いちいち言葉で叩きのめさなければ気が済まないのか」
部屋に戻ると、さっそくルエイムのお小言がはじまった。
「ふん。しつこく感想を聞いてきたのはヤツだ」
「もう少し言葉を選んでくれと言ってるんだ。一応、私たちは領主殿のご厚意でこの屋敷に滞在させてもらっている身なんだぞ」
「俺は野営でもかまわんと言っただろうが」
「そこらで野宿する王子なんて外聞が悪い。だいたい、そうなると私までお前に付き合わなければならないではないか」
「やっと本音が出たな。貴様はいつも俺をだしにして自分の思い通りに事を運ぼうとする」
「当然じゃないか。それが君のお守りを任された者の特権だ」
ルエイムは悪びれもせずそう言ってのける。
だがエドワードは腹を立てた様子もない。
幼い頃からの友人であり従兄弟でもあるルエイムは、彼にとって数少ない気を許せる相手だった。
「だいたい、旅程を早めたのは貴様だろう。おかげで側仕えの一人も連れて来られなかった」
「君の暗殺なんていう情報が飛び込んでくれば仕方ないだろう」
「この俺がたやすく殺されるわけがないだろう」
「わかっているよ。たとえ未遂であろうとも実際に《《暗殺が行われた》》という話が本国に広まるのを避けたかったんだ」
「ランフォード卿のご命令か……」
「そうだ」
ルエイムの父、ルドルフ・ランフォード公爵は国王カール・フォン・エオスティアの右腕と言われる有力貴族だ。
息子たち同様に幼い頃からの盟友である二人は、“英雄”王フランツというカリスマを失い求心力の欠けた聖王国の権威を取り戻すため奔走した。
そこへ降って湧いたのがエドワード王子の『勇者』への覚醒だった。
勇者エドワードという新たな象徴を得た聖王国はふたたび人々の希望となった。
だが、それを快く思わない者たちも無論、存在していた。
「君の暗殺なんていう話が広まってみろ。聖王国内ではこんな風に言われるだろうな。『やはりカール王では諸外国をまとめきれないのだ』と」
「父上の権勢はその程度の醜聞で揺るぎはしない」
「それもわかっている。だけど、今は《《大事な時》》だ。カール陛下のお名前にできるだけ傷をつけたくない」
聖王国は古の時代に『勇者』たちが降臨した地だった。
女神の加護を受けたこの地を足がかりに『勇者』たちは旅立って行った。
そしてまた傷つき倒れた『勇者』たちが帰る場所でもあった。
王都の霊廟に突き立てられた『聖剣』はそんな『勇者』が残していった物だと言われている。
ゆえに聖王国の王は女神の使徒として『勇者』を守り導く役目を担っている。
しかし、千年近く伝説に謡われるような『勇者』の降臨は起きていなかった。
そのため『聖王』という称号は使われぬままになっている。
だがエドワード王子が『聖剣』を抜き『勇者』となったことで、その父であるカール王は千年ぶりに『聖王』を名乗る資格を得た。
と主張しているのがランフォード公爵である。
自ら剣を振るい恐るべき魔物と戦った“英雄”王フランツのカリスマに対して、カール王の堅実で細やかな治世はどうしても地味に見えてしまう。
そのイメージを払拭し、反カール派の威勢を削ぐためにも『聖王』の称号は必要だった。
「この演習で君が『勇者』として同盟軍の指揮をとり堂々と凱旋する。陛下は『聖王』としてそんな『勇者』の帰還を祝うんだ」
「なんて大仰なんだ。ただの演習だろうが」
「建前は大事さ。それに、君だって陛下の力になりたいからお飾りの指揮官を引き受けたんだろう」
「……わかっている。父上のため、俺ができることならなんでもする」
憮然としながらも父であるカール王への深い尊敬と愛情を言葉に滲ませる従兄弟に、ルエイムは苦笑いする。
エドワードは七年前の事故以来、極度に他人を遠ざけるようになった。
逆に、信頼を置いた相手のためならどんな泥であろうと被ろうとする。
何があったのか、ルエイムにすら詳しくは話してくれないが、よほどの目にあったのだろう。
「そういえば、昼間の娘。君にしては珍しく気に入ったようだったな」
「バカなことを言うな」
エドワードはひどく嫌そうな顔をする。
そんな風に感情を露わにするのもまた、珍しいことだった。
「俺があんな小娘など相手にするものか。髪も服も小汚い上に妙な匂いまでさせていた」
ルエイムはふたたび驚いた。
興味が無いと言っていたわりには、よく見ている。
ふと、ルエイムの頭に閃く物があった。
「そうだ。話は戻るが、私たちの食事改善について一つ提案があるんだ」
「提案だと……?」
そう言って眼鏡の奥の瞳を光らせた従兄弟に、エドワードは胡散臭いものを見るような顔を向けた。
次回、ついに魔王(の娘)と勇者の直接対決……!?




