私が魔王であいつが勇者で
勇者がやってくるという日、街の大通りは大勢の人でごったがえしていた。
みんな噂の勇者様をひと目みようってことなんだろう。
結局、私も来ちゃってるわけだ。
どうせこんな往来のど真ん中で勇者をぶっ飛ばすわけにもいかないし、野次馬みたいであんまり気乗りはしなかったのだけどアンの勢いには勝てなかった。
「アリスちゃんこっちこっち!」
人だかりの中からそのアンが私を呼んでいた。
「私、別にそんな前で見なくても……」
「いいからいいから。ちゃんと勇者様に見つけてもらえるとこに居なきゃ。オラァ! 道空けろやァッ! こちとら独身やぞ!!!!」
狂犬アンに恐れをなして次々と場所を空けるおじさんたち。
マジでごめん。
人だかりを抜け、沿道に出るとちょうど一行がやってきたところだった。
集まった人たちの歓声を浴びながらゆっくりと進んでくる兵士たちの一団。
先頭ををゆくのは白金色の髪をした青年だった
腰には一振りの美しい剣を携えている。
ひと目でわかった。
彼が『勇者』だ。
「はぁ……噂以上の美男子だねぇ」
アンがうっとりと呟く。
「確かにイケメンだけどなんか偉そう」
「そこがいいんじゃないの。ああ、勇者様に罵られながら給仕したい……」
何その特殊性癖……。
「あら、後ろに控えてるお方も素敵じゃない。勇者様のお仲間かしら」
続いて馬に跨がってやってきたのは、勇者様と同じくらいの年頃の眼鏡男子だ。
勇者さまが沿道に集まった人たちを見向きもしないのに対して、眼鏡男子はちゃんと手を振ったりしている。
その笑みを見た途端に私は直観した。
こいつ、絶対腹黒いぞ!
「眼鏡男子……なかなかいいわね」
「あら、アリスちゃんは知的な殿方の方が好み?」
「あ、いや、そういうんじゃなくて」
「もう、恥ずかしがらなくてもいいじゃない。あの微笑みを浮かべたまま丹精込めて作った手編みのセーターを踏みにじられたいって言っちゃいなさいよ」
その特殊性癖に私を巻き込むな。
それにしても、あの『勇者』様どっかで見たような……。
「勇者様!」
私が記憶を掘り返していると、勇者様御一行の前に慌てた様子でヒゲのおじさんが駆け寄った。
一緒になんかヒラヒラした服を着た太った人も引き連れている。
「ねえ、アン、あの人たち誰?」
「ああ、アレね。ヒゲの方がこの街の領主で、太ってる方は……たぶん教会のひとじゃない?」
イケメンとは打って変わってひどく淡泊な解説だった。
気持ちはわかるけど名前くらい教えてほしい。
「ま、まさかこんなに早くいらっしゃるとは。あまりに急なのでお出迎えもできず……」
揉み手しながら勇者様に声をかけるヒゲのおじさんこと領主。
「いつ来るかは俺が決める。貴様の予定など知ったことではない」
うわっ。勇者様感じ悪っ。
あの馬上から見下す態度も凄いわ。
アンがさらにうっとりしちゃってるぞ。
「エドワード様、そうおっしゃらず。領主殿は殿下を歓迎するためずっと準備をされていたのです」
と、脇に控えていた太った人がすかさずフォローする。
「リンデンか……。こんな僻地までご苦労なことだ。教会はよほどヒマなのか?」
「はっはっは。これは手厳しい。むしろ教会の人手不足は深刻でして。わたくしも王都を離れこうして各地をまわっているというわけです」
勇者様の嫌味も軽々と受け流し、逆に自分の勤勉アピールに持っていくとは。やりおる。
しかし、勇者様の仲間も負けていなかった。
「リンデン司祭、我々が予定を変えたのには理由があるのです。どうやらエドワード殿下のお命を狙う計画があったようで……」
「なんと! いったい誰がそのような恐ろしいことを企んでいたのでしょう」
「おそらくは、この世界で唯一、女神の加護をうける聖王国の権威を貶めたい者でしょうね」
暗殺とかなんか物騒な話が飛び出してきた。
眼鏡男子の言葉とあの態度からすると、もしかして教会を疑ってる?
にしてもエドワード殿下ってどっかで……。
「……あ。あああああああああっ!」
そうだ。エドワード!
七年前に会った、人間の王子様!
「あんた生きてたのね! よかった!」
と、思わず沿道から飛び出した私はすぐに「しまった!?」と我に返った。
なんか知り合い気分で声かけちゃったけど、暗殺の話が出た直後にこの行動ってヤバくない!?
「貴様! それ以上殿下に近づくな!」
「す、すすす、すみません! 間違えましたー!」
あっという間に取り囲まれた。
いくつもの槍の切っ先が私に突きつけられる。
マジやばい!
「待て。俺が話をする」
「しかし殿下……」
「いいからここへ連れてこい」
兵士達は私の腕を掴んでエドワードの前まで引っ立てて行った。
エドワードはわざわざ馬を下りて私を観察する。
成長しているとはいえ、あんまりじっくり見られたら正体がバレるかも。
そう思うとつい俯き加減になってしまう。
そんな私の顔をエドワードは無理矢理上げさせた。
いわゆる“顎クイッ”ってやつだ。
手じゃなくて、剣の柄ってところがトキメキポイントー20点だ。
そんなに触りたくないかこのやろう。
「おい、娘」
「は、はい。なんでしょう……」
「おまえ、『生きていた』と言ったな。どういう意味だ」
「そ、そんなこと言いましたっけ? きっと聞き間違いですよ。ええ、ほんとに。オホホホ……」
うう……めちゃめちゃ見られてる。
七年も経ってるし、私も魔法で姿を変えてるからさすがにバレないと思うけど……。
「……ふん。まあいい」
興味を失ったようにエドワードは馬を歩かせて去って行く。
領主と司祭が慌ててそれを追い掛ける。
「この娘はどうしましょう?」
「放してあげなさい。暗殺者ということもないでしょう」
眼鏡男子のひと言で私は解放された。
ありがとう眼鏡。腹黒とか言ってごめんね。
「もう、ビックリしたじゃない!」
「ご、ごめん……」
「いったいどうしたの? はっ!? まさか、アリスちゃんも勇者様に馬で引きずられたい系!?」
緊張の糸が切れてどっと疲れが押し寄せた私は、アンにツッコミを入れることもできなかった。




