勇者が来る
どうもこんにちは炎の給仕人アリスです。
魚醤作りが成功した結果、マトゥーカさんの料理には革命がおきました。
街中からマトゥーカさんの料理を求めて連日のようにお客さんが押し寄せ、店は大盛況を通り越して超盛況って感じ。
マトゥーカさん一人では料理が間に合わず、私は芋剥き&給仕から調理補助に昇格。
店も手狭になったので店の外にもテーブルを置いて対応することになった。
そしてあらたに給仕の女の子も三人ほど雇うことに。
そんなわけで。
あらためまして、炎の給仕人あらため“炎の調理補助人”アリスです。
……長いな。
とにかく、マトゥーカさんのお店がもっともっと繁盛するように頑張らなければ。
闇雲に店舗を増やしたりするのはマトゥーカさんが嫌がりそうだから、魚醤の販売で儲かるようにしたい。
そのためには生産量を増やさないといけないんだけど、問題は魔法の樽だ。
魔界から職人を呼ぶわけにもいかないし、やっぱり魔法は使わず本来の作り方で六ヶ月〜一年熟成させるしかない。
そうなると広い倉庫や地下室が必要になるし、温度を一定に保てる工夫もいる。
やることは山積みだけど成功すれば大儲けは間違いない。
お金持ちになってマトゥーカさんを楽させて──
「って、ちっがーう!」
頭の中に広がっていた未来予想図を、私は慌てて振り払った。
「朝っぱらから騒がしいのう……」
りっくんが寝床にしている籠の中からのそのそと起きてくる。
「あぶなかったわ。いつの間にか当初の目的を忘れてたわ」
「なんじゃ、今頃我に返ったのか。先週あたりは『いっぱいお料理覚えるわよー』とか息巻いておったくせに」
「お願いだから忘れて」
そう。私の目的はあくまで『打倒勇者』なのだ。
決して調味料で人間社会に料理革命を起こすことではない。
「ま、まあ、マトゥーカさんのお店が儲かれば私が旅立つための資金も早く貯まるわけだからあながち間違いってわけじゃないわ」
「上手い言い逃れじゃの」
「うるさい」
だが、そんな風に現状を誤魔化していた私に思わぬ情報が舞い込んだのは翌朝のことだった。
「『勇者』がこの街に来る!?」
朝のお弁当を買いに来た労働者のおじさんから聞かされた話に、私は思わず声をあげた。
「砦の兵士たちが話してたんだよ。近々、ここらで連合軍の演習があって。そいつの指揮を“勇者様”がとるんだってさ」
軍事演習って、ずっと前になくなったアレかな。
いや、そんなことより重要なのは“勇者が来る”ってことだ。
エオスティアにいるっていう『勇者』に会うためにこの街で地道に頑張ってたわけだけど、その『勇者』の方から来てくれるなんて運が良い。
「ねえ『勇者』っていつ来るの?どこに泊まるのかしら軍隊ってどのくらいの規模なのかしらそもそも指揮ってどんなことするのかしらねえねえねえねえねえねえ!
「ひいいいいいいいっ!」
罪の無い労働者のおじさんに、若干のトラウマを与えた気がしないでもないが、それでもいくつかわかったことがある。
やはり『勇者様』とやらは、エオスティア聖王国から来るらしい。
名前や素性まではわからなかったが、どうやら今の私とそう歳の変わらない男性だそうだ。
なんでも聖王国に伝わる伝説の『聖剣』を抜いたことで『勇者』と認められたのだとか。
おおっ、なんかそれっぽい!
「勇者様……いったいどんな方かしら」
芋の皮を剥くのも忘れてうっとり呟いたのは新しく給仕に雇われたアン(二十二歳バツイチ)だった。
そばかすと小麦色の髪が可愛い器量良しだが、ギャンブルで借金をこさえたダメ亭主を叩きのめして実家に戻って来た凶暴な出戻りである。
「いい歳してなーに浮かれてんのよアン」
そんなアンをくさしたは、同じく新しく給仕として入ったリズ(十九歳独身)だ。
掃除用のモップに顎をのせて、ダラダラしているがしゃんとするとすらりと背の高いなかなかキレイな人だ。
少々目つきが鋭くはすっぱな雰囲気のせいで、なかなか男が寄りつかないというが、実は街に時折りやってくる行商人の若者と密かにむつみ合っているのを私は知っている。
ちなみに趣味は編み物だそうだ。
「リズは気にならないの? だって勇者様よ勇者様」
「だからその勇者様があたしらみたいな庶民を相手にするわけないでしょ。どーせ、王都の下品な女を侍らせながらやって来るわよ」
やだな。そんなチャラい勇者。
「メイは? あんただって、さすがに勇者様なら食い気より色気でしょ?」
三人目のメイは、ぽっちゃりおっとりな十九歳。
見た目からもわかる通り、食べることが何より大好きな女子だ。
今も、マトゥーカさんが試作で作った料理と余ったパンをもしゃもしゃ食べている。
こんな感じだが店にやってくる男たちの人気はやたら高い。
何人かはマトゥーカさんの料理よりも彼女目当てなのは間違いない。
やはり胸か。胸なのか。
「うーん……聖王国の料理ってどんなのかなぁ」
ぼんやりとそんなことを呟くメイを見て、アンとリズが「ダメだこりゃ」とばかりに溜息をつく。
三人とも幼馴染みでアンが隣の街に嫁ぐまではいつも一緒につるんでいたらしい。
「ほんと、あんたたちそんなだから行き遅れるのよ」
「うるさい出戻り」
「今夜のまかない何かしらねぇ」
いいからおまえら働け。
「アリスちゃんはもちろん興味あるわよね」
「ふへ!? わ、私?」
いきなり話をふられて思わず変な声が出た。
「勇者様って、アリスちゃんと同い年くらいなんでしょ。気になるじゃない?」
この年頃の娘が誰でも恋愛に脳を支配されていると思わないでほしい。
それに、本当はまだ十二歳だし。
「まあ、顔はともかく見初められたら玉の輿だよな」
「それよ! やっぱり男は稼ぎがなくちゃ!」
「お金があれば、美味しいものたくさん食べられるよねぇ」
玉の輿とか言われてもなー。
こっちはお姫様なんでなーんも興味が湧かない。
そもそも、私はその『勇者様』をぶっ倒しに来たわけで……。
「えっと、あんまり興味ないかな……」
「ダメよそんなんじゃ! いい男はこっちから捕まえに行かなくちゃ! というわけで、一緒に勇者様を見に行きましょうね!」
「えええっ!?」
なんか、そういうことになった。
やっと勇者が出てくる……




