幕間2-1 魔王は今日も胃が痛い
「陛下、自分を人間界へ行かせてください……!」
アリステルが列車を強奪し、どこかへ消えた後、ニコラスがすぐさまそう申し出てきた。
だが、魔王の返答はにべもないものだった。
「ならぬ」
「なぜですか!? このままではアリステル様が……!」
「おやめなさいニコラス。陛下に向かって……」
興奮する弟に眉をしかめたのは姉のエルザだった。
フォーリア家の長女は、父譲りの実直さと母に学んだ戦斧の技でめきめきと実力をつけつつある。
難を言えば、少しばかり真面目すぎるという点だろうか。
父のふてぶてしさの三分の一でも手に入れたのなら、いずれは戦士団の長となれるだろう。
ふと、自分が亡き旧友の思い出に浸っていることに気付いた魔王は軽く咳払いをする。
「よいのだ。エルザよ」
「し、しかし陛下……」
「ニコラスも我が娘を主と仰ぐがゆえの言葉であろう。その忠信に報いてやれぬこと、すまないと思う」
「陛下……」
「だが……いや、だからこそ人間界へ行くことは許さぬ。あれがなんのために『勇者』を討伐しようとしていたかを考えるがよい」
魔王の言葉にニコラスはハッとする。
アリステルは以前から『勇者』という存在が、いずれ魔界を脅かすと主張していた。
魔王もそんな娘の言を戯れと一笑に付していたわけではない。
アリステルもそれはわかっていたのだろう。
だが、娘を突き動かす何かは、想像していたよりもずっと熱く燃えさかっていたようだ。
「しかし、アリステルはどうやって河を越えるつもりなのだろうな」
竜人族の長グイムルの言葉に、玉座の間に集った者たちも同じ疑問を抱いたようだった。
「そもそも、姫様のあの姿では人間に紛れるのは難しい。それをわからぬ姫様とも思えないが……」
|獣人族の長ティウルの疑問もまた同様に皆の首をかしげさせた。
だが、魔王には確信があった。
「あのアリステルが、なんの策も持たす行動を起こすはずがない。おそらくは、我々にも教えていない何らかの方法を考えだしたのだろう」
今度は魔王の言葉に皆が何か恐ろしいものを想像して蒼白になった。
この場に集まった誰もがアリステルが巻き起こした事態に一度や二度は巻き込まれている。
中でもその被害の大きい魔王は胃がキリキリと痛むような気がした。
「と、ともかく、アリステルの捜索についてはすでに手は打ってある。情報があり次第、その方らにも教えるゆえ今は待っていてほしい」
「「はっ」」
脇腹をさすりはじめた魔王を前に、誰もこれ以上続ける気にはなれなかった。




