塩を求めて
「塩が足りない?」
私が働き始めて二週間ほど経ったある日、マトゥーカさんが朝から困った顔をしていた。
連日お店が盛況なおかげで塩が早くも尽きかけているらしい。
フイディールは内陸の街だ。
以前は商会の取り引きでこの街にもちゃんと塩が入ってきていたらしいが、今は取り引きの数が減っているのだという。
「なんで減っちゃったの?」
「そりゃあ、あちこちに砦ができたせいさ。商会が仕入れた品はみーんなあっちに流れちまう。おかげで街はいつも品薄さ」
価格交渉はせずほとんど言い値で買ってくれる軍隊は商会にとってはそれはもういい取り引き相手なのだそうだ。
そんなわけで、少しでも多く売りたい商会は街に入れる分を減らしてしまっていた。
「こりゃ、また仕入れに行かないといけないかねぇ」
そういえば、マトゥーカさんに初めて会ったのもその仕入れの帰りだと言ってた。
確か大きな街まで行ってたとか。
その途中で魔物に襲われたわけで……うーん、心配だ。
「私も一緒に行くよ。ほら、いざとなったらアレがあるし」
アレっていうのはもちろん魔法のことだ。
「たしかに、あんたがいれば安心だ」
「ちなみに、大きな街までどのくらいかかるの?」
「行って戻って、だいたい三日ってとこかね」
げっ……。
あの固い馬車の上で三日も過ごすのか。
他の街も見てみたい気持ちはあるけど、あんな苦行に耐えられる自信がない。
「ね、ねえ、他に近場で塩が手に入るところはないの?」
「うーん……北の山脈で岩塩を採掘してたって聞いたことがあるね」
「それだ!」
私は思わず声をあげた。
「そこならまだ岩塩がとれるかも!」
「だけど、あたしのばあさんが若い頃の話だよ。あの辺りは今じゃ魔物の住処だっていうし」
「私なら平気だって! ダメでもともと。ちょっと行って探してくるわ!」
取るものも取りあえず準備にとりかかる私。
おっと、その前に。
「あ、マトゥーカさん、馬車貸りてくね!」
* * *
北の山へは馬車で半日ほどかかった。
かつては岩塩坑として使われていただけあって、それなりに整備された道の跡があったり麓の森が切り拓かれていたので早く辿り着けたのは幸いだった。
「これが、マトゥーカさんの言ってた採掘場ね」
平らにならされた広場には古いトロッコや坑木が放置されている。
どれもこれも朽ちてボロボロだ。
「ずいぶん前に放棄されたようじゃのう。岩塩なんぞとっくに枯れておるのではないかや?」
「人間の採掘技術ならね。でも、私には魔法があるんだもの。深く掘ればきっとまだ残ってるはずよ」
「希望的観測じゃのう」
希望的観測? ううん、それはちょっと違う。
「大丈夫よ。岩塩が採れるってことは、この辺りは海だったってことよ。見たところ最高8000メートル級の山脈だし埋蔵量はかなりのものになるはず。そもそも地殻変動モデルと生活および行動様式のシミュレート結果ではこの辺りは岩塩の産地としてもっと栄えていたはずで──」
「小娘!」
りっくんに呼ばれてハッと我に返った。
「……私、またあっちに行っちゃってた?」
「ああ。またわけのわからん呪文のようなものをブツブツ呟いておったぞ」
やってしまった……。
はじまりは、おそらく『大樹』に触れたあの日からだろう。
私の中には、私のものじゃない記憶が眠っている。
それが何かのきっかけで今みたいに溢れてくるのだ。
自分でもヤバいと思う。
だけどどうしようもない。
「そんなところまであの女と同じとはのう……」
りっくんが溜息交じりに言った。
それを私は聞こえないフリをした。
* * *
「ちょっとここで待っててね」
広場の端っこに適当に馬車を繋いだ。
昔は採掘した岩塩が山と積まれてたりしてここも賑わっていたんだろう。
岩塩を運んでいた荷車がちょうどいい飼い桶代わりになりそうだったので魔法で水を満たして馬に与えておくことにした。
「魔物が出るって聞いてたけど、ぜんぜん見かけなかったわね」
「いいや、おるぞ」
りっくんが広場の向こうの森を睨みながら言った。
「森に入った辺りからずっと妾たちを見ておる。そなたを恐れて近づいて来ぬだけじゃ」
相変わらず、りっくんの目には私には見えないものが見えているようだ。
「いや、ちょっと待って。私を恐れてるってなにそれ!?」
「なにと言われてものう。魔物は敏感じゃから相手が己より強いかどうかすぐに感じ取る。やつらにすればそなたとんでもないバケモノに見えとるじゃろうな」
バケモノなんて、乙女をつかまえてなんという表現か。
「で、でも、ワーグは襲ってきたじゃない」
「あれはずいぶん興奮しておったからじゃ。それに、どんなに弱い魔物でも逃げられないとわかれば必死に抵抗するものじゃろう」
そ、そうだったのか……。
あんまり外を出歩かなかったからわからなかった。
「ってことは、私がここを離れたら襲ってくるんじゃ……?」
「妾は平気じゃが、馬は食われるじゃろうな」
マトゥーカさんから借りた馬さんが食べられちゃうのはマズい。
「妾は歩いて帰るのは嫌じゃぞ」
「だからりっくんは歩かないでしょ。ちょうどいいわ。前から試してみたかった魔法があるのよね」
とにかく、魔物から馬さんを守る護衛が必要だ。
そういうのにうってつけの魔法がある。
私は地面に指先で源理文字を刻む。
「地より出でて、我が財宝を守れ! <黄金林檎の守護者>!」
私の言葉に応えるように、源理文字を刻んだ地面が波打ち盛り上がっていく。
生命を得た土塊は自らの姿を思い出したかのように人型へと収束していった。
そうして立派な土人形が出現した。
「なるほど、この土くれ人形に守らせるわけじゃな」
「違う違う。守るのはりっくんよ」
「は?」
りっくんをむんずと掴んで土人形の前に持っていく。
すると土人形胸がうにょーんと開いた。
そこにりっくんを収納する。
「な、なんのつもりじゃこれは!」
「だから、りっくんがそれを操縦して馬車を守るのよ」
「なんじゃとぉ!?」
土人形には大きな欠点がある。
それは『頭が悪い』ということ。
『この部屋に入って来たやつに攻撃しろ』とか、本当にごくごく簡単な命令しか実行できない。
「そこで私は考えたわけ。『だったら頭脳を別に用意すればいいじゃない』って」
「じゃからといって、妾を部品扱いするでないわ!」
「ちなみに、Xボタンが弱攻撃でAボタンが強攻撃。左トリガーをホールドしながら右トリガーで遠距離攻撃ね」
「なんじゃそれは!? また変な呪文か!?」
「ちょっとした冗談よ。気にしないで。それじゃ、私は行ってくるから。しっかり馬車を守っておいね」
「おのれー! おぼえておれー!」
憤慨した様子でピョンピョン飛び跳ねる土人形くん。
うんうん。さっそく乗りこなしてるわね。
と、私は満足しながら坑道に向かった。




