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正しい勇者の倒し方  作者: 冷田和布
人間の世界へ
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食堂の看板娘

 マトゥーカさんは、お店の屋根裏部屋を私に貸してくれた。

 狭くて天井が近いけど、窓もあるしベッドもある。

 ちょっとした机と椅子もあるので、ひとまず生活をはじめるには充分だった。


「ほんと、マトゥーカさんが良い人でよかったわー。しっかり働かないとね」

「そりゃよかったのう」


 りっくんが妙にそっけない。


「なんか不機嫌ね」

「当たり前じゃ。そなたは腹いっぱいじゃろうが、妾はなーんも食べさせてもらってないのじゃ!」


 あ……忘れてた。


「ごめんごめん。私も<肉体操作(シェイプ・シフト)>の影響がこんなにあるなんて思ってなかったのよ」

「そなたがツノを隠すのに使った魔法か。どういうことじゃ?」

「うーんとね……」


 <肉体操作(シェイプ・シフト)>は肉体を作り変える魔法だ。

 耳をちょっと短くする程度なら大したことはないが、今の私のように身長が10センチ近くも伸びたり胸が膨らんだりと大きく変化をしたら、そりゃあたくさんカロリーを使ってしまう。

 私が倒れたのは空腹による低血糖が原因だろう。


「ついでに、魔力も弱くなってるみたい。いつもの七割……ううん、六割くらいかな。ワーグの群れに魔法を使った時、イメージ通りにいかなかったのはそれが原因ね」 


 竜人族ドゥムイスのツノは魔力に関係する器官でもあるらしいから、多少の影響は出ると思っていた。

 でも半分近くまで下がってるとは……。

 これはマトゥーカさんに言われなくても、あまり魔法をあてにはできないかもしれない。


「なるほどのう。ならば仕方ない。寛大な妾はそなたを許そう。じゃが……さっきから鳴きに鳴いておる妾の腹が許すじゃろうか!」

「いだだだっ!」


 ガジガジと齧り付いてくるりっくん。意外と痛いぞ。ていうか口あったのか……。


「ふへふほふはっふふもふふ!(我が牙の餌食にしてくれるわ!)」

「ごめんってば! 明日からはちゃんとりっくんの分も確保するから!」


 そうして、りっくんに囓られながら人間の世界でのはじめて夜はふけていった。


 *  *  *


 翌日から、『砦の街フイディール』での新生活がはじまった。


 今、この街やその周辺では砦の建設ラッシュが続いている。

 理由はもちろん魔族との戦争に備えてだ。

 街を囲む壁も年々大きく、高くなっているらしい。

 マトゥーカさんのお店はそんな建設労働者向けの食堂だ。

 

「あたしが子供の頃は“麦の街”なんて呼ばれていてねぇ。この辺り一帯ぜーんぶ麦畑だったんだよ。秋になると金色の海原が広がって、そりゃあ綺麗だったもんさ。ところが今じゃ砦と壁だらけだ。おまけに演習だかなんだか知らないけど、兵隊連中がそこら中踏み荒らしちまった」


 仕込みをしながらマトゥーカさんはそう嘆く。


「そっか、マトゥーカさんのパンが美味しいのはここが麦の産地からだったんだ」

「わかってるじゃないか。パン屋だったじいさんの直伝さ」


 馬車やお店でもらったパンもすごく美味しかった。

 でも、今朝食べた焼きたては次元の違う美味しさだった。

 バターやチーズをのせればそれだけでご馳走になれるポテンシャルを持っている。


 実際、焼きたてのパンの香りに誘われるようにお客さんたちが次から次へとやってきた。

 彼らは街の壁や離れた場所にある砦を建設する労働者たちだ。

 建設現場で食べるお昼ご飯をマトゥーカさんのところで買っていくのだ。

 パンをひとつと持参した入れ物に昨夜のうちに作っておいた肉と豆の煮込みをよそってあげて、しめて銅貨四枚。そしてお客さんを愛想良く送り出す。

 これが私の仕事だ。


 それが終わったら今度は夜の仕込みのお手伝い。

 芋を剥いて剥いて剥いて……ひたすら剥く。

 皮剥きなんて便利なものはないから小さなナイフを使って剥く。

 これがまた大変なのだ。


「魔法でパパーッと片付けてしまえばよいじゃろうに」

「これでもお姫様なのよ? 芋の皮を剥く魔法なんて知るわけないじゃない」


 あるのかどうかもわからないが、覚えても使いどころはなさそうだ。


「そもそも、私そういう細かいの好きじゃないのよ。やっぱ魔法はどかんと派手な方が楽しいじゃない」

「やはり破壊魔じゃのう」


 誰が破壊魔だ。


 りっくんの邪魔が入りつつも、昼間は芋を剥いて剥いて剥きまくった。

 そうして夜になると、食堂は酒場へと早変わりする。


「おーい、麦酒のおかわりー」

「はーい、ただいまー!」


 今度の私の仕事は給仕係だ。

 樽から酒を注ぎ、マトゥーカさんが作る料理を運ぶ。

 たったこれだけなんだけど、相手は昼間クタクタになるまで働いてきた労働者たちだ。

 やたら食べるしやたら飲む。

 私は店の中を駆けずり回ることになった。


「しかし、マトゥーカにこんな可愛い親戚がいたなんてなぁ」

「あ、アリスっていいますぅ。よろしくお願いしまぁす」


 私も全力で愛想を振りまいた。

 キャバクラで働くのってこんな感じなんだろうか。

 それにしても……

 今さらだけどこの偽名は失敗だった。

 『アリス』なんて思春期オタ女子がうっかりハンドルネームにつけて後で後悔する名前の筆頭じゃないか。

 あとは名前の後に“姫”ってつけちゃうやつ。

 

 『アリス姫』


 お、おおお……! なんという字面!

 何一つ間違っていないんだけど何もかもがイタすぎる!


「アリス! 料理あがったよ! ついでに酒も持ってっとくれ!」


 余計なこと考えてる場合じゃなかった。

 今は無心で働かねば。


「アリスちゃん、こっちにも麦酒のおかわりたのむよー」

「俺も!」

「こっちにも!」

「はいはいただいまー!」


「まったく、いつもは渋い連中が今日はやけに飲むじゃないか」

「そりゃ、そうだ。どうせ飲むなら可愛い娘の運ぶ酒のがいいわな」

「ああん? あたしじゃ不満だってのかい!」


 マトゥーカさんと常連さんとのやりとりは、ザ・『酒場の女将と客』って感じだった。

 うんうん。これがファンタジー世界ってものよね。

 魔界の方はどーも近代化しすぎてていけないわ。便利でいいんだけど。


 仕事は大変だけどマトゥーカさんは優しいし、常連さんも気のいい人ばかり。

 私、ここでなんとかやっていけそうだ。

自分の名前が若干イタいことに気付いた主人公

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