食堂のマトゥーカさん
気がつくと固くてやたら寝心地の悪い場所で横になっていた。
おまけにガタンガタンと揺れまくる。
一瞬、お城が財政難でベッドメイクをしてくれるメイドが雇えなくなったのかと思ったりもしたが、よくよく見るとそこは馬車の荷台だった。
「起きたかい?」
御者席にいた小太りなおばちゃんがこちらを振り返って言った。
「あの……私……」
「驚いたよ。お礼を言いにいこうとしたらいきなり目の前で倒れたんだから」
そっだった。
ワーグたちを追い払ったと思ったら、急に貧血みたいになって気を失ったんだ。
ぐぎゅるるるるるっ
誰かのお腹が盛大に鳴った。
ていうか私だった。
「ほら、そこの荷物にパンが入ってるから食べな」
知らない人から食べ物をもらってもいいものかとちょっぴり悩んだが、お腹の猛烈な抗議には抗えず遠慮なくいただくことにした。ちょっと固いけどけっこう美味しい。
「よっぽどお腹が空いてたんだねぇ。街に着いたらもっとしっかりしたもの食べさせてあげるよ」
「い、いいんですか?」
「あっはっは! そんなの当たり前さね。あんたは命の恩人だ」
笑い方の豪快なおばちゃんだ。
「予定通りに事が運んでラッキーじゃったの」
「そうね」
「んー、なんか言ったかい?」
おっと、つい声に出してしまった。
りっくんの姿も声も私以外にはわからないんだった。
「えっと、パン美味しいです。ありがとうございます」
「そりゃよかった!」
そう言って、おばちゃんはまた豪快に笑う。
助けたのが良い人そうでよかった。
そうして私たちは、街までの道のりをちょっぴり座り心地の悪い荷台で過ごした。
* * *
到着した街は想像していたのとはちょっと違っていた。
街の周囲は立派な城壁で囲まれているうえに、弩砲や大砲が設置され兵士たちが警戒監視をしている。
魔物相手にしても少し大げさすぎると思う。
(ずいぶん物々しい雰囲気じゃのう)
(変ね。スキルニールさんはのどかな田舎街だって言ってたのに)
りっくんとそんな話をしているうちに馬車は大通りを逸れて下町の方へと入って行く。
しばらくゴチャゴチャ建物が建ち並ぶ道を進んで、やがて小さなお店の前で止まった。
「着いたよ。ここがあたしの店さ。馬車を裏にまわしてくるから中に入ってておくれ」
鍵を渡されて、ひとり放置される私。
うーん、そんな不用心でいいのかと思いながら店に入った。
中はこじんまりとしていて、それでいてなかなか味のある作りだった。
いかにもファンタジー世界の酒場兼食堂って感じで、心くすぐられる。
「今日は仕入れに行ってないから大したものは作れないけど、すぐに用意するからね」
「あ……は、はい!」
奥の厨房から顔を出したおばちゃんに慌てて答える。
なし崩し的にこんなことになって、なんだかまだ落ち着かない。
この先のこととか、いろいろ考えたり決めなきゃいけないのに。
そうこうしているうちにおばちゃんがトレーに料理をたっぷりのせて厨房から戻ってきた。
「残り物ばっかりだけど、遠慮なく食べておくれ」
炙ったチーズをたっぷりのせた黒パン。
お肉を野菜と煮込んだもの。
どれも美味しかった。
魚を香草といっしょに塩漬けにしたものはちょっと苦手な味だった。
「……ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「そいつはよかった。あんた名前は?」
「アリス……アリスです」
咄嗟にそう名乗った。
人間たちに魔王の娘の名前が知れ渡ってるとは思えないけど、念のためだ。
「あたしはマトゥーカ。まあ、子供はみんな『食堂のおばちゃん』って呼ぶけどね」
マトゥーカさんか。
なかなかしっくりくる名前だ。
『おばちゃん』の方がさらにしっくりくるけど。
「あらためて、礼を言っとくね。あやうく塩の塊と引き換えに命を落とすとこだったよ」
「塩?」
「最近、なかなか手に入らなくてね。下流にある街へ買いにいって戻って来る途中で魔物に襲われたってわけさ」
なるほど。確かに食堂に塩は欠かせないよね。
この村くらい海から遠いとやっぱり高級品になるのかな。
「それで、あんたはどこから来たんだい?」
「えっと、王都の方から……」
あらかじめ決めてあった答えを返す。
王都からとは言っていない。
消防署の方から来ました〜ってやつだ。
詐欺とか言わないでね。
「やっぱりね……。ってことは、貴族の出かい」
「ど、どうして……!」
どうしてそうなるの!?
と危うく口走りそうになるのをグッとこらえた。
「さっき、あたしを助けてくれたありゃ魔法ってやつだろう。魔法が使えるのは貴族様か魔族のどちらか……。だけどあんたにゃツノも尻尾もない。おまけにその器量だろ。あたしにでも想像がつくさ」
何やら盛大に勘違いされていた。
でも、そういえば人間の国じゃ魔法は貴族が独占してるってスキルニールさんも言っていた。
「王都は大変なことになってるっていうじゃないか。王様がろくに仕事をしないから悪い貴族たちがやりたい放題だって」
「そ、そうなんです!」
どうしようかなーと思ったけど、ここはノっておくのが吉とみた!
「父が他の貴族に騙されて多額の借金を背負ってしまったんです。もともと病気がちだった父はその心労で亡くなり、残されたのは借金だけ。家財を売り払っってなんとか返済できたんですが、父を騙した貴族が私を愛人にしようと画策していることがわかり、着の身着のままなんとかここまで逃げて来たのです」
ごめんねお父様。亡くなったことにした上に借金親父にまでしちゃった。
でも、我ながら咄嗟に考えたにしてはなかなか迫真の設定じゃない?
「飲まず食わずだったのはそのせいかい。そりゃあ大変だったねぇ」
「はい……なんとか聖王国まで辿り着ければ、幼い頃に亡くなった母の親戚に頼ることもできるのですが……」
「聖王国……歩いて行くには遠すぎるねぇ。大きな街から出てる乗合馬車を使うか、行商人の馬車に乗せてもらうかするしかないだろうけど、若い娘がひとりでってのはねぇ……。そもそもお金はあるのかい?」
「あ、はい。これくらいで足りますか?」
お金の入った袋をマトゥーカさんに見せた。
この日のためにコツコツ貯めておいたお小遣いだ。
なんとかこれで聖王国まで行って、そこでお仕事を探そうかなと思っている。
お仕事しながら『勇者』について情報を集めて、ゆくゆくは……という計画だ。
「あんたこりゃ金貨じゃないか! どこの国のもんか知らないけど、こんなの使えないよ!」
「え? そうなんですか?」
「金はほとんど教会が管理してて、この国じゃ出回ってないんだよ」
マトゥーカさんによると、ノルン教会って宗教が金を『神様のもの』と主張しているらしい。
ほとんどの国は「そんなの知らんがな」という態度なのだが、それでも金=神様に祝福されてるってことで価値は高まる一方だそうだ。
貴族や金持ちの間では金の装飾を施した衣服や調度品が一種のステータスになっているらしい。
その一方で、私が今いる『イルランド』の王様はこのノルン教会の熱心な信徒で国中の金をかき集めて教会に寄進しているという。
通貨としての金貨も廃止され、一般庶民が持っていると最悪捕まってしまうらしい。
私ってばそんな危ない代物で支払いをしようとしてたのか。
マトゥーカさんに教えてもらわなかったら危なかった。
「それと、あんたの魔法だけどね。そいつも人前じゃ見せない方がいいよ」
「え……ど、どうしてですか?」
「言ったろう。魔法は貴族のものなんだ。平民の中にもたまに魔法の素質を持って生まれてくる子がいるけど、そういう子は貴族に取りあげられちまう。とくに女の子はね。噂じゃ、貴族に連れてかれた娘はよくて妾、悪くすりゃ子供を産まされるだけの奴隷扱いだっていうよ」
うげ。なかなかハードな社会だ。
よかったー、魔族に生まれて。
「しかし、あんたほんと何も知らないねぇ。よほど大事に育てられたんだろうね」
「そ、そうなんです。父は私を溺愛してて、それこそ城……じゃなくて屋敷からほとんど外に出たことがなかったんです」
「それでこんなとこまで必死に逃げてきたってのかい。なかなか根性があるじゃないか。……よし! わかった! あんたうちで働きな!」
「ええっ!?」
なんか急展開なんですけど!
「王都まで行くにも金がいるだろう? 大した給料は出せないけど、それでもないよりはマシさ。それで金をためるなり親戚ってのに手紙書いて援助してもらうなりいろいろ手を考えてみなよ」
あれ? もしかしてこれってけっこういい提案なんじゃ?
いきなり聖王国に向かうより、ここで働かせてもらいながら人間社会の常識を学んだ方がいい気がする。
「よ、よろしくお願いします! 私、なんでやります!」
トントン拍子に話は進み、私はマトゥーカさんという親切な人間のお店で働くことになった。
姫様は就職した!




