“不運(ハードラック)”と“踊(ダンス)”っちまった
「もう一回、こいつを走らせる? そりゃいいが、どうせ改良が加わることになるぜ」
「だからこそ、よ」
この先、線路が敷設されて列車が決まった場所だけしか行き来できなくなる前に私の目的を果たしてもらわなければならない。
「あなたたちも知りたくない? この列車がどれだけ速く走れるのかを」
私の言葉に、思った通りライドとディがハッとなる。
ふっふっふ……知ってるのよ。
男子が「一番速い」とか「一番大きい」とかって言葉に弱いってこと。
「そんな試験、予定には……」
「お父様たちには私に無理矢理やらされたって言えばいいわ。そう、あなたたちが責任をとる必要はないのよ……」
それでも逡巡を見せるディに私はダメ押しのひと言を放つ。
男子が大好きなものの正反対。大人になった……いや、ならざるを得なかった男たちが最も苦しめられる“大嫌い”なもの。それこそが“責任”である。
「オレは乗るぜ。姫さんのその心意気によ」
「ライド! し、しかし……」
「なあ、ディよ……オレたち、ずいぶん遠いところまで来ちまったと思わねぇか……?」
そう言ったライドはどこか遠い目をしていた。
「ガキの頃はよ、親や学校に縛られてるみてぇで毎日ムシャクシャしてケンカばっかしてた。そんで、改造した単車にニケツして街をぶっ飛ばしてよぉ……」
「“夜魔族”に追われて、朝まで走り続けたこともありましたね」
「あったあった。あやうくパクられるとこだったぜ」
……なんか、昔語りが始まったんですけど。
ていうかなにその元ヤンエピソード。
「“チーム”を解散して、ふたりで会社はじめてよ。気付きゃオレたちも揃って所帯持ちだ。もうあの頃みたいな無茶はできねぇ。けどよぉ、それでもまだ“ここ”んとこに燻ってるもんがあンだよ」
ライドは自分の胸を差す。
「真っ直ぐ曲がらず、決まった通りに走る列車……。オレたちがこれから作ることになるのは、“ヤンチャ”とは真逆の代物だ。だからこそ、最後に見てぇじゃねぇか。オレたちが探してた“スピードの向こう側”ってやつをよぉ」
「ライド……いや、ライちゃん! わかった、やろう! ふたりで“伝説”を作ってやるんだ!」
ガシッと腕を組むライドとディ。
盛り上がってるなー。
まあ私のお願いを聞いてくれるならなんでもいいや。
そんなわけで、魔導列車を“バリバリ”に走らせるための準備がはじまったのだった。
* * *
「陛下、お水をお持ちしました」
「ああ、すまないメリッサ……」
メリッサから冷たい水の入った杯を受け取る。
こんな荒野のど真ん中でも冷たくて清潔な水が飲めるのも魔法の賜物だ。
心の中で感謝しつつ魔王はコップに口をつける。
「しかし、そなたといいアリステルといいよく平気だな」
「姫様のお側であれば、どれほど過酷な場所であろうと私には天上の楽園にございます」
まったく理由になってないが、メリッサの目は本気だった。
「頼もしいことだ。そなたにアリステルを任せたのは正解であった」
「ありがとうございます」
とりあえず褒めておくことにした。
魔王には時にリップサービスも必要なのである。
ポオオオオオオオッ!
そうしていると、列車がふたたび汽笛を鳴らして動き出した。
「ん……? 先ほどよりずっと大きな音だった気がしたが。それに蒸気もあれほど出ていたか?」
魔王が首を傾げているうちに、魔導列車はみるみる加速していく。
「いや、待て! いくらなんでも速度を上げすぎであろう!」
魔王は慌てて立ち上がった。
しかし時すでに遅く、列車は放たれた矢のごときスピードで遠ざかっていた。
「いったい何が起きている!? 事故か、それとも──」
魔王の脳裏に娘の言葉がよぎる。
『私はもう一回乗ってくるから』
あのアリステルが、なんの理由もなく快適とはほど遠い列車にもう一度乗るわけがなかった。
「アリステル、そなたまさか!?」
* * *
「見てるか姫様! オレたちの“暴走り”をよぉ!」
「見てる! 見てるからもうちょいスピード落としてー!」
魔導列車はまさに暴走状態で突っ走る。
「ライド! 正面に地割れです! 迂回してください!」
魔法で進行方向を確認したディが叫ぶ。
魔界の荒野には大昔の邪神との戦いでできた大穴や亀裂がたくさんある。
神様の大槌が振り下ろされた場所だとか、折れた大剣の切っ先が突き刺さっただとかいろんな“いわく”があるのだが、それらはなんにもない荒野の目印として役立っている。
が、高速で進む魔導列車にとっては障害以外の何ものでもなかった。
「いや、このまま行く!」
「し、しかし!」
「オレを信じろ! 相棒!」
「わかりました。私の命、あなたに預けます!」
そう簡単に預けるなー!
ていうか、私が乗ってること忘れてない!?
「まったく騒がしいのう……」
「あ、りっくん!? 今、出て来たら……!?」
寝ぼけ眼をこすりながら私のカバンからひょっこりと顔を出したりっくん。その瞬間──
「リミッター解除! 最大燃焼!」
ライドが釜の中に真っ赤な筒を放り込むと、ドカンと大きな爆発が起きて列車は殺人的な加速を開始する。
何か重たい物が乗っかってきたように身体が座席に押しつけられる。
「うひょあああああああああああ!」
そんな状況で迂闊に顔を出したもんだから、りっくんは後ろに落っこちていってしまった。
なんか『べちゃっ!』っていう嫌な音がしたけど、生きてるよね?
とはいえ、他の心配をしている場合ではなかった。
列車は今まさに大きな地割れに向かって突っ込んでいるのだから。
「<風>魔法全開! 方向、車体下部30度!」
「了解! 車体下部30度!」
ガツン! と下から突き上げるような衝撃。
直後、車体は地面を離れ………………飛んだ。
「すごい……!」
お尻の下の底が抜けたような浮遊感。
ずっと前に飛空艇に乗った時を思い出して、私は恐怖も忘れて叫んでいた。
「出ましたよ! 最高速度です!」
「ああ、やったな相棒……こいつが“向こう側”だ……」
ライドとディも感動に打ち震えているようだった。
だけど忘れてはいけない。
この世界でも物は下に落ちるのが常識だ。
「しまった。着地のことは考えてなかった」
「アホかあああああああああ!」
自由落下する車内で暢気に頭をかくライドを、私は思いきり罵るのだった。
* * *
* *
*
列車は奇跡的に原型を留めていた。
着地の瞬間に<風>の魔法で空気のクッションを敷いたのが功を奏したようだ。
「生きてるって素晴らしいわ……」
何はともあれ、あらためて生を噛みしめるくらいには怖かった。もう二度とやらん。
あ、そうだ。りっくん。
車両後部を見ると、壁に潰れたナマコみたいなのが張りついていた。
なんかモゾモゾ動いてるから生きてはいるみたいだ。
「“燃え尽きた”ぜ……」
「ええ……」
ライドとディも余韻に浸りきっていた。
やりきった顔しちゃった。こっちは死ぬかと思ったっていうのに。
いや、焚きつけたの私だけど。
「ライド……実は私、新しい“夢”ができました」
「奇遇だな……オレもだぜ」
「「次は、空を飛ぶマシンだ!」」
ふたりが同時に叫んだ。
「空にゃはなんにも縛るものがねぇ! オレたちゃまだまだ先に行ける!」
「ええ! 空にこそ私たちが求めた“自由”があります!」
盛り上がってるなぁ。
そんな時に悪いんだけど……。
「<愛しき茨>」
私が呪文を唱えると“魔法の蔦”が二人の身体を縛り上げる。
「ひ、姫様なにしやがんでぇ!」
「あなたたちは、『私に無理矢理やらされた』ってことにしないといけないでしょ。そのための工作よ」
「こんなことせずとも、私たちは──」
「いいのよ。私の計画に付き合わせちゃったんだから。ここまで乗せてくれてありがと。お父様たちには上手く言っておきなさい」
まだ潰れたままのりっくんを回収して私は列車からピョンと飛び降りる。
タラップはさっきの“暴走り”でどこかに吹き飛んでしまってた。
「お、おい、姫さんあんたどこへ……いや、何をしに行くつもりだ?」
縛られたままのライドが私に問いかける。
そんなの決まっている。
「ちょっと『勇者』をぶっ倒してくるわ」
このコンビまた出したいな。




