深夜の脱走
深夜──
城内が寝静まったのを見計らって、私はのそのそとベッドから起きだした。
「そろそろ頃合いね……りっくん、起きてりっくん」
「んぎゃ!?」
天蓋を下から棒で突いてりっくんを起こす。
「いだだだっ!? その起こし方はやめろと言うとるじゃろうが!」
「しーっ! 声が大きいってば! 今から城を抜け出すわよ」
「だから、妾の声はそなた以外には……って、今からじゃとお?」
りっくんがものすごーく嫌そうな顔をしていたような気がするが、私は構わずテラスへと向かった。
「まさかここから飛び降りるつもりとか言わんじゃろうな」
「まあ、当たらずとも遠からずってとこね」
「言っておくが、妾をあてにしておるんじゃったら手伝わんぞ」
「違うわよ。ちゃんと準備してあるってば」
そうして取り出したのは私が独自に開発した魔導具だ。
「てけててーん! 『どこでもキャットウォーク』!」
長い長い沈黙が降りた。
「どこからツッコんでいいのかわからんぞ」
「……いいの。気にしないで。勢いでやっちゃっただけだから」
深く深く反省する私。
「で? そりゃなんじゃ」
「ひとことで言えば、壁を登るためのアイテムよ」
言いつつ、グローブ型のそれを両手両足に装着する。
「猫科の獣人族が高い壁をひょいひょいって登ってるとこを見て思いついたのよ。あれって肉球が滑り止めの役割をしてて垂直な壁でもひっかかるようになってるのよね。だから両手両足を壁に吸着させれば同じようなことができるんじゃないかと思って」
「安直じゃのう。ほんとに上手くいくのかえ」
「だいじょぶだいじょぶ。それじゃ、いってみよー」
しばらく後──
屋根の上には四つん這いになってうずくまる私がいた。
「お、おおう……」
よく考えたら、いくら手足がくっついても身体の重さはそのまま。
ふつーにボルダリングをしてるのと大差なかった。
「うう……めちゃくちゃ疲れた。明日は確実に筋肉痛だわ……」
「なにやっとるんじゃおぬしは」
りっくんの視線がたいへん冷たかったが、結果的には城のてっぺんまで登れたので成功ということにしておこう。魔導具の方は要改良だ。
「さて、登ったはいいが。ここからどうするのじゃ?」
「ちゃーんと考えてあるわよ。今度は某ゲームを参考に開発したこのグライダーで城の外まで滑空して──」
と、私が次なる魔道具を取り出した時だった。
「あ、アリステルちゃん……」
「うにょあ!?」
誰もいないはずの屋根の上で、いきなり名前を呼ばれた私は思わず悲鳴をあげた。
声の方に振り返ると城の尖塔の影に隠れるように佇む怪しい女性がいた。
長い黒髪は顔の半分ほどを隠し、そこから除く肌は驚くほど白い。
着ている服は上から下まで真っ黒。その上さらに真夜中なのに黒いレースの日傘までさしている。
その全身黒ずくめの女性には面識があった。
「カーミラさん!?」
夜魔族の氏族長がなんでこんなところに?
そう聞く前に、カーミラさんは「ぴゃっ!」と小さな悲鳴をあげて尖塔の影に引っ込んでしまう。
うーん、相変わらずだ。
「カーミラさん、出て来てくださいってば。ここには私しかいませんから」
りっくんは私以外には見えないので間違いではないはず。
私のフォローが効いたのか、カーミラさんがふたたび顔を出す。
「どうしてこんな所に?」
「アリステルちゃんにお祝いを言いたくって……」
夜魔族は、名前の通りの夜行性の種族だ。
高い魔力を持つだけでなく身体を霧に変えてあらゆる場所に侵入したり、こうして高いところにも軽々と登ることができる。
ただ、それは“夜”だけに限定される。
太陽の下では身体を霧に変えることができなくなり、おまけに長時間日に当たると身体が灰になって崩れてしまうというかなり難儀な体質をしている。
そんなわけで、夜魔族は昼間はめったに外に出てこない。
仕事は主に夜の間の城や街の警備だ。
「私に会いに来てくれたのなら部屋を尋ねてくれればよかったのに」
「そ、そうしようと思ったんだけど……急に来たら迷惑かなって……そもそもなんて声かけていいかわからなくて……」
「もしかして、日が落ちてからずっと私の部屋の外で待ってた……?」
「う、うん……」
他種族とほとんど交流がないせいか、夜魔族のヒトはコミュニケーションが苦手な傾向がある。
同族同士でも基本は家族以外と接触もしないらしく、種族全体がぼっち体質なのだ。
ちなみに、カーミラさんが氏族長に選ばれた理由は夜魔族で一番コミュ力が高いかららしい。
カーミラさんよりコミュ力が低い集団って……。
「もう、いつでも会いに来ていいって前に言ったじゃない。その代わり、寝てたら諦めてねって」
「そ、そうだね……嬉しかった……フヒヒッ」
今にも邪悪な魔法で私をカエルか何かに変えてしまいそうな笑い方だが、これでも夜魔族なら誰もが恋に落ちてしまうほどの微笑みらしい。
実際、長い黒髪に隠れているカーミラさんの素顔は絶世の美女と呼んでも差し支えないし、スタイルだって抜群だ。
「あらためて……卒業おめでとう……アリステルちゃん……」
「ありがと。まあ、式服姿を見せてあげられなかったのは残念だけど」
「そ、それなら大丈夫。ちゃんと見に行ったから」
「見に行った……?」
昼間は出歩けないはずなのに、いったいどうやって……?
「全身に日焼け止め塗って、帽子と日傘とサングラスと手袋して……あとは気合いで」
行楽地のお母さんを超える重武装だった。
たぶんそれも全部“黒”だったんだろうな。よく不審者と間違われなかったもんだ。
「そ、それでも半分くらい灰になっちゃったけど……」
「灰になったって、ちょっとそれ大丈夫なの!?」
「も、もう治ったから……」
「治ったって、どうやって? 確か夜魔族って治癒の魔法が効かないんじゃ……」
「えっとね、灰を集めてお水をかけておくと、しばらくしたら元通りになるの」
いや、カップラーメンかあんたは。
「そ、それよりアリステルちゃん……いつもの……いいかな……?」
カーミラさんが、ソワソワもじもじしながら私の顔色を伺うように聞いてくる。
「え……い、今?」
「だ、ダメ……かな……」
今から城を脱走するはずだったのに。
カーミラさんの“アレ”は長いからなぁ。
でも、わざわざ来てくれたのに断るのも気が引けるし……。
「仕方ないなぁ。でも、ちょっとだけよ。私、大事な用事があるんだから」
「う、うん!」
私は溜息を一つしてから、カーミラさんのお膝の上にぽんと座る。
「そろそろ重たいんじゃない? 私もう十二歳だし」
「そ、そんなことないよ……アリステルちゃんは小さくて可愛い……フヒッ」
そう言って、カーミラさんは私を抱き寄せた。
後頭部にポヨンと柔らかいものがあたる。
お母様が亡くなってすぐの頃だろうか。
夜中にテラスでひっそり泣いていると、カーミラさんがやってきた。
ヒト付き合いの苦手なカーミラさんにとっては勇気を振り絞って声をかけてくれたのだろうと思う。
あの時もこんな風に抱っこしてもらって慰めてもらった。
それからなんとなく習慣化してしまって現在に至る。
最初は私が慰められる側だったのだけど、いつの間にやらカーミラさんの方が求めるようになっている。
カーミラさん子供好き(深い意味はない。たぶん)だからなぁ。
「い、いいこいいこ……フヒッ」
笑い方はともかく、頭を撫でてくれるカーミラさんの手つきはどこまでも優しかった。
思えば、お母様に対してもこんな風に素直に甘えることはできなかった。
あの頃はまだここが『異世界』だと感じていて、心の中にも“前世の私”がいた。そのせいかもしれない。
今はもう違う。私は間違いなくアリステルだ。
だから、もう迷うことは……。
* * *
* *
*
気がつくと、私は部屋のベッドの上にいた。
カーテンの隙間から差し込む明るい日差しが心地よい。
ん……明るい……?
「やっと起きたか。おぬし、よーく眠っておったぞ」
「あああああああああっ!?」
朝になってるし!
カーミラさんに抱っこされてるうちに眠っちゃったんだ!?
「ど、どうして起こしてくれなかったのよ!」
「知らんわ。妾はそなたの目覚ましではない」
「ああああ、脱走計画がああああ!」
私は頭を抱えた。
よく見たらしっかりピンクのやたら可愛らしい寝間着に着替えさせられていたり、ツノには手作りらしき毛糸のかぶせ物がつけられてたりする。
どっちも、私の持ち物じゃないぞ。
カーミラさんが用意したのか?
ということは着替えも……。
い、いや、今はそのことは考えないようにしよう!
カーミラさんは子供好き! それ以上でもそれ以下でもない!
たぶん! きっと! そうだといいな!
カーミラさんもっと登場させたいな。




