姫様包囲網
「それでは、お二人をお送りして参ります」
「んー、よろしくー」
日が傾きはじめた頃、お茶会も終わりをむかえた。
久しぶりに過ごす幼馴染みとのひととき。ちょっぴり名残惜しかった。
これから私がしようとしていることを考えるとなおさらだ。
「フッ……楽しかったよ、ボクのラフレシアちゃん」
「おい食虫植物はやめろ」
うん。この男とは一度じっくり話し合う必要があるな。
「あなたがどうしてもと言うのでしたら……ま、また遊びに来て差し上げてもよろしくてよ!」
「はいはいツンデレ」
「ツンデレってなんですの!?」
お約束なやりとりもそこそこに、ふたりはメリッサと共に出て行く。
うむ。何もかも計画通りだ。
「りっくん、いるんでしょ」
声をかけると、ベッドの天蓋の上から青黒い塊がひょっこりと顔を出す。
「なんの用じゃ」
「今から出発するわよ」
「むぅ、急な話じゃのう……」
アメフラシとナマコを悪魔合体させたような謎生物こと、“りっくん”が文句を言いながらのそのそと降りて来る。
「なによ、出発は今日だって言ってあったでしょ」
「のんきにお茶なんぞしとるから先延ばしにするつもりかと思っておったわ」
「メリッサが側にいたら城を抜け出せないでしょ。だからタイミングをはかってたのよ」
そう、すべては計画通りなのだ。
まあ、旅立つにあたって最後に幼馴染みに会っておきたかったっていうのもあるけど。
「相変わらず、姑息なこと考えるのう。すぐに準備するから待っておれ」
そう言うと、りっくんは自分のねぐらに戻ってゴソゴソと準備をはじめた。
……長かった。
あの日、ふたたび『打倒勇者』を目標にかかげてから今日まで七年もかかってしまった。
ついにこちらから打って出る時が来たのだ。
「準備できたぞ。して、どうやって城を抜け出すつもりじゃ?」
「計画はあるわ。ついてきて」
* * *
りっくんを肩に乗せて廊下を進む私。
普段はそこかしこにいるメイドや小鬼族の下働きの姿はない。
理由は簡単。明後日行われる氏族会議の準備に大わらわだからだ。
魔界の各地から有力氏族の長が共を大勢引き連れてやってくるので、その迎え入れだけでも大変な準備を要する。
おまけに魔王であるお父様も現在は視察のために城を開けている。
まさに好機と言えた。
「というか、なんじゃそのほっかむりは」
「ふっ……これが伝統的なSHINOBIスタイルなのよ」
りっくんに「何言っとるんじゃコイツ」みたいな顔をされてしまったが、私は構わず行動を開始する。
「まずは厨房を経由して中庭に向かうわ。狭いところを通るから頭ぶつけないでね」
「好きにするがよい。妾はそなたにくっついていくだけじゃ」
そんなわけでコソコソと隠れながら中庭に向かった。
トーマスおじいちゃんが手入れした美しい生け垣には目もくれず、庭の片隅にある農機具なんかをしまうための小屋へとやってきた私は、あらためて誰にも見られてないことを確認すると小屋の裏に回った。
「ここからどうする気じゃ。また壁に穴を空けるつもりか」
「それは前に一度失敗してるからもうやんないわよ。まあ見てて」
「“グディオム”」
私が呪文を唱えると、地面が波打ち左右に割れる。
ぽっかりと口をあけたそこには、見事な地下道が出現していた。
「いつの間にこんなものを作ったんじゃ?」
「トーマスおじいちゃんの手伝いをするフリして、ちょっとずつ掘り進めてたのよ。なかなか時間がかかったわ」
「囚人の脱獄計画みたいじゃのう」
「余計なこと言わなくていいの。さ、ここを通ればすぐに城の外よ。あとはキャリッジを強奪……じゃなくて借りて首都を出れば……」
「アリステル様、そこで何をされているのですか?」
まさに地下道へと足を踏み入れようとしていたまさにその時、不意に声がかかった。
振り返ると、そこには立派な鎧を身につけた長身の戦士がいた。
「ニコラス!? どうしてここに……! 戻るのは明日のはずでしょ!?」
戦士団に入ったニコラスはお父様の視察に同行していたはず。
「アリステル様にひとこと卒業のお祝いを伝えるため急ぎ戻ってまいりました」
「そ、そう……ありがと。とっても嬉しいわ。おほほほ」
身体で地下道の入り口を隠しながら答える。
この七年でとんでもなく成長したニコラスは私の頭二つ……いや、三つ分は背が高い。
肩幅なんて竜人族並だし、あちこちの筋肉もボディビルダーみたいに隆起している。
はっきり言ってゴツい。そしてデカい。
肩にちっちゃい重機乗せてんのかって感じだ。
あんなに可愛いかったニコラスはどこいった。
あの頃の面影なんて蒼銀色の毛並みと耳くらいだ。
「ところで、後ろに隠している穴はいったいなんですか?」
バレてた。
「こ、これはその……アレよ! 地下に倉庫でも作ろうと思って! ほら、お父様がワイン貯蔵庫欲しがってたじゃない?」
おお、我ながら上手い言い訳だ! イケる!
「なるほど、貯蔵庫ですか……でしたら城の外まで続いているのは問題ですね」
「ふぬおう!?」
ぜんぜんイケなかった。
「な、なんでそのことを……」
「祖父から姫様が庭に穴を掘っていると聞いていましたので」
バレバレだった。
ていうかトーマスおじいちゃんにも気づかれてたし。
「はぁ……陛下の言う通りでしたね」
「お、お父様はなんて?」
「何か嫌な予感がするからアリステル様から目を離さないようにしろと仰せになり、自分に先に戻らせました」
おのれお父様め!
変にカンが鋭くなってる! 私のせいだけど!
「お願い見逃してニコラス!」
「ダメです」
即答だった。
「自分はアリステル様の従者です。おひとりで危険な場所へ行かれるのを見過ごすわけにはまいりません。……失礼します」
そう言うと、ニコラスは大きな腕で私の身体を軽々と持ち上げた。
こ、これって噂に聞く『お姫様抱っこ』というやつ!?
私だって年頃の女の子。相手がニコラスだとわかっていても、胸がときめいて──
「…………ねえ、ニコラス」
「なんでしょう」
「いや、この持ち方……」
荷物のように小脇に抱えられた私は、チベットスナギツネみたいな顔になっていた。
トキメキはなかった。
「ちょっと! こういう時は正面に抱きかかえるのがセオリーでしょ! お姫様的には!」
「そうするとアリステル様のツノが顔に刺さりそうですので」
なんてこった。
久しぶりにこのツノの弊害が……!
「う……そ、それはわかるけど! せめて、抱える方向を逆にして!」
「そうしますと、他の方にツノを向けることになるので危ないかと」
「どっちにしろ私は危険物か!」
こうして私の脱走計画は潰えた。
でも、諦めたわけじゃないからね!
見ていろニコラス! そしてお父様!
でっかいワンコもいいよね……




