姫様の卒業式
二章開始しました。
「学士課程を修了し、今日晴れて卒業式を迎える諸君。アリカトルヤ高等学院教職員の代表として、ここに式辞をのべさせていただく。さて、私が諸君らと同じく卒業生としてそこに座っていたのは百年以上前のことで──」
長い髭をたくわえた竜人族の校長が蕩々と自分の半生について語るのを、私は猛烈な眠気に耐えながら聞いていた。
どこの世界でも校長先生の話が長く退屈なのは共通だ。
四年も通ったおかげでだいぶ耐性がついた気になっていたけど、卒業式ともなると飛び抜けて強力な睡眠導入効果を発揮していた。
そんなわけで卒業式だった。
アリステルとしては人生で二度目になる。
義務教育である初等学院を気合いと根性と熱心な説得によって半分の三年で卒業し、魔族の最終学歴である高等学院を史上最速の四年で卒業までこぎ着けた。
魔界の最高学府とうたわれるアリカトルヤ高等学院で、わずか十二歳の女の子が栄えある『赤の式服』に袖を通し成績優秀者が並ぶ最前列で校長の話を聞いているという光景は長い歴史の中でも初めてのことらしい。
別に自慢しているわけじゃない。
予定ではあと一年早く卒業しているはずだったのだ。
私には、他にやるべきことがあるのだ。
それはもちろん──
「卒業生代表、アリステル・ヴァン・グルヴェイグ」
フルネームで呼ばれたので、一瞬誰のことかわからなかった。
魔族ではあまりフルネームで呼ばれることはない。
個人主義、実力主義の社会なので、普通に友達付き合いしていても相手の家名は知らないことは意外とあったりする。
ただ、私のこの『ヴァン・グルヴェイグ』という姓だけは場合は別だ。
『ヴァン』は、初代魔王と共に邪神を倒した十六人の英雄の血族を示す。
そして『グルヴェイグ』は魔界で最も有名な家名──
すなわち『魔王』の一族ということになる。
「アリステル・ヴァン・グルヴェイグ! 壇上へ!」
ついボーッとしてしまった。
校長先生が苛立たしげ鼻から火を噴いている。
興奮すると火の息が漏れてしまうのは竜人族のクセだ。
私も半分は竜人族なのでいつかああなるんだろうか。やだなぁ。
いけないいけない。またぼんやりしてしまった。
この調子じゃまた校長先生をブチギレさせてしまう。
この四年、さんざんやり合ったのでもうお腹いっぱい。
卒業式くらいは穏便に終わらせよう。
「はい!」
私は元気よく返事をすると壇上へと進んだ。
広い講堂で、視線が私の背中に集中する。
なんとなく背筋にゾワゾワするものを感じながら私は校長に代わって演台に立つ。
注目されるのは慣れっこだと思っていたけど、こういうシチュエーションともなるとやっぱり多少緊張はするらしい。
あ、ヤバい。
答辞の原稿ぜんぶ飛んだ。
こんなことならカッコつけずに原稿を持ち込めばよかった。
ええい、こうなったらヤケだわ。
「もう論文の〆切りに追われることもなければ研究発表で教授たちに精神的に追い詰められることもない! 私たちは自由よ!」
一瞬の間をおいて、卒業生たちから歓声が上がった。
アリカトルヤ高等学院の長い歴史で、もっとも短い卒業生の答辞だった。
* * *
「お、おおお……姫様……その式服とてもお似合いでございますぅ……」
メリッサが泣いていた。そりゃあもう大号泣だ。
涙と鼻水を垂らしながらも、それでも“写し絵”の魔道具でバシャバシャ私を撮影しているあたりはさすがだ。
にしても、なんかこの七年で私に対する感情がさらに大きくなりすぎていて怖いんだが。
「しかも、これほど優秀な成績でご卒業されて……メリッサは感動を禁じ得ません……!」
「だから大げさだってば。なんとか卒業までこぎ着けただけよ」
私の目標は最短最速での卒業だったので、成績の方はまあそれなりだ。
ぶっちぎりの主席卒業をしたメリッサとは比べものにならない。
「やあ、アリステル君。卒業おめでとう」
年老いた小鬼族が声をかけてくる。
「シャドウファング先生!」
シャドウファング先生は、私やメリッサが所属していた研究室の教授だ。
名前とは裏腹に穏やかで非常に理知的なヒトだ。
小鬼族は頭は良いけど非力で臆病なので舐められないように強そうな名前をつける風習があるらしい。
私からすると強そうというよりは『中二病』って感じだけど。
「先生、四年間お世話になりました」
「いやいやお世話なんて。私の方こそとても賑やかで充実した日々でしたよ」
ニッコリ笑っているが、相当迷惑かけてしまったはず。
シャドウファング先生も何度も校長に呼びだされて注意を受けている。
それなのにこの温和な態度。
人間が出来ているとしか言いようが無い。あ、人間じゃなくて魔族だった。
「やはり、君は“塔”には入らないのですね」
「はい。私にはやるべきことがありますから」
「そうですか……。残念です。メリッサ君といい君といい、学院の歴史でも類を見ないほど優秀な二人が揃って去ってしまうとは……」
“塔”というのは、高等学院の敷地内にある研究塔のことだ。研究室もそこにある。
『“塔”に入る』というのは生徒として研究室に所属するのではなく“塔”に自分専用の机とイスを持つこと──すなわち研究員になるという意味だ。
メリッサも私も在学中から“塔”に誘われてはいたけど、どちらもそれを断っている。
「ごめんなさい。シャドウファング先生……」
「ああ、すみません。あらためて勧誘しようとしたわけではないのです。年甲斐もなく、君たちとの日々を名残惜しく思っていたようです」
小柄な身体をさらに小さくしてシャドウファング先生は寂しそうにする。
「やるべきことを果たしたら戻ってきます。その時はまたお世話になってもいいですか?」
シャドウファング先生は少し驚いた様子で私を見上げる。
「……ええ。いつでも帰ってきてください」
そうして優しい小鬼族の教授に見送られて、私とメリッサは学院を後にした。




