勇者の背中
世界が赤く染まっていた。
頬は熱く、それでいて身体の芯はどんどん冷たくなっていく。
エドワードは自分に何が起こったのかわからなかった。
──確か、船室にいたら大きな音がして……
飛空艇は思っていたよりもずっと高い空を飛んだ。
最初は初めての体験に胸が躍ったエドワードだが、下ばかり見ていたせいか少し気分の悪くなってしまった。
そこで船室に戻って休むことにした。
祖父のフランツも初めて空を飛ぶ体験に肝が冷える思いだったはずだが甲板に残った。
王たる者、臣下の前で弱った姿を見せられないのだろう。
そんな祖父の姿勢にあらためて尊敬の念を抱きつつも、体調には勝てずベッドに伏せっていたエドワードを突然の轟音が襲った。
何事かと気分が悪いのも忘れて飛び起き、祖父のもとへ向かおうとしたその時だった。
船体が傾いたかと思うと、その直後にふわりと身体が浮く感覚。
その原因が飛空艇が急降下しているからだということは、エドワードにはついぞわからないまま激しい衝撃に見舞われた。
そして、気付けばすべてが赤く染まっていたのだ。
身体中が痛い。
誰か助けて!
お父様! お祖父様!
声を上げようとしても、口からはかすれた息が漏れるばかりだった。
「見つけたぞ、フランツだ」
「息はあるか?」
「虫の息というやつだな。放って置いてもすぐに死ぬだろう」
「念のためだ。確実に殺しておけ」
恐ろしい会話が聞こえてきた。
エドワードは思わず我が耳を疑う。
「船に乗っていたものはすべて殺せ。虫の息だろうが手足が千切れていようが、確実に死んだとわかるまで殺しつくせ」
恐怖と共に焼き付いたその男の言葉を、声を、自分は生涯忘れることはないだろうと、幼いエドワードは感じていた。
ただ、その生涯が残りわずかであることも賢しさゆえに理解してしまっていた。
「こっちだ。子供がいる」
「エドワード王子だな」
「運の悪いガキだ。死んでいればこれ以上痛い思いはせずにすんだものを」
男がこちらに向かって歩いてくる。
それはエドワードに迫る死神の姿をしていた。
怖い。
死にたくない。
涙が血に混じり、頬を伝う。
その時だった。
「な、なんだ貴様は!」
「バカな、その傷で動けるはずが……!」
誰かが、男たちの前に立ちはだかっていた。
血まみれの両腕を広げ、まるでこれ以上エドワードに近づけまいとするかのように──
誰かはわからない。だけど、大きな背中だった。
エドワードにはその姿がおとぎ話に出てくる『勇者』に見えた。




