魔王の顔
「イルランドに送った使者たちから報告は?」
葬儀から戻ると魔王はすぐに氏族会議を招集した。
急なことですべての席が埋まることはなかったが、それでも名だたる長たちが円卓の間に集っていた。
「粘り強く交渉しておりますが、イルランド側は『生存者はいない』の一点張りです」
「ならば飛空艇のことを持ち出せ。あれは我が国の貴重な文化遺産だ。乗組員も含めて返却するのが当然であろう」
「それが、彼らの主張では自国の領内に落ちてきた物は飛空艇の残骸から遺体ですら『すべて我が国のもの』なのだそうです」
イルランドの対応は驚くほど冷淡なものだった。
「どうなっている……イルランドはこれまで他国に比べて友好的だったはずだ」
「ギヨッド河下流の緩衝地帯に中立都市を建設する例の計画も一方的に破棄したいと言ってきました」
「バカな!」
小鬼族の宰相からのダメ押しのような報告に魔王は思わず声をあげた。
十年以上かけて積み上げてきた和平の道が閉ざされようとしている。
その事実に、魔王という立場を忘れてフリエオールは頭を抱えていた。
最初に口を開いたのは草走族の長ケンネルだった。
「人間かて、わてらの国と本気でやり合えばとんでもない被害が出るのがわかっとるから迂闊に手は出してこんかった。とくに南のイルランドは矢面に立つことになる。せやから同盟にはかたちだけ加わってたようなもんや。実際、あの国は長らくどっちにもええ顔しとったわ。内緒でこっちと貿易もしてたわけやからな。ところが、フランツ王が亡くなった途端にこの手の平返しや」
「ケンネル、おぬしの話は相変わらず回りくどい。はっきりと言え、はっきりと」
竜人族の長グラガンは鼻先から火を噴きながら言った。
言葉以上にイライラしているのがわかる。
「潮目が変わったっちゅうことやろうな」
「我らに勝つ算段が出来たということか?」
「そこまではわからん。せやけど、対抗手段を手に入れたのは間違いない思うで」
そう言うと、ケンネルは円卓の上に一枚の『写し絵』を置いた。
「こ、これは……!」
『写し絵』を見た氏族長たちの間に衝撃が走った。
そこには飛空挺に向かって天から虹色の光が降り注ぐ光景が映し出されていた。
「“塔”の新発明品はなかなかのもんや。こんだけくっきりと虹色なんがわかるんやからな」
「まさか、“ビヴロスト”の光だというのか! ありえん!」
グラガンの大きな拳が円卓を叩いた。
火の鼻息が先ほどにも増して強く噴きだす。
「少し落ち着け、グラガン殿。貴殿が興奮すると面倒だ。また会議室のカーテンを燃やすつもりか」
「むぅ……」
獣人族の長ティウルに窘められ、グラガンは不機嫌そうに席についた。
「陛下は、和平式典でもビヴロストらしき光を見たとおっしゃっていましたね」
「ああ。光を浴びた者は思うように身体が動かなくなった。アリステルを除いてな」
「またアリステル様がなにかやったのかい? まったく、規格外のとんでもレディだよ我らがプリンセスは。だけど、それも魅力だね」
どこか芝居がかった口調で感想を口にしたのは豚鼻族の長タイユウだった。
「我が娘のことはひとまず置いておこう。それよりも、問題はこの“虹色の光”だ。ケンネルよ、他に『写し絵』はないのか?」
「残念やけど、これ一枚きりや。めっちゃ高いねんでこれ。おまけに一枚撮るのにやたら手間がかかる」
「これ以上の情報はないか……」
長たちは続く魔王の言葉を待った。
「確証はない。だが、この光がビヴロストであるという前提で我らは動く。ケンネルよ、引き続き情報を集めてくれ」
「はいな。任せといてや」
「タイユウ、ギヨッド大橋の近くに砦を作りたい。候補地の選定と建設計画を立てよ」
「仰せのままに、陛下」
「ふたたび“神”がこの地に干渉するか……」
ジッと何かを考え込んでいたグラガンが呟く。
その言葉は、魔王だけでなく氏族長たちにも重くのしかかるものだった。
「ならばこそ、我ら魔族は備えねばならん。グラガン殿はイルミナと共にビヴロストと先の邪神との戦いに関する資料をあたってくれ。信仰と先人の知識、両面から対抗策を見出すのだ」
「わかりましたぁ〜」
「うむ。よかろう」
魔王の勅命を受け、氏族長たちはそれぞれの果たすべき仕事へと動き出す。
円卓にはフリエオールと、獣人族の長ティウルが残された。
「ティウルよ、ベルクの後任だが……」
「陛下、それならば私が引き受けましょう」
「しかし、そなたには長としての仕事もあるであろう」
「非常時です。我が氏族すべてが戦士となり陛下とこの国をお守りいたします」
「そうか……頼む」
「はっ」
ティウルも去り、やっと一人になったフリエオールは深く息をつく。
和平式典でアリステルの身を案じた一夜に続いて、敬愛するフランツ王と友ベルクを立て続けに失い魔王の胸には澱のような疲労がのしかかっていた。
「アナスタシア……君ならこんな時なんと言うだろう」
そんな心の悲鳴が言葉にかたちを変えて零れ落ちた。
「シャキッとしろ、背筋を伸ばせ……かな。ああ、わかっているさ。君が愛したものはすべて僕が守ってみせる」
フリエオールは立ち上がった。
嘆きも悲しみも置き去りにしてそこに君臨する。
それが“魔王”という存在だった。




