王子様は仕返しする
その夜、ポール・ブリッジの上には魔族と人間が仲良く杯を交わす光景があった。
良いことがあっても悲しいことがあってもとりあえず宴。
共にテーブルを囲み食事をして酒を飲めば、悲しいことは半分に嬉しいことは二倍になる。
そんな魔族の風習に最初のうちは驚いていた人間たちも、お酒が入るとすっかり忘れて楽しむようになっていた。
魔王であるお父さまとフランツ王が率先して杯を交わし、楽しそうに語り合う姿を見せたおかげだろう。
ニコラスのお父さんたちも、一緒に捜索に加わったという人間の兵士たちと肩を組んで大声で歌っている。
魔族と人間が共に過ごす夜。
たった一夜だけではあるけど、それはきっと理想の光景だった。
「いいなー、たのしそうだなー。なんでわたしはまざっちゃダメなのかしら」
「仕方ないですよ。ぼくたちまだお酒が飲めませんから」
果実水をちびちびやりながらぼやく私に、ニコラスが言う。
「それはそうだけど、ニコラスだってほんとうはまざりたいでしょ」
「……いえ、ぼくはまだいいです。あれは戦士の宴だから」
ニコラスから意外な答えが返ってきた。
「いっぱい訓練して、ぼくは父上みたいな戦士になります。その時まで宴は我慢します」
そう言ったニコラスの表情は、どこか大人びていた。
少なくとも以前までの弱気なケモ耳少年はもうどこにもいない。私にはそんな風に感じられた。
「ニコラス……なんかちょっとかわったね」
「え……そ、そうですか」
「うん。なまいき」
「ええっ!? そんなぁ……」
なんか悔しくてついイジワルしてしまった。
この短い時間でニコラスに何があったのかはわからないけど、とても大事なことだったんだろう。
男子三日会わざればってヤツか。あんまり置いて行かないでほしいな。
* * *
翌日、あらためて和平式典が行われた。
今回は邪魔も入らず条約文への調印も無事に行われた。
堅く握手を交わす魔王と聖王国の王の姿は、その場にいた誰もが記憶に刻み込んだだろう。
盛大な拍手で締めくくられた式典はその幕を閉じたのだった。
「フリエオール殿、ご配慮感謝する」
「お気になさらず。あんなことがあった後です。フランツ王の身に万が一のことがないようこちらとしても出来うる限りのことをしたいと思ったまでです。ベルクよ、フランツ王とエドワード王子の護衛を頼んだぞ」
「はっ。お任せください。この身に変えてもお二方を聖王国まで無事にお送りいたします」
「ガヴリロを退けた“大盾”の戦士が護衛とは、これ以上に心強いことはないな」
フランツ王とエドワード王子、それから各国の代表たちは魔族の飛空艇で送り届けることになった。
安全策としてはこれ以上ないよね。
もう一つ、罪をおかしたガヴリロ将軍の護送という目的もあるみたい。
お父さまの暗殺に失敗し、拘束されたガヴリロは口をつぐんだままらしい。
取り調べは聖王国で行われることになった。
魔族側としても魔王の命を狙った大罪人はきちんと罰したいところだったけど、身柄を要求するのはまた軋轢を生むかもしれないってことで断念したらしい。
私もいろいろ聞きたいこと──とくにあの“虹色の光”を放った武器の出所とか──があったのだけど、諦めざる得なかった。
「おい、ツノ女」
「うぐ……!」
油断してたら、エドワード王子の不意打ちを食らってしまった。
「だからツノってやめてよ。アリステルよ、ア・リ・ス・テ・ル」
「ふん。僕に命令するな」
かー! 相変わらずムカつく!
お父さまやみんなに心配かけて絶賛反省中じゃなかったら、嫌味の一つでも返してやるところだぞこのやろう。
「それで、なにかごようですか? エドワードおうじ」
「お、おまえに言っておきたいことがあって……」
ん? なんだろ。ソワソワしちゃって。
は!? まさかこれは……王子ってば私に恋しちゃった系!?
幼い頃に出会った美しい異国の姫君(私のことだ)。
はじめは険悪な関係だけど、トラブルを経て王子の心に生まれる淡い恋心……。
いやーついに私にもラブコメ展開がやってきたか。
わりと美少女に生まれ変わったと思うので、いつかそういうのがあるんじゃないかと期待はしてたのよ。
でも、残念。
俺様系は私の好みじゃないのよねー。
「ごめんなさい、エドワードおうじ。あなたのきもちにはこたえられないわ!」
「おい、なんの話をしている」
「あれ?」
エドワード王子が半眼で私を見ていた。
おかしい。とても恋した相手にする目ではない。
「……もういい。バカバカしくなった」
「え、ちょっと、いいたいことがあるならちゃんといってよ」
「ふん。お断りだ」
何その態度! やっぱりムカつく!
「アリステル姫。いつかまた、貴女に会う時までに──」
最後はなんと言ったのかわからなかった。
なぜならエドワード王子は、跪いて私の手の甲にキスをしたからだ。
それは見事なまでの不意打ちだった。
「ぬほっ!?」
驚きのあまり思わず変な声をあげてしまった私を見て、エドワード王子はニヤリと笑う。
「ふっ……とても淑女のする顔じゃないぞ。次に会う時までに礼儀作法を習っておけ」
そう言うと、エドワード王子は踵を返す。
……やられた。
式典の時の仕返しってわけね。
完敗した私は去って行く王子の背中を溜息と共に見送るのだった。
* * *
飛空艇はフランツ王に貸しちゃったので帰りは魔車だった。
確か、魔車って『大樹』の根の上しか走らないんじゃなかったっけ?
そう思って聞いてみたら『大樹』の根は首都を中心にほぼ魔族領全体に広がっているらしいとわかった。
まるで放射状に広がる線路だ。
「これならいっそと『れっしゃ』にしちゃえばいいのに」
「なんですか? 『れっしゃ』って」
隣に座っていたニコラスが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「おっきなキャリッジってとこかしら。たくさんヒトがのれるの」
「へー、凄そうですね!」
ただの思いつきだったけど、けっこういいかも。
魔界の各都市を繋ぐ列車が走れば経済にも好影響かも。
いつかお父さまに進言してみよう。
でも、今考えなきゃいけないやっぱり『勇者』のことだ。
スキルニールさんは、人間の国に行って調べると言っていた。
私もできるかぎり調べたいけど、魔界にいては大したことはわからないだろう。
あ、そういえば、お父さまたちはあの『虹色の光』について知っているんだろうか。
知らないなら教えてあげなきゃだし、何か詳しいことを知っているなら私にも教えてほしい。
いざという時のために魔法の訓練もしなきゃだし、ティウル先生に本格的な武術も習いたい。
うーん、やることが山積みだ。
それもこれも、すべては『勇者』を倒すため──
「ニコラス、おしろにもどったらまたまほうのれんしゅうにつきあってね」
「はい! わかりました」
ニコラスの返事を聞きながら私は笑みを浮かべていた。
『勇者』がいないと言われて、なんだかんだガッカリしてたみたい。
ふたたび『打倒勇者』という目標に邁進することができることに、私は充実感をおぼえていた。
そして──
フランツ王たちを乗せた飛空艇が墜落したという知らせを聞いたのは、お城に戻ってすぐのことだった。
やったぜラブコメ展開だ。




