父親たち
魔王はひどく憔悴していた。
アリステルが橋から落ちて数時間。捜索隊から「発見した」という報告は未だに無い。
本音を言えば今からでも捜索に加わりたいのだが、魔王という立場上それもできない。
何も出来ない時間に、ジリジリとした焦りと不安ばかりがつのる。
「陛下、失礼します」
「ベルク! アリステルは見つかったのか!?」
天幕にやってきた戦士長ベルクの姿を見て、魔王は思わず立ち上がった。
「いえ、そのフランツ様が陛下にお会いしたいと……」
「そ、そうか……すまん。お通ししてくれ」
「はっ……」
ベルクが立ち去ると、魔王は力が抜けたようにふたたび座りこんだ。
常識的に考えれば、あの高さから落ちて助かるわけがない。
奇跡的に生き延びたとしてもわずか五歳の娘がギヨッド河の激流に抗えるとも思えない。
考えれば考えるだけ魔王フリエオールの心に絶望が押し寄せてくる。
「フリエオール殿」
「フランツ様……」
いつの間にか、フランツ王が目の前に立っていた。
「我が国の兵達が捜索に加わりたいと申し出た。そのことを伝えたいと思ってな」
「ありがとうございます」
「すまぬな。こんなことしかしてやれず」
「いえ、お声をかけていただいただけでも少し気が紛れます」
それは強がりではなくフリエオールの本心だった。
王は孤独だ。この苦悩は同じ王でなければわからないだろう。
フランツ王はそれをわかっていて、こうして会いに来てくれたのだ。
お互いを思いやれるのならば、人間と魔族の共存は決して不可能ではない。
こんな状況でなければ、そのことを喜べたというのに……。
* * *
「捜索隊からの報告はまだか!」
魔王の天幕を出たベルクは部下たちに檄を飛ばした。
すぐさま、伝令の兵が駆け寄る。
「はっ。先ほど、第一部隊からさらに下流へ捜索範囲を広げると進言がありました」
「そうか……」
それはつまり、なんの手がかりも見つかっていないということに他ならない。
このことは陛下には伝えるべきではないだろう。ベルクはそう判断した。
「父上……」
ベルクの背に聞き慣れた声がかかる。
振り返ると息子のニコラスが立っていた。
「ニコラス、今は出歩くなと言ったはずだぞ」
「でも、ぼく……」
ニコラスはひどく落ち込んだ様子だった。無理もない。
気弱で人付き合いの苦手なニコラスは長らく友達ができず、祖父の手伝いをして日々を過ごしていた。
そんなニコラスに声をかけ、あちこち連れだしてくれたのはアリステル姫だった。
姫の従者に選ばれたと夕食のテーブルで聞いた時のことはベルクもよく覚えていた。
珍しく大きな声を出して話す息子は今まで見たことがないくらい嬉しそうだった。
「ぼく、なにもできなかった……なにも……」
「悔しいか、ニコラス」
「うん。すごく悔しい」
「ならば泣くな。姫様が無事にお戻りになると信じるのだ」
「……はい!」
父の言葉を聞いたニコラスは一度、思いっきり鼻をすすり上げると力強く返事をした。
ひとつ成長した息子にベルクは目を細める。
同時に、ニコラスに強さをくれたアリステル姫の無事を心より願った。
「姫様が見つかったぞ!」
その時、誰かが叫ぶ声が聞こえた。
* * *
最後に見た時と寸分違わぬ姿でアリステルがそこにいた。
怪我はおろか、すり傷一つない。
しいて言えば多少、髪が乱れているくらいだった。
助かるはずのない高さから落ち、泳いで渡ることなど不可能と言われる激流に飲み込まれ、それでも平然と戻って来た少女に誰もが言葉を失っていた。
「えーと……みんな、ただいま」
沈黙に耐えかねたのか、アリステルがにへへと笑いながら言った。
その途端、魔王は駆け出したった一人の娘を抱きしめた。
「アリステル、よくぞ無事で……!」
「お、おとうさまいたいです」
困惑した様子のアリステルを魔王は抱きしめたまま離さない。
やがて、観念したようにアリステルは小さく溜息をつくと、少し泣きそうな声で言った。
「しんぱいかけてごめんなさい」




