精霊システムと魔法の仕組み
「ふぬぬぬっ……!」
髪の毛の先っちょを睨み付けてはや数十分。
髪色を赤から茶色に変えようとしてるんだけど……。
うん。いっこうにわかる気がしない。
「「<肉体変化>の魔法は、作り変えたい部位が何で出来ているかを正確に把握することが重要だ。集中して、物質の真理を読み解くんだ」
「はー、無理! そもそも何で出来ているか把握しろって言われても……なんかコツとかないわけ?」
「コツって言われてもなぁ。<観測>は魔法の基本じゃないか。むしろできないことが不思議だよ」
「<観測>ってなにそれ?」
「普通に魔法を使う時にやってるやつだよ」
「魔法の基礎って『源理』のことじゃないの?」
「だから、その『源理』を紐解く『真理』の一つが<観測>なんじゃないか」
はて? なんだか会話が噛み合っていない気がする。
「私は、この世のあらゆる物を構成するのが『源理』だって教わったんだけど」
「それは現象を魔法的に解釈するための考え方だよ。結局のところ、人間の身体はおおむね炭素原子できてるのはこの世界でも変わらないんだよ。君も“現代人”だったのならわかるだろう?」
なるほど、魔法の世界だからって自然法則に変わりはないってことなのか。
「ん……もしかして、『もつれ理論』ってもう教えてないのかい?」
「私、高等魔法の本とかもコッソリ目を通したけどそんな理論どこにも書いてなかったわよ」
「なんてこった! 魔法の研究はそこまで衰退していたのか! いや、むしろその方が安全か……」
スキルニールさんはブツブツと何やら考え込みはじめる。
「ねえ、ひとりで納得してないで教えてよ」
「あ、ああ……ごめんごめん。だけど、うーん……教えてもいいものなのか……。やっぱり聞かなかったことにしない?」
「ここまで聞かされて今さらできるかってのよ! いいから教えなさい!」
「わかった! わかったからあんまり揺すらないで!」
襟首を掴んでブンブン振り回してやったらスキルニールさんはあっさり根を上げた。
やはり暴力はすべてを解決する……。
「やれやれ……君、五歳にしちゃ力強すぎじゃない?」
「鍛えてますから。それより早く教えてよ」
首元をさすりながら恨めしそうに私を睨むスキルニールさん。
「さて、どこから説明したものか……。やっぱりあれかな。初代魔王がどうして『魔法』を作ったのかってところからかな」
「それなら習ったわよ。『源理』を発見して、魔法として活用できるようにしたんでしょ」
「『源理』を《《発見》》ねぇ……。今はそんな風に教えてるんだ。まあ、その方が《《彼女》》の目的にはかなってるのかな」
そう言って、スキルニールさんは溜息をつく。
「結論から言うと、魔王アリカトルヤは『源理』を発見したんじゃない。《《作った》》んだ」
「作った……?」
「魔族が、邪神と戦うために女神によってこの世界に召喚された存在だってことは知ってるよね?」
「うん。元々『勇者』って呼ばれてたんでしょ」
「その通り。そして『勇者』は女神から授かった権能『神威』という力で邪神と戦った。魔力は、この『神威』を発動させるためのエネルギー源だったんだ」
なんかいろいろ新しい単語が出て来た。
あれ? でも『神威』ってどこかで聞いたような……。
「ところが、『大樹イグドゥエル』がなくなって女神の力がこの世界に届かなくなってしまった。そのため『勇者』たちは『神威』を使えなくなったんだ。結果、残ったのは使い道のない膨大なエネルギーを抱えた生き物だったわけ」
「それって聞くだけでやばいわね。邪神をぶっ飛ばすような力の源だったんでしょ?」
「おまけに、魔力は持ち主の意志に強く反応するんだ。『勇者』同士のちょっとしたいざこざをきっかけに大爆発──なんてことが実際に起きたらしい」
なにそれ嫌すぎる。
ほとんど爆弾じゃない。
「そんな危険な状況をなんとかしようとしたのが“最初の魔王”アリカトルヤだった」
ご先祖様の名前が出たことで、スキルニールさんの話がついに本題に入ったとわかった。
『最初の魔王』『魔法使いの始祖』『先見の魔王』
いろんな二つ名で呼ばれているらしいけど、どうやら何か他にもありそうだ。
「このままでは自分たちが世界を滅ぼす“爆弾”になると考えたアリカトルヤは、魔力の使い道を作ることにしたんだ」
「なるほど。それが『魔法』だったわけね。でも、魔法を作るなんて、そんなのいったいどうやったの?」
「そこは『神威』の仕組みを応用した。要するに神様を創ったんだよ」
「神様を創った!?」
私は思わず声をあげた。
魔法の仕組みを作るためだけに神様まで創るなんて……。
「正確には、神の権能を代行する存在を設定したわけだけど、これがなかなかよくできたシステムでね。まず女神の権能を六つに分けて、邪神の眷族だった強力な魔物たちにそれぞれ割り振って管理させるようにしたんだ」
「邪神の眷族って、よく言うこときいたわねー」
「邪神が倒されたことで魔物たちもその支配から解放されていたからね。だからって素直に従うわけじゃないから力づくで言うこときかせたみたいだけど」
ご先祖様、けっこう武闘派だった。
「とまあ、そんなわけで生まれた神の代行者が『精霊』だ」
急にファンタジー感溢れる単語が出て来た。
「<火><水><地><風><光><闇>の六つに分けられた権能を管理し制御する『精霊システム』の完成ってわけだ。さらに、そのシステムの中で作動するプログラム言語──『源理』も設定して、見事この世界に『魔法』を創りだしたんだ」
ご先祖様、マジでとんでもないことを考えたもんだ。
どういう頭の構造してたらそんなこと思いつくんだろう。
「ちなみに、魔族が最初に教わる“呪文”。あれってアリカトルヤが『精霊』たちにつけた名前なんだよ。子供の頃から『精霊』の名を口にすることで、自然と『精霊システム』の中に組み込まれるんだ。いやー、ほんとよく考えたもんだよ」
『フウディン』『バエティ』『グディオム』『エウディア』……あれって名前だったのか。
『源理』を“発見した”って教わるようになったのも、アリカトルヤが作った設定を疑うことなく受け入れるようにするための配慮なんだろう。
「ここで話は最初に戻るんだけど、魔力っていう何にでもなれちゃうエネルギーを『精霊システム』の補助下で『源理』として<観測>することで<確定>させる。これが魔法の本質的仕組みってわけだ。理解できたかい?」
「うん。よーくわかったわ。要するに、気合いさえあれば魔法ってわりとなんでもできるってことね」
私が答えると、スキルニールさんは目を丸くする。
「今の話を聞いて、どうやったらそういう発想になるんだ……」
「だって神様だって創れちゃうんでしょ。たいていのことならなんとかなりそうじゃない?」
「いや……さすがだよ。彼女の生まれ変わりって言われてるだけあって無茶苦茶だ」
呆れているのか、驚いているのか、なんだかわからない反応をするスキルニールさん。
「実際、気合いでどうにかなったもん。橋の上で」
「そういえば、君はあそこから落ちてきたんだったね。そもそも、あんなところで何をしていたんだい?」
私は、スキルニールさんに和平式典で起きたことをざっと説明した。
お父さまを狙った暗殺計画に、橋を揺らした私の魔法──
「人間との和平か……今の魔王はずいぶん平和的にことを運ぼうとしているんだね」
「お父さまは人間が好きみたいなのよねー。他の王様とも仲良しみたいだし」
そういえば、みんなはどうしてるだろう。
私、死んじゃったと思われてるのかな?
うーん、早く戻って安心させてあげたいけどスキルニールさんに魔法も教わりたいし……。
「あ、そうだ。スキルニールさんに聞きたいことがあったんだ」
「なんだい? この際だ、君にはなんでも教えちゃうよ。僕にわかることならね」
「えっとね、人間にも魔法が使えるひとはいるの?」
「少ないけどいるよ。つまるところ彼らは、この千年の間に魔族と交わった者たちの子孫だよ。大昔は『勇者』として持てはやされてた時期もあったからね。当時の貴族や王族と結婚したって話はいくつも残ってるよ」
あちこち旅してきたスキルニールさんが言うには、人間の土地では魔法の力は貴族や王族が独占しているらしい。
魔族のように種族全体ではないし、技術も力もまだまだ私たちに及ばないみたいだけどすでに専売特許ではないようだ。
この事実はきちんと受け止めておかないといけない。
「あともう一つ、人間の将軍が自分を『勇者』だって言ってたのよ」
「『勇者』ねぇ……。人間たちにとって特別な称号だから今でもそう名乗る輩は多いよ。傭兵や冒険者がそうやって箔を付けて貴族や国の支援をもらうんだ」
「せちがらいわねぇ。でも、そっか。やっぱり本物の『勇者』じゃないんだ。お父さまたちを動けなくしたり、変な虹色の光まで出てたから、いったい何の魔法かと──」
「虹色の光だって……!?」
私の言葉を聞いて、スキルニールさんが急に顔色を変えた。
「それは本当に“虹色”だったのかい!? 見間違いじゃないのか!?」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ。見間違いなんかじゃないってば。こう、剣を構えたら鍔の宝石から……」
「馬鹿な……ありえない……だって『大樹』はもう……」
スキルニールさんはそのまま考えこんでしまう。
そうやってしばらくブツブツと呟いていたかと思うと、急に顔をあげた。
「君が見たのは『ビヴロスト』かもしれない」
「『ビヴロスト』?」
「さっき話しただろう。『勇者』は女神の権能『神威』という力で邪神と戦ったって。その力を振るう時、天界から虹のような光が降りて来たと言われている」
「虹の光……じゃあまさか……」
ガヴリロ将軍が使ったあれは本物の『勇者』の力だった……?
確かに将軍はあの時『神威』と口にした。
それに、もう一つ思い出したことがある。
城の大広間で見た『幻の光景』でも魔王からも『神威』って言葉が出ていた。
「人間の中から『勇者』が出てくるなんてことありえないと言いたいところだけど、確証はない。人間たちに……いや、この世界に何か異変が起きているのかもしれない。僕はこれから人間たちの国へ行くよ。少し調べたいことがある」
「な、何かわかったら教えてね」
「ああ。そうするよ。連絡はこの小屋を使おう。お互い何かわかったことがあったら手紙に書いてそこの机の上に置いておくんだ。『鍵』を渡しておこう。魔界にあるいくつかの『裂け目』の場所も教える。確か、首都の近くにも一つあったはずだ」
「うん。お願い。できれば緊急で連絡したい時の手段とかあるといいんだけど」
「なら、これを渡しておこう」
スキルニールさんは変なかたちの石を私に差し出す。
「これは『世界の裂け目』にある物質で作ったものだ。こうして二つに割ると……」
スキルニールさんが変な石を魔法で割ると、両方がうねうねと動いてそれぞれが元と同じ大きさとかたちをした二つの石になった。
その片方を私に手渡す。
「その石をしっかり握っておいて」
そう言うと、スキルニールさんは自分で持っていたもう片方の石を床に叩きつけた。
石が床にぶつかった途端、私の持っていた石がブルッと強く振動する。
「これって、そっちの衝撃が伝わってるの?」
「そうだ。二つに分かれても一つの同じ存在のままなんだ。緊急時はこれでお互いを呼びだしてここで落ち合うことにしよう。ちなみにそれ、『裂け目』に入るための鍵にもなっているからね」
「なんだか着信のバイブ機能みたい」
「確かに。でも、気をつけてよ。割っちゃうと破片の数だけ石が増えることになるから」
「げ……それって……」
某SF漫画であった栗まんじゅうが無限に増えちゃうあれじゃない。
最終的に宇宙に放棄するハメになるやつ。
「この恐ろしさが一発で伝わるってことは、同年代だったのかな? ってことは君の本来の年齢は……」
「元の世界のことはあんまり考えない方がいいとか言ってなかった?」
私がギロリと睨むとスキルニールさんは慌てて口をつぐんだ。
「それにしても、スキルニールさんって何者? どんな本にも書いてなかった『魔法』の本当の仕組みを知ってるし、『勇者』のことにも詳しいなんて」
「はっはっは」
「いや、笑って誤魔化すな……」
これは答える気ないな。
今さらだけど、あんまり信用し過ぎない方がいいかも。
「僕のことは……君が大人になったら話す時がくるかもね。その時までのお楽しみってことで。あ、<肉体操作>の練習は自分で続けてね。しばらくは髪の毛の色を変える練習を続けるといい。それができるようになったら次は爪の長さを変えるとかかな」
「うん。わかった」
「さて、それじゃあ外まで案内しよう」
橋から落っこちてからまだ一日と経っていない。
お父さまならきっと必死に私の捜索を続けているはずだ。
まずは、顔を見せて安心させてあげないと。
その後は……やることが山積みだ。
ガヴリロ将軍にあの力について聞きたいけど、難しいだろうか。
『勇者』はいるかもしれない。
いや、いると仮定して動くべきだ。
だって、そうなってからでは遅いのだから。
私の中にふたたび『打倒勇者』の火が灯ったのを強く感じていた。
設定厨なので大目にみてください。




