もうひとりの転生者
「わたし、しんだー!」
がばっと飛び起きた私は、そこが天国というにはちょっと……いや、かなり殺風景な場所だと気付いた。
ここどこ? 私、河に落ちたはずだよね?
「残念だけど、君はまだ生きているよ」
などと、頭の上に?マークを浮かべていたら不意に声がかかった。
「いやあ、驚いたよ。まさか女の子が流れてくるなんて。思わず釣り上げちゃったけど、もしかして余計なお世話だったかな?」
口ぶりからして私を助けてくれたのはこのヒトらしい。
見た感じ、歳の頃なら二十代後半くらいだろうか。糸目が特徴的だった。
ツノやケモ耳もないところを見ると人間かもしれない。
「そんなことないです。おかげでたすかりました」
「やっぱり溺れてたんだ。リリースしなくてよかったよ」
妙に冗談めかした言い方をするのは、そういう性格なのかそれとも魔族の私を警戒しているのか。
いずれにしても恩人には変わりないので、できれば友好的にいきたいところだ。
「あらためて……たすけてくれてありがとうございます。わたし、アリステルっていいます」
「どういたしまして。僕は……そうだね。『スキルニール』とでも呼んでくれ」
スキルニール……なんか変わった名前。しかも本名じゃないっぽいし。
うーん、やっぱり警戒されてるのかな。
「あの……ここはどこなんですか?」
「僕の隠れ家ってところかな。君こそどうして溺れてたんだい? まさか激流と名高いギヨッド河を泳いで渡ろうとしたとか?」
「まあ、そのはしからおっこちちゃって」
「橋って、ビッグブリッジ? あそこは今封鎖されてたはずじゃなかった? いや、そんなことより、あの高さから落ちていったいどうやって助かったんだ」
「えっと、それは……」
私は橋から落っこちた後の奮闘についてざっと説明した。
するとスキルニールさんは声を上げて大笑いをはじめた。
「あははははは! <火>の魔法で空を飛ぼうとするなんて! そんなこと考えるヒトがまだいたとは……ぷっ……あははははは!」
床の上を転げ回って爆笑するスキルニールさん。
いや、笑い過ぎだし。
「うまくいったんだからそんなにわらわなくても……」
「い、いや、ごめん……ぷぷっ……でも、見たかったな。君が浮かぶとこ。ねえ、もう一回やってくれない?」
「おことわりします」
「そこをなんとか! できれば、アメコミヒーローっぽい着地ポーズも決めて! ね!」
「だから、おことわりしますってば! ………………ん?」
今、このひと妙なこと言わなかった?
「ちょ、ちょっとスキルニールさん! い、いまアメコミって!」
「ん? ああ、そっか。最初に言うべきだったね。僕も君と同じ『転生者』ってやつだよ」
転生者!
やっぱり、私だけじゃなかったんだ!
ていうか、そんなあっさり衝撃の告白をしちゃっていいの!?
「で、でも、どうしてわたしもそうだってわかったの!?」
「だって君、寝言で『休日出勤が〜』とか『有休消化できない〜』ってうなされてたからね。元の世界じゃよほどブラックな職場にいたのかな」
そ、そんな理由で……。
ってことはもしかして、お父さまやお母さまも似たような寝言を聞いてたかも。意味不明で困惑しただろうな。
「だったらもう子供のフリしなくてもいいわよね。あー、けっこう疲れるのよね。これ」
「あまり驚いてないみたいだね」
「そりゃね。私以外にもいるんだろうなとは思ってたもん。自分だけが唯一特別な存在だと思うほど子供じゃないから」
「“子供じゃない”か。その姿で言われると、変な感じだね」
苦笑いするスキルニールさん。
「それより、聞きたいことがたくさんあるの! 私たちあっちで死んじゃったの!? この世界に生まれ変わったのには何か理由があるの!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 苦しいってば!」
襟首を掴んでぶんぶん振り回しちゃったせいか、若干咳き込みつつスキルニールさんは言葉を続ける。
「正直、僕にもわからないことだらけなんだ。だから世界中を旅していろいろ調べてるんだ。まあ、一番の理由はこの場所を見つけたからなんだけどね」
「この場所? この小屋が何かあるの?」
「窓から外を見てごらん」
言われるまま、私は背伸びして窓から外を覗き込む。
「なにこれ!?」
そこにあったのは外の景色なんかではなく、ゆらゆらと揺らめく不思議な光景だった。
「『世界の狭間』と呼ばれている。まあ、この世界であってこの世界で無い場所。ゲーム風に言えば『裏世界』ってところかな」
私は外の光景を見つめたまま呆然とする。
一つの色、一つの形に定まらず広いのか狭いのかもわからない。
ジッと見ているとそのうねりに飲み込まれてしまいそうな怖さがあった。
「どうしてこんな場所が……」
「戦いの爪痕ってやつさ。『勇者』たちが女神から授かった力で邪神を倒し、世界に平和が訪れました。めでたしめでたし。……っていうのがおとぎ話の結末だけど、両者の力は強力すぎたみたいでね。世界はあちこち壊れてしまったんだ」
確かに、神様同士がどっかんどっかんバトルしたら世界のあちこちが壊れても仕方が無い気がする。
「壊した本人……っていうか女神様がどうにかしてくれなかったの?」
「残念ながら、この世界と天界を繋ぐ『大樹イグドウェル』もまた戦いの末に折れてしまったからね。この世界にもはや女神の権能は届かず、ご覧の通りあちこち壊れたままになってしまっているんだよ」
そういえば、『大図書館』でも似たような話を聞いた気がする。
女神様の力が届かなくて、ご先祖様たちは元の世界に帰れなくなっとか。
「じゃあ、スキルニールさんは壊れた世界の隙間に住んでるわけ?」
「住んではいないよ。便利に利用させてはもらってるけどね。僕は、この『世界の狭間』が悪用されないように扉と鍵を取り付けてまわってところかな」
「悪用? こんな変なとこ何に使うの?」
「この中には時間も距離も存在しない。裂け目から別の裂け目へと一瞬で移動できてしまう。それってかなり恐ろしいことだと思わないかい?」
考えてみればその通りだ。
裂け目を通れば不法入国し放題だ。
なんなら軍隊を一瞬で他国の領内に送り込めちゃう。
「確かに、色んな意味で便利な場所ね。でも、それなら私に教えちゃマズいんじゃないの?」
「君が魔王の娘だから?」
「なんだ。知ってたんだ」
「そりゃね。氏族を離れたとはいえ、魔族なら君のことを知らないはずがない」
「え、スキルニールさんって魔族なの?」
「僕は長耳族だ。ちなみに君の濡れた服も魔法でささっと乾かしたよ。だからレディを裸にひんむいたりしてないよ」
「わざわざ言うところが逆に怪しいわね……。だいたい長耳族のくせに耳が丸くて小さいじゃない」
「ああ、これね」
そう言うと、スキルニールさんは自分の両耳に手をかざし何か短い呪文のようなものを呟いた。
すると丸かった耳がみるみる尖っていく。
「人間の世界を旅するにはこの耳じゃ目立つから魔法で変えてたんだ」
「そんな魔法があるの!? 教えて! 今すぐ!」
「え……別に教えるのは構わないけど、けっこう難しいよ? それに変えられるのは身体の一部くらいだしそれほど便利な魔法じゃ……」
「それでもいいから教えて!」
その魔法があれば、私のこのツノを隠せるかもしれない。
いやー、邪魔だからいっそ無くしたいくらいだったんだけど、みんなが「それを捨てるなんてとんでもない!」みたいな反応するから諦めてたのよね。
でも、出し入れできるならこんな便利なことないじゃない?
変装にもなるし、これでこっそり城下町へ遊びにいけるかも!
「まあ、魔法は後で教えてあげるよ。ついでに、ここに出入りする方法もね」
「いいの? 私、悪用するかもしれないわよ」
「悪用って言っても、君が魔王になったならそれはひいては魔族のためになるわけでしょ。ならいいんじゃないかな」
なんて身も蓋もない。
まあ、悪用なんてするつもりはないけど。
こういう便利そうなものはあんまり公にしない方がいいに決まってる。
「代わりと言っちゃなんだけど、君が新たな『裂け目』を見つけたらきちんと封印しておいてよ。あとはそうだね……『転生者』同士お互いに情報交換をさせてほしい」
「それは私としてもお願いするわ」
スキルニールさんのこと頭から信用したわけじゃないし、どうも都合が良すぎる気がするけど今はメリットの方が断然大きいので目を瞑ろう。
正直、同じ『転生者』に会えたのが嬉しいって気持ちもあるし、できれば敵対はしたくないな。
「あ、そうだ。私たちの他に『転生者』ってどのくらいいるの?」
「…………」
私の質問に、スキルニールさんはなぜか沈黙する。
「僕がこの数十年で出会ったのは君を含めて三人だよ」
「たった三人……その人たちもここに来るの?」
「いや……みんな死んだよ」
私は思わず息を飲んだ。
……そっか。私はお姫様として生まれて何不自由なく暮らしてきたけど、この世界には魔物だっていて危険なことは山ほどある。
なんていうか、ちょっと気楽に考えすぎていたのかもしれない。
「まあ、一人は寿命だったんだけどね。もう一人は、『転生者』だからこその病気にかかっていたからだ」
「転生者だからこその病気?」
「“前世の記憶”だよ。元の世界の人生と今の人生、どちらが本当かわからなくなってしまうんだ。僕が彼を見つけた時にはすっかりおかしくなっていてね。最初は同じ転生者に出会えたって大喜びしてたけど、その夜にはナイフを持って僕を殺しにやってきた」
「な、なんでそんなことを……!?」
「さあね。ずいぶん苦労して生きてきたみたいだったし、僕が妬ましくなったのかもしれないね」
いったい、その人はどんな人生を歩んできたのだろう。
私もいつかそうなるのだろうか。
「だから君に忠告しておくよ。前世のことにあまりこだわらない方がいい。とくに名前だ。前世の名前は出来る限り口にしない方がいい」
「わ、わかった。気をつける」
『大樹』に触れた時に言っちゃった気がするけど一回だけだし大丈夫だよね?




