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正しい勇者の倒し方  作者: 冷田和布
魔族のお姫様
23/131

将軍の刃と魔王の大楯

いきなり急展開です。

「これはどういうことだ!」


 天幕の向こうから聞こえてきたのは、フランツ陛下の声だった。

 ずいぶんと怒っているようだ。なにがあったんだろ?

 自己中王子も気になったのだろう。私たちは一時休戦して天幕の隙間から式典会場を覗き込んだ。


「ガヴリロ将軍! 武器を贈るなどどういうつもりだ! これは和平協定であるぞ!」


 どうやら箱の中には武器が入っていたらしい。

 確かに、和平をしようって相手に武器を贈るのはダメだよね。私の中のマナー講師もNGを出しちゃうわ。

 激おこなフランツ陛下は箱を持ってきた偉いっぽい人──ガヴリロ将軍に詰め寄る。

 ところがその将軍は、フランツ陛下の剣幕に動じた様子もなく箱の中から武器を取りあげる。


「どういうつもりか……だと? こうするためだ!」

 

 ガヴリロ将軍は武器を手に、いきなりお父様に斬りかかった。

 お父様は咄嗟に身を引いて剣を躱したけど、肩から胸にかけてを浅く斬りつけられ、服の胸元に薄らと血が滲んでくる。


「避けたか……大人しく死んでおればいいものを」


 お父様は動じることもなくガヴリロ将軍を睨み付けた。


「そなた、自分が何をしているかわかっているのか」

「悪しき魔族と和平などという罪深き行いを正そうとしているのだ!」


 ガヴリロ将軍、完全に自分に酔っちゃってる感じだよ!

 ていうかお父さまもなんで反撃しないの!? 魔法でパパーッとやっつけちゃえばいいのに!


「陛下、ここは自分が……」


 そんな私の叫びが届いたのか、ニコラスのお父さんが前へと進み出る。


「ベルクよ、殺してはならん」

「はっ。承知しております!」


 ベルクさんはガヴリロ将軍に向けて、右手の盾を構える。

 確か、ベルクさんは熊科の獣人族エムティアで、その中でもかなり体格が良い。

 そんなヒトにしてはずいぶんと小ぶりな盾だった。


「盾ごときでなにができる!」


 ガヴリロ将軍が斬りかかる。


「盾ごときだと……フンッ!」

「なにっ!?」


 剣が届く直前、ベルクさんはタイミングを合わせて盾で弾き飛ばした。

 おお! パリィってやつだ! ゲームで見たことある!


「小賢しい技を。だが、いつまでも保つものか!」


 ガヴリロ将軍が本気を出した。

 凄まじい連撃がベルクさんを襲う。

 ベルクさんは次々にパリィしていく。だけど小さな盾一つではいつまでも防ぎきれず、頬に腕に次々と赤い血の筋ができていく。

 ついには盾すら壊れてしまう。


「頼みの盾もなくなったか。獣には過ぎた代物だ」


 嘲笑うように言うガヴリロ。ほんとやな奴!

 でも、確かにベルクさんがピンチだ。

 ていうか人間たちも止めなさいよ! あんたたちのとこの将軍でしょ!


()()()()だと……? ならば見せてやろう。本物の“盾”を! ルーティ・オム・エオール……“太陽の大楯(スヴェル)”!」


 ベルクさんが呪文を唱えると、その胸に、肩に、腕に、身体のあちこちに光の装甲が出現する。


「こけおどしを!」


 ガヴリロ将軍がふたたび斬りかかる。

 ベルクさんはそれを、腕の装甲で易々と受け止めた。


「この身こそが魔王陛下をお守りする生きた盾と知れ!」

「おのれ……!」


 確かベルクさんの二つ名は“大盾”。

 獣人族(エムティア)の風習で、そのヒトの特徴や成し遂げたことを二つ名として名前につけるのだ。

 巨漢のベルクさん自身がまさに“大盾”になってお父さまを守っていた。


「剣を引けガヴリロ! 今ならばそなた一人の首でおさまろう! だが、これ以上は……!」


 フランツ陛下が叫ぶ。

 そうか。今の状況なら血迷ったガヴリロ将軍が独断で動いたとか、そういうことにできるかもしれないけど、お父様が殺されたり逆に将軍を殺してしまったりしたらどうなるかわからない。

 ポール王子が事故で死んじゃったあの件も未だに「魔族が殺した」って言われてるくらいだ。

 きっと今回も「魔王が将軍を殺害した」とかそんな話にすげ替えられて利用される。少なくともフランツ陛下やお父様はそう思って手を出さずにいるんだ。

 でも……なんか変だ。

 このガヴリロとかって人がいくら鍛え上げられた軍人でも魔族相手にたった一人で勝つのほぼ不可能だ。

 最初の一撃で仕留め損なったらもう勝機は無い。ていうかこんな大雑把な不意打ちで成功すると思う方がどうかしてる。

 そんなこと将軍にまで上り詰めた人間ならそんなことわかりそうなものなのに……。

 なのに、ガヴリロ将軍には少しも焦った様子がない。口許には笑みすら浮かんでいた。


「首を差し出せだと? バカめ! 『神威』を授かった俺こそが正義! 『勇者』に他ならならぬ!」


 ガヴリロ将軍が叫んだ言葉を私は聞き逃さなかった。


「ゆうしゃ!? あのひと、『ゆうしゃ』っていったよね!?」

「アリステル様、見つかっちゃいますよ!」

「でもでも! いま、『ゆうしゃ』って!」


 まさか、今になって『勇者』という言葉を耳にするとは思わなかった。

 でも、あの髭面のおじさんが『勇者』? なんかイメージが……。


「見せてやろう。『勇者』の力を」


 ガヴリロ将軍が剣を高く掲げると、鍔に埋め込まれた宝石から色とりどりの光が溢れ出す。


「──“神威(ラグナ)”」


 その瞬間、剣が()()()


 ギィイィイイイイイイイイイイイイッ!


 獣の断末魔のような思わず耳を塞ぎたくなる大きくて不快な音が辺りに響きわたる。

 ふたたび目を開けると、そこには膝をつくお父さまの姿があった。

 お父さまだけじゃない。ニコラスのお父さんや他の兵士たち、フランツ陛下に人間側の参列者たちまでもが動けなくなっていた。


「な、なにがおきたの……?」

「あ、アリステル様……」


 呆然とする私の耳に、ニコラスの苦しそうな呻きが聞こえてくる。


「ニコラス! どうしたの!?」

「わ、わかりません……からだに、力が入りません……」


 倒れ伏したニコラスは息苦しそうに答える。

 見れば、エドワード王子も同じような状態だった。


「ふはははは! 素晴らしい! これが『勇者』の力か!」

「将軍……そなた、いったい何をした……」

「神の『威光』を前にすれば、王すらもひれ伏すしかないということだ」


 ガヴリロ将軍は前にも増して陶酔した様子で答えると、虹色に光る剣の切っ先をフランツ陛下に向ける。


「フランツ王よ、まずは背教者である貴様からだ。魔族と通じた罪、その血で贖うがいい」


 将軍が剣を振りかぶる。


「お祖父さま……!」


 エドワード王子が今にも泣きそうな顔で声を振り絞る。

 次の瞬間、私は走り出していた。

 天幕を飛び出し、めいっぱい助走をつけて飛び上がる。そして──


「魔王キィーーーーーーック!」


 気付けば私は、ガヴリロ将軍に渾身の跳び蹴りを叩き込んでいた。

 五歳の子供とはいえ人間を超える身体能力を持つ魔族。しかも咄嗟に魔法で身体を強化した。

 それはもはや小さな砲弾のようなものだった。


「ぐはっ!?」


 不意打ちを食らった将軍は面白いくらいに吹っ飛んで橋の縁に背中から激突した。

 見れば、将軍の鎧がべっこりとへこんでいる。

 ちょっとやり過ぎたかも……。死んでないよね?

 などと私がちょっとビビっていると、ガヴリロ将軍がゆっくりと起き上がった。


「き、貴様ぁ……!」


 ほっ……よかった生きてたみたい。

 あんなのでも死んだらちょっと寝覚めが悪いもんね。


「小娘、なぜ動ける!? いや、それより何者だ!」


 こういう時って、やっぱり名乗った方がいいよね。


「こむすめとはいってくれるわね。おろかなニンゲンのぶんざいで」

「な、なに……!」


 腰に手を当て、背筋を伸ばし、胸をはる。

 そうして思いつく限り偉そうな口調で私はのたまった。


「いいこと、よーくききなさい。わたしはアリステル。()()()アリステルよ!」


 ……決まった。

 ガヴリロ将軍があんぐりと口を開けて硬直してる。

 他の参列者も同様だ。

 

「……いや、魔王は私だ」

 

 と、思ったらお父さまだけは冷静にツッコミを入れてた。

 えー、いいじゃない細かいことは。

 

「もとい! しょうらいてきに“まおう"になるよていのアリステルよ!」


 一応、言い直してみる。

 お父さまってばそんなジト目しなくても。ちょっと勢いで言ってみただけじゃん。


「ふざけた小娘が……。『神威』が効かぬなど想定外だが、しょせんは子供。しかも次代の魔王というのなら貴様から殺してくれるわ!」


 そう言うと、ガヴリロ将軍はふたたび剣を手に向かって来る。

 あれ? もしかして私ってばピンチなのでは?

 勢いで跳び蹴りなんかしちゃったけど、その先のことはぜんぜん考えてなかった!


「私の娘を傷つけることは許さん!」


 将軍の剣が私に届く直前、お父さまが剣でそれを受け止めた。

 娘のピンチに駆けつけるなんて、お父さまカッコイイ! などと、暢気に言っている場合ではなかった。

 よく見ればお父さまの表情には少しも余裕がない。額には脂汗が浮かび、剣を持つ手は小刻みに震えている。

 さっき将軍が使ったあの『神威』とかいう変な力がまだ影響しているらしい。


「ちっ……ならば魔王、貴様からだ!」

 

 このままじゃお父さまが殺されちゃう!

 どうすればいい。どうすればこのおじさんをぶっ飛ばせる?


 ……魔法だ。

 私には魔法があるじゃないか。

 ていうか跳び蹴りする前に気づけって話だけどそれは今後の反省材料にする。

 <火>の魔法はダメだ。お父さまを巻き込むかもしれないし、何より上手く将軍に当てられるとは思えない。

 <水>の魔法も同じような理由で却下だ。

 やっぱり<風>の魔法だろう。

 強い風で将軍を吹き飛ばすんだ。

 でも、庭で試した時は準備にだいぶ時間がかかった。途中で気付かれたらこっちが狙われるかもしれない。

 <地>の魔法で石畳をひっくり返して転ばせるのはどうだろう。

 だけど、私の魔法でこのやたら硬そうな石をどうにかできるだろうか。それに橋を壊したらマズいって話だったような……って、いやいや! そんなこと言ってる場合じゃないし!

 そうこうしているうちに、お父さまは将軍によって橋の縁まで追いやられていた。


「死ね! 魔王!」


 ああ、もう! どうにでもなれ!

 私はヤケクソ気味に両手を地面にかざして魔法を発動させた。


「こんのぉおおおおおおおおっ!」

 

 <風>でも<地>でもなんでもいい! とにかく『勇者』をぶっ飛ばす!

 そう思ってありったけの魔力を叩き込んでいた。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!


 一瞬の静寂の後、突如として橋が大きく揺れはじめた。


「な、なんだこれは!?」

「うわあああああっ! 橋が!」


 まともに立っていられないくらいの強い揺れに、あちこちから悲鳴が上がる。

 ていうかなにこれ!? 私のせい!?


「な、なんだ!? これも魔法だというのか!?」


 ガヴリロ将軍が悲鳴のような声を上げる。四つん這いになって頭を抱える姿はちょっといい気味だ。

 そうしていると、やがて揺れはおさまり橋に静寂が戻る。


「終わった……のか?」


 ガヴリロ将軍が辺りの様子をうかがう。

 その頬に、ピタリと剣の切っ先が突きつけられた。


「ああ、その通り。終わりだガヴリロ将軍」

「ぐはっ!?」


 一瞬の交差の後、お父さまが剣を鞘にしまうと将軍は呻き声をあげて倒れ伏した。


「殺しはしない。そなたにはいろいろ聞きたいことがあるからな」


 キャー! お父さま!

 もしかしてうちのお父さまってば世界一カッコイイのでは!?


「アリステルよ、怪我はないか?」

「はい! みてのとーりぴんぴんしてます!」

「そうか……そなたが無事でよかった」


 私を抱きしめてホッと息をつくお父さま。

 だけど離れた時にはすっかりお叱りモードになっていた。


「なんという無茶をしたのだ! バカ者!」

「ふええええ、ごめんなさいいいいっ」


 そうして私がお説教を食らっている間に、動けなくなっていた人たちが少しずつ回復していった。

 ガヴリロ将軍は拘束され、あの剣も取りあげられた。

 いつの間にか、あの奇妙な『虹色の光』はもう出ていなかった。

 騒ぎに気付いて対岸から両陣営の人たちが駆けつける頃にはみんな元通り動けるようになっていた。


「おい、()()()


 と、私がホッとしているとエドワード王子が声をかけてきた。

 呼び方が『ウシ女』から『ツノ女』になっている。


「なによ。よわよわおうじ」

「ぐっ……!」


 こっちも『自己中王子』から一つ昇格させることにした。

 まあ降格とも言えるかもしれない。

 そんな私の嫌味をグッと耐え忍んで、王子は言葉を続ける。


「さ、さっきのアレ……おまえがやったのか」

「アレ……?」


 橋を揺らしたやつのことだろうか。

 たぶん、私の魔法のせいだろうとは思うけどよくわかんないや。


「さあね。じしんかなにかじゃない?」

「……そうか」


 あれ? 食い下がるかと思ったらやけに元気がない。


「お祖父さまを助けたこと、大義だった。褒めてやる」


 感謝してるのか文句を言ってるのかわかんない言い方だ。


「すなおに『ありがとう』っていいなさいよ。それと、ツノおんなはやめてよね。きにしてるんだから」

「そうなのか……?」


 エドワード王子が驚いたように目をぱちくりさせた。


「だって、あんまりかわいくないでしょ」

「そ、そんなことは……」


 ビシッ……!


「ん……? ビシってなに? ビシって?」

「ぼくがそんなこと言うもんか。足下だ。この橋から聞こえたんだ」


 足下……?

 よく見れば、石畳に大きな亀裂が走っていた。

 しかもそれはどんどん広がっていく。


「橋が……! 皆の者、両岸へ退避するのだ!」

「戦士長! 兵たちを後退させよ!」


 フランツ陛下とお父さまが慌てて撤退を命じる。

 あわわ……! 私も逃げないと!


 バキッ!


 駆け出そうと一歩踏み出したその場所が、唐突に崩れた。

 私の身体は崩れた石畳ごと河の方へと傾いていく。


「ツノ女!」


 エドワード王子が手を伸ばすが虚しく空を切る。

 そうして私は真っ逆さまに落ちていった。

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