和平式典へ
なんか知らんが本格的に魔法を教えてもらえることになった。やったね。
先生は引き続きメリッサだそうだ。
今は私に教えるための資料だとか道具だとかを取りにいったん実家に帰っている。
暇を願い出る時の鼻息の荒さが正直ちょっと怖かった。
どういう心変わりがあったか知らないけど、ありがとうお父様!
ということで『お父様大好き』ポイントが一気に還元されたので、しばらくは可愛い娘をやってあげようかな。
などと思っていたら、ある“イベント”の話が私の耳に飛び込んできた。
「しきてん……? なぁにそれ」
私が首を傾げて尋ねると、メイドはあからさまに「しまった」という顔をした。
これはアレだ。私に聞かせたらマズい系のネタだ。
ってことは、逆に私にとってはたいへん興味を深いものであるはず。
「ねえねえ、しきてんってなに?」
そそくさと退出しようとしていたメイドのスカートをぐわしっ!と掴んで引き留める。
「ひ、姫さま引っ張らないでくださいませ!」
「ねえねえねえねえしきてんってなになにおしえておしえておしえておしえておしえて!」
「ひいいいいいっ!?」
メイドにいらぬトラウマを与えてしまった気がしないでもないが彼女はまるっと白状した。
式典とは『ギヨッド協定記念式典』が正式名称らしい。
十年くらい前に起きた魔族と人間の小競り合い──というか、ぶっちゃけ人間側の侵攻──その後に結ばれた和平協定だ。
魔族領と人間たちの国の間にはギヨッド河っていうでっかい川が流れていて、そこを越えたら「マジ戦争やぞ?」みたいな暗黙の了解がある。
とはいえ、人間の国々も「悪しき魔族に対抗するのだ!」という名目があってなんとか一致団結しているわけで、何もしないわけにはいかない。
そんなわけで「戦争とかやろうと思えばいつでもできますし?」というアピールのために何年かに一度ギヨッド河の対岸に軍隊を引き連れてやってくるのだ。
およそ十年前のその日もどっかの国の王子様が連合軍と共にやってきた。
ところがその日は魔族の方も軍を率いて対岸にやってきていたのだ。
ギヨッド河の近くには王家の離宮がある。
お母さまが亡くなる前、家族で行ったことがあるけど涼しくてお庭もキレイでとってもいいところだ。
それはともかく、困ったことに十年前のその日も先代の魔王さまが逗留中だったのである。
そして血気盛んな人間の王子さまが「魔王討つべし!」とあっさり河を越えて進軍してしまった。
幸い、王子様と軍隊は橋を渡りきることはなかったので人類と魔族の全面戦争ってのはギリギリ回避された。
どうして王子様が橋を渡りきらなかったかというと、なんと王子様ってば橋を渡ってる途中で足を滑らせて河に落っこちて亡くなってしまったからだ。
なんという笑えないレベルのドジっ子だろうか。一緒についていった軍隊の人たちもめちゃくちゃ困ったに違いない。
しかも王子様が『魔族に殺害された』という誤報が流れてしまったのである。
一難去ってまた一難。ふたたび人類と魔族の全面戦争勃発の危機に直面! ……となりそうだったのだが、幸いなことに王子さまの父──要するに人間の国の王様が死因が事故であったことを知りすぐに停戦命令を出したので事なきを得たのだった。王様が賢明でよかった。
これを機にギヨッド河への軍事遠征という恒例行事はとりやめになり、暗黙の了解だったギヨッド河を正式な軍事境界線とする条約が結ばれた。
これが『ギヨッド協定』である。
それから十年、あらためてこの悲しい事故の記憶を忘れないように、そしてちょっとドジっ子な王子様の追悼も兼ねての式典が行われることになったというわけだ。
王子様や式典には興味ないけど、これは人間と直接会うチャンスだ。
というわけで、私はお父さまに直談判に行くことにした。
「おとうさま! おねがいがあります!」
「げぇっ!? アリステル!?」
執務室に乗り込んできた私をお父さまはものすごく嫌そうな顔で見る。
「おとうさま、『げぇっ』ってなんですか。かわいいひとりむすめがあいにきてあげたのに」
「私も可愛い一人娘が扉を破壊しながら突入してこなければもう少し温かく出迎えたぞ」
ぐぬぬっ……。なんにも言い返せないわ。
「もうしわけありません。さいきんずっとからだをきょうかするまほうをれんしゅうしてるので」
「もうそんなことまでやっているのか……その溢れる才能を暴力以外のことに使えないものか……」
あれ? おかしいな。
ここは努力家な娘を褒めてあげるところだろう。扱いが猛獣とかのそれなんだけど。
……まあ、ここのところ連日にわたって城の設備を破壊してるので無理かもしれない。
これもイザって時に勇者を返り討ちにするためなのだ。扉を修理する大工さんとお父さまには我慢してもらおう。
「それで、“お願い”とはなんだ。だいたい予想はつくが」
なぜか、やや投げやりな調子で尋ねるお父さま。
私はすぅっと一つ息を吸い込んだ。
そして自分の中に眠る“kawaii力”を極限まで高めていく。
クックック……お父さまめ、カワイイ一人娘の全力全開のおねだりを食らうが良い。
「わたしも『しきてん』につれてってください!」
「ダメだ」
「はやっ!?」
ていうか即答だったんですけど!
私のカワイイ攻撃が効かないだと!
「なぜですかおとうさま!」
「言わずともわかるだろう。式典は“平和”を目的にしたものだからだ」
その言い方だと、私がまるで平和とは対極にある存在のようなんですけど。破壊の化身か。
確かに、あわよくば勇者の個人情報とか得られないものかと考えてるくらいには平和目的ではないけど。
それはそれとしておのれお父様め。実の娘に対してなんたる扱いか。
だけど、ここで諦めてしまうわけにはいかないのだ。
「おとうさま、そんなこといわずちょこっとだけ! ニンゲンをとおくからみるだけでいいですから! エサとかあげませんから!」
「人間を珍獣扱いするな。いずれにせよお前を連れて行くことはできない」
ぐぬぬ……! お父さまのケチ!
娘のことは猛獣扱いのくせに!
こうなったら城の扉という扉を破壊してまわってやろうかと、半ば本気で企んでいると不意に声がかかる。
「ええやないですか。姫様も連れてったげたら」
そう言ったのはちょうどお父さまと会議していたヒトだった。
少年のような見た目に糸目、おまけにうさんくさい関西弁という属性てんこ盛りなこの人は草走族の長、ケンネルさんだ。
ちなみにこれでもれっきとした大人だ。なんならお父さまより年上かもしれない。
草走族という名前の通り、走るのが得意な種族だ。
瞬発力では獣人族に軍配があがるものの、その持久力は相当なもので、数日に渡って走り続けることができるという。
草走族のヒトたち定住地を持つことはなく、お金にも余り興味がない。財産と言えば背中に背負った大きなカバンが一つ。
それを持って常に魔界のあちこちを旅してまわっているちょっと変わったヒトたちだ。
「姫様はアホやけどバカやない。いきなり人間に襲いかかったりはせえへんよ。今回はたぶん『偵察』のつもりやろ」
アホだのバカだの言われたのは気になるが、なかなか鋭い。
そして、今の今まで腹黒糸目とか心の中で呼んでてごめんなさい。
絶対そのうち裏切るでしょとか思ってたのも改めます。
「くやしいけどけんねるさまのいうとおりよ。まずはテキをしらなきゃ」
「敵とか言っておるが」
「一応、うちら魔族と人間は休戦中やから間違ってはないでしょ」
相変わらず疑うようなジト目を向けてくるお父さま。
そういうの子供の情操教育によくないと思いますよ。
「ボクが思うに、姫様がこんななのはむしろ人間を知らんからや。実際に会うてみたら考え方も変わるんとちゃいますか」
「なるほど一理あるな……」
お父さまは納得しているが、私は人間のことを知らないわけではない。
どちらかと言えば私が知っている“人間”と“この世界の人間”がどのくらい違うのか確認したいだけだ。
そしてあわよくば人間の中に出現する『勇者』という存在についても何か情報が得られればいいと思っている。
「わかった。アリステルの同行を許そう」
「やった! おとうさますてき!」
「ただし、式典の最中は大人しくしているのこと。よいな?」
「もちろんやくそくするわ! わたし、おとうさまとのやくそくをやぶったことないでしょ!」
曲解して自分に都合良く解釈したことはたくさんあるけど。
ピョンとお父さまに抱きつく私。
ふっふっふ……まんざらでもない顔しちゃって。このお父さまチョロい。
するとほくそ笑む私の耳に、ケンネルさんの呟きが聞こえてくる。
「ついに姫さまと人間のご対面かぁ。これは面白くなりそうやわ」
前言撤回。やっぱこのヒト腹黒だわ。
魔王の娘、ついに人間とご対面。
ラブコメもあるかもよ。




