幕間1-2 魔王パパの苦悩その2
タイトルつけました。
「『大樹』がアリステルに反応した……?」
ティウルの報告を受けた魔王フリエオールは、唸るように呟いた。
『大図書館』から立ち上った光は城からもはっきりと見えていた。
日も高い時間の出来事だ。おそらくは首都アリカトルヤのほとんどの住人がこの異常事態を目の当たりにしたことだろう。
「民は不安がってはいないか? 必要であれば声明を」
「いえ、むしろ民たちは喜んでいます」
「喜んでいる?」
宰相の言葉に魔王は困惑する。
「光は真っ直ぐに天を指しておりました。その様子は、まるで伝承にある『大樹』本来の姿だったと皆、口々に申しております」
「なるほど、そういうわけか……」
魔王の口から大きな溜息がこぼれる。
『大樹』が見せた奇跡。それを起こしたのがアリステルだと知れれば、またぞろ大騒ぎになるだろう。
ただでさえ初代魔王の生まれ変わりだと神格化されている現状、一人娘の情操教育にこれ以上影響が起きるのは困りものだ。
「イルミナよ、今回の騒動にアリステルが関わっていたことは秘密にしてもらいたい」
「はい〜、わかりましたわぁ」
長耳族の長からのんびりした返事が返ってくる。
魔王は「本当にわかってるのか?」と言いたくなるのをグッと飲み込んで、あらためてもう一人の氏族長──ティウルに向き直る。
「それとティウルよ。アリステルがヒト相手に魔法を使ったという話だったな」
「私がついておりながら、お諫めすることができず申し訳ありません……」
ティウルは深々と頭を垂れる。
思っていた以上に責任を感じているらしい。
若くして氏族長の座についたせいか、どうにも肩に力が入りすぎているとフリエオールは常々感じていた。
今もそうだが自分の前に立つと、ひどく緊張しているように見えた。
その緊張の理由が、思っているものとは少々異なることに魔王は気付いていなかったが。
「よい。あれの行動は私にも予測がつかぬ。止める間もなかったのであろう。そなたに聞きたいのはもっと別のことだ。アリステルが使ったのは間違いな氷の魔法だったのだな?」
「はっ。間違いありません」
相変わらず顔を伏せたままティウルは答える。
「姫様が短い呪文を唱えて一歩足を踏み出すと、そこから冷気が広がり、辺り一面が霜に覆い尽くされました。その力はイルミナ殿のご息女が構築していた<水>の魔法をも凍りつかせたのです。」
ティウルの説明は明確だった。
状況からみてまず間違いなく、アリステルが用いたのは高度な氷の魔法だろう。
「メリッサよ、そなたの意見を聞きたい」
魔王が声をかけると、額に小ぶりなツノを持つ竜人族のメイドが一歩前に進み出た。
「おそらく、“霜巨人の足音”かと」
「どのような魔法だ?」
「とても古い高等魔法です。殺傷性の低い魔法ですが、広範囲に影響を及ぼし足止めや他者の魔法、とりわけ<水>や<火>の魔法への妨害に優れています。ちなみにアリカトルヤ様はこの魔法で森を丸ごと一つ氷漬けにしたと記録に残っております」
なにやら余計な情報もあったが、メリッサの言葉通りだとすればアリステルが使ったのは魔に目覚めたばかりの五歳の娘が使えるような代物ではない。
「メリッサよ、ふたたび尋ねる。そなたがアリステルに教えたのか?」
「いえ、そのようなことは……ただ、一度だけ姫様にごく簡単な氷の魔法をお見せしました」
「一度見ただけだと? それだけで高等魔法を使えるようになるものなのか?」
「不可能ではない、とだけ申し上げます」
メリッサは言葉を選ぶようにして告げた。
「呪文とは、ある種の自己暗示です。自らの内にある無象無形の魔力に意味と意義を与えることで現象を具現化させます。姫様がその本質を理解しているのであればあるいは……。それでも、魔法発動に至る二次的魔力量が足りないのが普通ですが」
一次的魔力量はその者が持つ魔力の総量。二次的魔力量とは一度の魔法で扱える魔力の量を言う。
身体の成長に伴い二次的魔力量は飛躍的に増えるが、一次的魔力量は先天的才能でありそれほど増えることはない。
つまり、アリステルは五歳にしてすでに大人に匹敵する魔力を有するということだ。
この先、身体が成長すればどれほど力を持つようになるか想像もつかない。
「大人顔負けの魔力を持ち、習いもしない魔法を操るか……我が娘ながら末恐ろしいな」
フリエオールの口からふたたび溜息がこぼれる。
今度は、魔王の立場からではなく一人の父親としての溜息だった。
「報告は確かに聞いた。『大樹』の件も含めて、このことは決して口外せぬよう。他に見た者があれば口止めをせよ」
「はっ!」
「わかりましたぁ」
フリエオールは二人の氏族長に厳命し下がらせた。
退室していく二人を見送ってから、大きく息を吐く。
対外的なことはこれで片付くだろう。
『大樹』についてもこれ以上変わったことが起こらなければ民たちもすぐに落ち着くはず。
問題は、アリステルのことだけだ。
「メリッサ、そなたにはあらためてアリステルの教育係を頼みたい。五歳の子に読み聞かせるような当たり前の知識に限らず、そなたが必要だと思うことすべてを我が娘に教えてやってくれ」
「かしこまりました。必ずや初代魔王様に匹敵する……いえ、それ以上のお方になれるよう粉骨砕身お手伝いいたします!」
「いや、待て! 何もそこまでは望んでおらぬ! メリッサ! 待つのだメリッサー!」
魔王の制止も聞かず、メリッサはダッシュで退室していった。
「どうやら次は庭だけの被害ではすみそうにありませんな」
事の成り行きを見守っていた宰相が、暢気にそうのたまうのをフリエオールは恨めしそうに見るのだった。
“霜巨人の足音”は後世の研究者が付けた名前。
初代魔王様が付けた名前は『霜踏み』とか割とシンプルだった感じ。




