眠れる大図書館の美女
「ぎゃあ! ヒトがしんでる!?」
「死んでません」
すかさず私の後ろからツッコみを入れるスウェルさん。
「じゃあ、ねてるの?」
「寝てません。大樹から声を聞き取っておられるのです」
本日何度目かの「なんじゃそりゃ」である。
「イルミナ様、ティウル様と姫殿下がお越しになられました」
あ、そっか。どおりで見たことがあると思ったらこの人、長耳族の長のイルミナ様だ。
スウェルさんが揺さぶるとイルミナ様は緩慢な動きで起き上がる。
「ふぁ……よく寝たぁ……」
「いま、よくねたっていったわよ……」
私が抗議の視線を向けると、スウェルさんはさっと顔をそむけた。おい、こっち見ろおかっぱ。
「あらぁ? ティウル様に姫様? こんなところまでいらして、いったいどうしたのぉ」
「いや、今日伺うと伝えておいたはずだが……」
「そうだったかしらぁ? ……まあいいわぁ。それでぇ、ご用はなぁに?」
寝ぼけてるんだろうか。なんとものんびりしたヒトである。
「まったく……そなたは相変わらずだな。用というのはこれだ」
ティウル先生が取り出したのは両手に収まるくらいの小さな木箱だった。
蓋を開けると中に宝石のようなものが一つ納まっていた。
「我が師にして先々代の氏族長『“岩削り”のゴルドフ』の霊核だ。還してやってほしい」
スウェルさんが、一枚の白い布を使って木箱から『霊核』と呼ばれる宝石を取りあげた。
直接手で触れないようにしているようだった。
そうしてスウェルさんが差し出した霊核に、イルミナ様がそっと手を触れると、霊核が淡く光を放つ。
「嘆きも後悔も聞こえない……とても穏やかな魂ねぇ。確かに承りましたわぁ」
そう言ってからイルミナ様それを大樹の根元に埋めはじめる。
いったいどういう意味があるんだろう?
疑問に思ったものの、なんとなく声をかけづらくてその様子を私たちは無言で見守っていた。
「これで、ゴルドフ様の魂は大樹に導かれやがて天へと還るでしょう」
「感謝する」
ティウル先生は静かに祈るように目を伏せる。
たぶんだけど、これは葬送の儀式なのだろう。
でも、私のお母様の時とはずいぶんと違っている。
う〜、どうしよう。いろいろ聞きたいけどなんかそういう空気じゃないっぽい。
「その顔は、聞きたいことがありすぎてしょうがないという顔だな」
気付けばティウル先生が苦笑いしながら私を見ていた。どうやらバレバレだったらしい。
「姫様、『霊核』はわかるか?」
「わたしたちまぞくのからだのなかにあるやつでしょ。まほうをつかうのにひつようだっていう」
つい先日、メリッサから教わったばかりだ。
魔法を生み出すエネルギー源は文字通り『魔力』だ。
この『魔力』を異界から引き出す器官が『霊核』と呼ばれる宝石だ。
身体の中にあるものなので、私も見るのは今日が初めてだ。
「その通りだ。そして霊核にはその者の記憶が焼き付いてもいる。ゆえに魂そのものとも言う者もいる。こうして亡くなった者の霊核を根元に埋めることで根から吸収されて大樹と一つになるのだ。やがて大樹が天に届くほど成長した時には記憶や魂が“我々が元いた場所”へと還ることができると考えられている」
なるほど。天国におくりだす儀式ってわけなんだ。
あれ? でも……。
「でも、わたしのおかあさまのときはこんなのしなかったよ?」
「霊核は無理に取り出すと黒く変色することがある。そうなった霊核は大樹が受け入れてはくれない。ゆえに肉体が自然に朽ちるのを待つのだ」
それじゃあお母様の亡骸は朽ちるのを待っている状態なんだ。
なんだかちょっと怖いな……。
「もしかして、かべにいっぱいあったあれも……」
「ええ、すべてこの地で亡くなった者の霊核です。彼らは大樹の根元に埋められるのを待っているのです」
今度はスウェルさんが答えてくれた。
「すぐにうめちゃだめなの?」
「誰もがゴルドフ様のように穏やかな霊核を残すわけではないのです。志半ばで亡くなった者、幼い家族を残してきた者、それぞれの嘆きを聞き取り霊核の濁りみが消えて初めて大樹へと還すことができます」
つまりここで行われているのは一種の供養みたいなものなんだ。
ヒトの後悔や苦悩を聞いてあげるのか。なかなか大変な仕事だ。
「鎮魂の他に、もう一つ大事な役目もあります。それは霊核の記憶を読み取り、それを書として記録したり遺族にお伝えすることです」
「あ、だから『だいとしょかん』なんだ」
やっと理由がわかったよ。
ってことは、やっぱりここなら私の知りたいことも調べられるかも。
「るねーすのヒトたちはみんなここではたらいてるの?」
「すべて……というわけではありませんが。多くの長耳族がここで働いています。我らにしかできない仕事ですから」
「るねーすのヒトにしかできないの? なんで?」
「それは……実際にやってみた方よくわかると思います。イルミナ様、姫殿下に『大樹の知恵』に触れていただいてはどうでしょう?」
『大樹の知恵』だって。なんのことかわからないけどなんだか凄そうだ。
ちょっとワクワクする。
と、思ったらイルミナ様は無反応。ていうか目を閉じてうつらうつらしてる。
「これ、ねてるんじゃ……」
「寝てません」
若干食い気味にツッコミを入れてくるスウェルさん。
私はイルミナ様の口許に耳を近づけてみた。
「むにゃむにゃ……もう食べられませんわぁ……」
むにゃむにゃ言うとるがな!
ていうか、そんなベタな寝言ある!?
「やっぱりねてるでしょ!」
「寝てません」
やはり食い気味に否定するスウェルさん。
絶対認めない気だなこのやろう。
「イルミナ様はルネースでも屈指の良き“耳”をお持ちです。自然と霊核たちの声が届いてしまうのです。それらに応えているとこうして意識が途切れてしまうことがあるのです」
ほんとかなぁ。
なーんかこう、上手く誤魔化された気がしないでもない。
「イルミナ様、目をお開けください。今はまだ来客中ですよ」
「あららぁ……ティウル様に……姫様? どうしてここに……?」
やっと目を覚ましたと思ったら話がふりだしに戻ってる!
「イルミナ様、その話はもう終わりました」
「あらぁ、そうなのぉ? 終わったのならいいわぁ」
いいのか。ボケボケだなこのヒト。
「それで、今は姫様に『大樹の知恵』に触れていただこうというお話をしていました」
「大樹に? いいわよぉ」
んな、あっさりと。いいのか? なんか大事なものじゃないのか?
「あ、でも頭がぱーんってならないように気をつけてねぇ」
「あたまがぱーん!?」
なにそれ怖いんですけど!
ていうかそこのおかっぱは私に何させようとしてんだ!
「姫様には知りたいことがあるのだろう? 魔王陛下が同行させたのはそのためだと聞いているぞ」
う……ティウル先生もお父様も余計なことを。
いや、確かに人間や勇者のことを知りたいとは思ってたけど。
どうも私の想像していた方法とは違う気がするんだが。
「『大樹』に触れて質問を頭に思い浮かべてください。なるべく具体的に。そして簡潔な答えが返ってくるような質問にしてください」
なんかもうやるのが決まってる感じで話が進んでいく。
いつの間にやら大樹の前に立っている私だった。
ええい、私も魔王の娘だ! 覚悟を決めたぞ!
意を決して片手を大樹に触れる。
透明でガラス細工のようだけど、触れた感触は樹そのものだ。
太陽の光を受けてキラキラ輝いているのに、こうして間近にしても不思議なことに眩しいとは感じなかった。
私は妙に緊張してゴクリと唾を飲み込む。
それからゆっくりと幹に手を触れてこう考えた。
──『勇者』について知りたい。
次の瞬間、頭の中に声が聞こえてきた。
『勇者』
『勇者とは何か』
『勇者は勇気ある者のこと』
“声”はたくさんなようでただ一人のようでもあった。
私が耳を傾けていると“声”の数はどんどん増えていく。
『勇者』
『エインヘリヤル』
『かつてそう呼ばれた者たち』
『異界よりの召喚者』
『神の戦士』
『帰れなかった者たち』
エインヘリヤル? そう呼ばれてたの?
それに『異界』って。召喚されたってなんのこと!?
『邪なる神』
『世界の崩壊』
『定められた破滅』
なんかすごく大げさな話になってる。
しかも『勇者』についての話からどんどんズレていってるよ!
いいから『勇者』について教えて!
『勇者とはなにか破滅エンヘリヤル魂の後悔は戦士と受肉せし千年の安寧なにかなにかなにか異界の夢は過去より炎とかく崩壊脱出生命偶然の小さき世界の電磁波ねじれ選ばれた人崩壊崩壊崩壊帰る場所魂の定義保存消滅繰り返す転写可能性犠牲保護そして三千人どうして本物観測認識定義保存保管保障保護保保保保保保保保保保保保──』
「うにゃあああああああああっ!?」
いきなり頭の中にとんでもない量の言葉が流れ込んで来た。
思わず幹から手を離した私はそのまま後ろにゴロゴロと転がって……
「アリステル様!」
丘から転げ落ちそうになったところをニコラスが受け止めてくれた。
ニコラス、カッコイイ!
「うう……ありがとニコラス……」
「だ、大丈夫ですか? 大樹に触れた瞬間いきなり悲鳴をあげて……」
触れた瞬間? そんなバカな。私には数分は経ってるように感じたのに。
いや、そんなことよりマジで頭ぱーんってなるかと思ったわ。
まだ頭がクラクラするし、なんかこう見るもの聞くものがやたらハッキリくっきり頭に入ってくるようで気持ち悪い。
「姫様ぁ、だいじょうぶぅ?」
「た、たぶん……。でも、いるみなさま、こんなことになるならさいしょからおしえてください」
「言っても伝わらないと思ってぇ。その感覚って実際に体験してみないとわからないでしょぉ」
まあ、確かに。
あんな状態、言葉では説明しきれない。
大勢がいっぺんに違うことを私に語りかけてくる感じ。
普通ならただの騒音だけど、頭の中に響く声はその一つ一つが明確に意味をもって押し寄せてくる。
「イルミナ殿、いったいどういうことなのだ。姫様に危険がおよぶようなことは……」
「だいじょうぶよぉ死んだりしないからぁ。むしろ二、三日は頭が良くなって見たものや聞いたものなんでも事細かに覚えちゃうのよぉ。今がお勉強するチャンスだねぇ」
いや、チャンスて……それほんとに大丈夫なのか?
なんか脳みそに変なブーストかかってない?
「『大樹』にはこれまで捧げられた霊核の記憶がすべて蓄積されています。幹に触れ、呼びかけることでそれらの知識を垣間見ることができるのです。ただ、知りたいことの含意が広すぎると、先ほどの姫様のように大量の“声”に押し流されてしまうのです」
つまり、インターネットの検索みたいなものなのね。
情報が氾濫しちゃったのは私が検索したいことを上手く絞り込めなかったせいか。
ていうか、そういう大事なことは先に教えておいてよスウェルさん!
「でも、それならるねーすのヒトたちだっておなじようにあたまぱーんってなっちゃうんじゃない?」
「我々長耳族は種族的に耳が良いのである程度なら大量の“声”も聞き分けることができるのです」
それってなんか耳が良いのとは違う気がするんだけど。
並列思考とかそういうんじゃないの?
まあ、だから『自分たちにしかできない』って言ったのか。
「ところでぇ、姫様の聞きたいことは聞けたかしらぁ?」
「いえ……ぜんぜん。ゆうしゃのことききたかったんですけど。わかったのはむかしは『エインヘリヤル』ってよばれてたってことくらいで……」
「なぁんだ『勇者』のことが知りたかったのぉ。だったら私が教えてあげたのにぃ」
「なんですとぉ!?」
イルミナ様の口から思いも寄らぬ言葉が飛び出した。
だからそういう大事なことは先に言っておいてほしい。
いや、私が聞かなかったのが悪いんだけど。
さっきのビックリどっきり体験はなんだったんだ……。
「おしえてくださいいるみなさま。ゆうしゃって、なんなんですか?」
「うーんとねぇ、『勇者』っていうのはぁ……私たちのことよぉ」
「……………………は?」
あたまがぱーんってならなくてよかった




