太っちょスキニーと男装の麗人
「スキルニールさん!?」
埃まみれのその顔にはもの凄く見覚えがあった。
「あれ? 君、なんでここにいるの?」
あっけらかんと聞いてくるスキルニールさん。
「それはこっちのセリフよ! 何年も音沙汰なくて、死んだかと思ったじゃない!」
「もしかして心配してくれてた? いやあ、なんか照れるね」
「死んでたらもう便利な裏技魔法教えてもらえないじゃない」
「うん、そうだよね……君ってそういう子だよね……」
こんな見た目でも魔族なんだからそう簡単には死なないでしょ。
「スキニー、君とアリスくんは知り合いなのか?」
オリヴィエ先生が驚いた様子で口を開く。
しまった、この人がいたんだった!
「ええと、そのぉ──」
「ああ、僕が旅をしていた頃に出会って魔法を教えたことがあるんだ。まあ、“弟子”みたいなものだよ」
口ごもる私の代わりにスキルニールさんが説明してくれた。
「そ、そうなんです! 弟子なんです私!」
つい慌てちゃったけど、私もスキルニールさんも<身体操作>の魔法で見た目は完璧に人間なんだからそうそう魔族だってバレるわけもなかった。
いや、そんなことより!
「もしかして、スキルニールさんここの先生なの?」
「まあ、なし崩しでね。何年か前にそういうことになっちゃったんだ」
「何がなし崩しだ。私がわざわざ紹介してやったのだろう」
溜息をつくスキルニールさんに、オリヴィエ先生が心外だとばかりに言う。
「十数年ぶりに会った級友が決まった家もなく無職でフラフラしているのを放っておけるものか」
「いや、僕は世界を旅して見聞を広げていただけで……」
「そういうのをフラフラしていると言うのだ」
オリヴィエ先生の言うことはまったくもってその通りだわ。
「ていうか、スキルニールさんとオリヴィエ先生が級友って……?」
「ああ、僕たちこの学園の卒業生なんだ」
「へー、そうなんだ。……ん?」
いや、どういうこと?
魔族のスキルニールさんが人間の学校の卒業生って。
私が首をかしげていると、何やら目配せを送ってくるスキルニールさん。
(後で説明するよ──)
「うひょう!?」
唐突に、頭の中にスキルニールさんの声が響いたので、思わず変な声が出てしまった。
「どうかしたのか?」
「い、いえ、虫がいたのでビックリしちゃって……」
適当に誤魔化す私。
ていうかなにそれ「あなたの心に直接語りかけています」ってやつじゃん。
まだ便利そうな魔法を隠して持ってたわね。
あとで教えてもらおう。
「しかし、あの“太っちょスキニー”が弟子をとっていたとはな」
「“太っちょ”?」
ルネース族の特徴である細身で長身なスキルニールさんが太っちょとはこれいかに。
「入学したばかりの頃、僕はだいぶぽっちゃりさんだったんだ」
すると、私の疑問を察したスキルニールさんが答えてくれた。
「そんな体型だから剣を握っても後れを取ってばかりだった。他の学生たちにはからかわれ、バカにされていた。しかしこいつはヘラヘラしてばかりでちっとも言い返さない。見かねた私が猛特訓をしてやったのだ」
「僕はもともと剣なんて向いてないってわかってたからね。他人になんと言われようと別に平気だったし。むしろ君の特訓の方が地獄だったよ……」
「その地獄があるから今のお前があるのだ。感謝するがいい」
おやあ?
この二人、なんだか妙に仲良さげじゃない?
元同級生ってだけじゃここまで気やすい感じにならなくない?
ほうほうほう……これはもしや……。
「君、なにをニヤニヤしてるんだい。気味が悪いよ」
失礼な!
おっと、ここはグッと我慢だ。
オリヴィエ先生とスキルニールさんの関係はじっくり観察していくことにしよう。
うん。学園に通うのがちょっと楽しみになってきたわ。
「私はもう行くとしよう。スキルニール、彼女のことは任せたよ」
「わかってるよ。半ば無理矢理とはいえ引き受けたからにはちゃんと教師をやるさ」
そうして、オリヴィエ先生は自分の仕事に戻って行った。
「さて、いろいろ聞きたいことがあるって顔だね」
「当然でしょ」
今まででどこで何をしていたのか。
魔族のスキルニールさんがなんで勇者学校の卒業生なのか。
ついでにオリヴィエ先生とはどんな関係なのか。
……は、まあいいとして。
「僕も君には聞きたいことがいくつかあるんだ。うん。久しぶりに情報交換といこうか」
* * *
スキルニールさんが出してくれたお茶は香り高くとっても美味しかった。
さすがは貴族の通う学校だ。
「ねえ、“太っちょ”ってなんで?」
私がそう切り出すと、スキルニールさんがむせた。
「情報交換とは言ったけど、最初にする質問がそれかい?」
お茶で濡れた口許を拭いながら、スキルニールさんは呆れたように言った。
「いいじゃない。気になったんだから。それともなんか恥ずかしい過去的なやつ?」
「別に大したことじゃないよ。僕が太っていたのは事実だ。それはまあ<身体操作>のせいなんだけど」
「<身体操作>……あ、そういうことか」
<身体操作>は自分の肉体を変化させる魔法だ。
私やスキルニールさんは魔族であることがバレないように、その特徴であるツノや耳を隠している。
ところがこの魔法、そうやって隠したり消した分のリソースみたいなものが別のかたちで表れるのだ。
私の場合は頭のツノを消した分が身長や胸のサイズになったようで“成長”してしまった。
おそらくスキルニールさんも同じことが起こったのだろう。
「十数年前といっても魔族である僕は立派な大人の身体だったからね。生徒としてこの学園に紛れ混むため<身体操作>で子供の姿になったものの、かなり太った体型にならざるを得なかったわけだ。まあ、太っていても実際はほとんどが筋肉だったから運動には支障がなかったんだけど」
太めな体型の超筋肉質な子供って……ちょっとやだな。
「そもそも僕が嫌がらせを受けていたのは、太っていたからじゃなくて君と同じように貴族ではなく“平民”だったからだ」
「そっか、ここは本来は貴族教育の学校なんだっけ」
「その通り。聖王国では貴族=勇者の末裔であり国や領地を守る騎士という認識だからね。貴族教育と勇者育成は同義と考えていい」
「なるほど……」
聖王国っていうとこの仕組みがなんとなくわかってきた気がする。
「勇者の末裔でもないただの平民が、自分たち高貴な血の者と肩を並べるなんて許せない──たいていの学生はそう思っている。君も気をつけるんだ」
「わかってるわよ。でも、この私がイジメごときに屈すると思って?」
「いや、まあ、そうだろうね……。むしろ、貴族の子供たちを恐怖のどん底に叩き落とすとかしないでね?」
人をなんだと思ってるんだ。
あ、いや。魔王(の娘)だったわ私。
「それを言うなら、スキルニールさんだってお子様貴族のイジメなんて放っておけばよかったのに」
「いや、実際のところ僕は大して気にもしていなかったんだけど、オリヴィエがね……」
スキルニールさんは、やれやれとばかりに肩をすくめる。
「当時の彼女は今よりずっと生真面目で堅物だったんだよ。貴族にとって平民とは守るべき存在だ。にもかかわらず平民だからと見下し嫌がらせをする連中が許せなかった。だけど相手の生徒は自分よりも上の侯爵家の子息だったものだから、親の立場をちらつかされてね。仕方なく口をつぐまざるを得なかったんだ。結果、僕を鍛えることで自分の中の矛盾やわだかまりを解消してたってことだろうね」
たいへん冷静な分析だけど、そこはもっとこうロマンチックは感じに受け止められなかったんだろうか。
オリヴィエ先生も最初は義務感や正義感からの行動だっただろうけど、こうして十数年たった今でも平民貴族関係なく友人として接しているんだから、もっとこう何かあるだろうに。
何が言いたいかって?
もっと私にラブコメ分を供給しろや! ってことです。
「次は僕からの質問だ。ビッグブリッジを消したのは君かい?」
さっきまでとは打って変わって真剣な表情でスキルニールさんは私に尋ねた。




