思わぬ再会
夜になり、あてがわれた部屋のベッドにダイブする。
「わあ! ベッドもふかふか!」
洗い立てのシーツに良い香りのする枕。
ここしばらく野宿が続いたので、人の手入った物が余計にありがたく感じる。
それはそれとして。
「勇者を育成する学校ってどんなところかな。やっぱりみんな『魔王を倒すぞ!』みたいな感じでやる気に満ちあふれてるのかしらね」
「だとすれば、そなたは獣の檻に放り込まれたウサギのような物じゃの」
「う……正体がバレないようにしないとね……」
魔王(の娘)だなんてバレたら大変なことになりそうだ。
生徒全員に襲い掛かられたりして。
そういえば、学園に通っているってことはエレノアも『勇者』を目指してるだろうか。
「そなた、ずいぶん嫌われておるようだからのう」
「だから、ひとの頭の中を読まないでよ」
ルエイム「学校では仲良くしてあげて」的な言葉を物の見事に「お断り」されてしまったわけなんだけど、私ってば何かエレノアの気に触るようなことををしてしまったんだろうか。
「あやつの巣に隠してあった宝物でも盗んだとかかや?」
「んなことしないわよ……」
私は盗賊か何かか。
竜基準で物事をはかるのはやめていたたきたい。
「ま、考えてもわからないものはわからないし。寝よ」
そんなこんなで、目を閉じるとすこんと眠りに落ちる私だった。
* * *
数日後、私はランフォード家の馬車に揺られていた。
向かいの席にはルエイムの妹、エレノアが座っている。
き、気まずい……。
なんか話かけた方がいいのかなと思いつつも、昨日のあの返答が頭にひっかかって言葉が出てこない。
そんなめちゃくちゃ居心地の悪い思いをすること一時間弱。
馬車は噂の『聖オーデンセ学園』に到着した。
『聖オーデンセ学園』
ずーっと昔に勇者オーデンセって人が創立した学園だそうだ。
うん、そのまんま。
ポイントは、通っている学生のほとんどが“貴族”の出ということだ。
そもそも聖王国の貴族のほとんどが古代の『勇者』たちの血をひいているのだという。
『聖遺物』は勇者の血を引く者にしか扱えないのだから当然と言えば当然なのだけど。
じゃあ、私たち魔族とルーツは同じってことじゃない?
そのわりにはツノも尻尾もケモ耳もないけど。
「職員棟は奧に見える建物です。手続きなどはお兄さまが済ませているはずですので、まずはそちらで確認をされると良いでしょう」
「あ、うん。ありがとね、エレノア──」
「では、わたくしはこれで」
私の言葉が終わるより先に、エレノアはさっさと行ってしまった。
「よほど嫌われておるようじゃのう」
「うっさい」
ひとり取り残された私は、とりあえず言われた通り職員棟とやらに向かうことにした。
聖王国の貴族の子供たちが大集合する学園というだけあって、どこもかしこも格式高い雰囲気が漂っている。
制服も黒地に金の装飾が映える見るからに豪奢な代物だし。
「でもデザインは悪くないわよね」
ちょっと派手だけど、そこがまたファンタジー感があって良い。
魔界の服や建物ってなぜか和風寄りなデザインで、どうにもこうにもコスプレ感が拭えなかったからなあ。
真新しい制服に少しワクワクしながら職員棟に足を踏み入れたところで、いきなり剣の切っ先が私に突きつけられた。
「貴様、見ない顔だな」
値踏みをするような目が、私を見下ろす。
一見すると神経質そうな男の人だった。
「あ、わ、私、今日からここに入学した者です……!」
「どこの家の者だ」
「い、家?」
どっかの貴族かってこと?
「ええと、ただの一般庶民です」
「一般庶民だと……?」
男の目がさらに険しくなる。
そこにあるのは、さっきまで感情とはまるで違う。そう、まさに蔑むような視線というやつだった。
そして、私に向けられた剣の切っ先に殺気のようなものが籠もったように見えた次の瞬間、男は剣を振り上げていた。
やられる……!
そう思った時には咄嗟に身体が反応していた。
「<地妖精の悪戯>!」
「なに……!?」
突き出した右手から衝撃波が発生し、男を大きく弾き飛ばした。
「貴様、何をした?」
私を睨み付けた男の目に怒りが灯る。
どうやら怒らせてしまったらしい。
ていうか先に斬りかかろうとしたのそっちじゃん!?
「クラレント卿! そこまでだ!」
こうなったらマジでやるしかないかと覚悟を決めたその時、私たちの間に割って入った人がいた。
長い髪を束ねたすらりと背の高い人だ。
どちらかと言えば女性に見えるが、中性的な顔立ちなのでちょっと確証はもてない。
「邪魔をするなモルデュール。この生徒は教師である俺に攻撃をした。罰を与えねばならないだろう」
クラレント卿と呼ばれた男が、剣を構える。
「違うなクラレント卿。貴殿が先にそこの生徒に剣を向けたのだ。私がこの目で見ていた」
モルデュールは私とクラレントの間に立つようにして、腰の剣に手をかけた。
「伯爵家の小娘が、俺に意見するか」
「学園の中では爵位は関係ない。お互い、いち教師でしかないはずだ」
危険な気配をぷんぷん漂わせるクラレントに対して、モルデュールは一歩もひかなかった。
ていうか小娘ってことは、やっぱり女性なんだ。
しかも伯爵家。そして男装の麗人。
それもうオスカル様じゃん!
なんて、私が勝手に盛り上がっている間も二人の睨み合いは続いていた。
やがて……。
「……ふん。いいだろう。ならばその無礼な平民には貴様がよく言い聞かせておけ」
クラレントは剣をおさめて踵を返すと、最後にもう一度、肩ごしに私のことを睨み付けて去って行った。
いきなり斬りつけてくるなんて、なんて危ないやつ。
あんなのが教師って。この学園マジで大丈夫か?
「ケガはないか?」
早くも暗雲立ちこめはじめた学園生活にげんなりしていると、さっきの男装の麗人が声をかけてきた。
「は、はい。大丈夫です」
「それはよかった。だが、驚いたな。さっきのアレはどうやったんだ?」
「アレ……? ああ、ただの護身用の魔法です」
<地妖精の悪戯>は、<地>の源理と<風>の源理をぶつけると起きる反発作用を利用した魔法だ。
魔界では護身用として使われている。
ちなみに応用すると金属が潜在的に持っている<地>の源理に作用させて、敵の手から武器を弾き飛ばすなんてこともできる。
「魔法……そうか、ランフォード家の推薦で魔法科への入学を許可されたというのは君か」
「あ、はい」
彼女の言う通り、私が入学するのはこの聖オーデンセ学園では比較的新しい学部であるらしい魔法科だった。
魔界では高等学院まで卒業した私が、今さら、しかも魔法の技術ではずっと劣る人間の学園で、いったい何を学ぶことがあるのかってことはひとまず置いといて。
わざわざ魔法科に私を放り込むことに、ルエイムたちには何やら思惑があるらしい。
詳しくは教えてくれないけど。
「私はオリヴィエ・モルディール。ここの教師だ」
「あ、アリスです」
「魔法科ということは、“彼”のところに案内した方がいいだろう。ついてきたまえ」
どこまでも爽やかかつ男前なオスカル様──もといオリヴィエ先生の後についていく。
エレノアが教えてくれた職員棟をいったん外に出て渡り廊下を通って庭を横断して、さらにさらに学園の敷地内の端っこまでやってくる。
「ここが魔法科の校舎だ」
そこに、ひときわ古くてこじんまりした建物が建っていた。
豪奢な校舎や職員棟とは雲泥の差だった。
「あいつ……またこんな昼間に窓を閉め切って……」
建物を見上げ、オリヴィエ先生が小さく溜息をつく。
あいつ、というのは魔法科の先生なのだろう。
態度からしてけっこう親しそうだ。
遠慮なく建物に入っていくオリヴィエ先生にくっついていく私。
階段を上がると、まっすぐに奧の扉へと向かう。
「オリヴィエだ。入るぞ」
「え、ちょ、なに──」
扉の向こうから慌てた声がしたかと思えば、オリヴィエ先生はノックもせずに開けた。
その途端、何かが盛大に崩れる音がした。
「いたた……オリヴィエ、ノックくらいしてくれよ。ビックリするじゃないか……おや?」
崩れた本の山から顔を出したのは──
「スキルニールさん!?」




