私の足は太くない
「てめェ! ここが誰の屋敷かわかってんだろうなァ!」
扉をぶっ壊して乗り込んできた私に、いかにも“チンピラ”といった風貌の男が唾を飛ばしながら怒鳴った。
「よーくわかってるわよ。自称“勇者”がいるんでしょ。ここには」
「自称じゃねェ!」
「親分は本物の勇者様だァ!」
「シバくぞゴラァ!」
「いてまうぞゴラァ!
今にも「ヒャッハー!」とか叫び出しそうな連中が私に向かってガンを飛ばしてくる。
にしても、勇者様の子分にしてはやたらとガラが悪いなこいつら。
清潔感も皆無だし。
予想通り勇者の名を騙って好き放題してる傭兵くずれとか盗賊に違いない。
「ああ、もう。いいからさっさとあんたらの親分連れてきなさいよ」
「私に何かご用でしょうか?」
ヒャッハーたちをかき分けるようにして現れた勇者様は意外にも身なりはちゃんとしていた。
「あんたが“勇者”様?」
「これはこれは名乗るのが遅れました。私はザック・ザ・ザザンと申します。お嬢さんのご用向きはなんでしょう?」
やたらザが多い名前だ。
「あんたがこの辺の村から無理矢理連れていった女の子たちを返してもらいに来たわ」
「無理矢理……? それは誤解というもの。私は勇者であり無類の紳士。同時にこのザザン・カンパニーの社長でもあるのです。彼女たちは我が社がスカウトさせていただいた優秀な人材なのですよ」
「何がスカウトよ。あんたが連れてった女の子の中にはね、来月結婚する予定だった子もいるのよ」
私が出会ったのはその子の婚約者の男性だった。
思い詰めた挙げ句に薪割り用の斧を手にここへ乗り込もうとしていた彼を村の仲間たちが必死に止めていた。
勇者に勝てるわけがない。手を出したらお前だけじゃすまない。村が大変なことになる。
婚約者の男は泣き崩れていた。
そんな光景を目の当たりにして素通りできるわけがない。
そして無法を働いているのが『勇者』を名乗っているのならなおさらだ。
「ところでお嬢さん。とても良い脚をお持ちですな」
「は?」
唐突にそんなことを言われて、私は思わずポカンとしてしまった。
「その丸みを帯びた太もも。健康的で素晴らしい」
「ふくらはぎとのバランスも見事」
「良い重量感だ。さぞや重たい蹴りを放つことだろう」
「その歳で立派なもんだ」
「私の足が太いみたいに言うな!」
このズボンのせいだ!
色が可愛くてつい衝動買いしちゃったけど、お尻と太もも周りがちょっとキツかったのだ。
おまけに、ここまでの道中よく歩いたもんだから筋肉がついてよりピチピチに……。
おかしい。あんだけ歩いたのになぜ脂肪は減らなかったんだ。
「って、そんなことどうでもいいのよ! 女の子たちを解放しなさい!」
「そうはいきません。彼女たちには、まだまだ働いてもらいます。あなたにも是非、我が社に協力していただきたい。その足でね」
このゲス男め……!
「しかし、どうやらあなたは社会人としての常識が欠けているようだ。アポなし訪問。名刺交換もなく、菓子折の一つも持参できないとは。教育が、必要ですな」
そう言うと、ザザンは懐から何かを取り出す。
「この私の『聖遺物』──“天翔る星の軌跡”でね!」
『聖遺物』
その言葉に、私は身構える。
『聖遺物』とは古代の勇者たちが女神から与えられた装備であり神器だ。
恐るべき力を持つ邪神やその眷族と戦うため、聖遺物には『神威』と呼ばれる“超常の奇跡”が与えられている。
強大ゆえに『聖遺物』は誰にでも扱えるというわけでない。
『聖遺物』の主にして邪なる存在と戦う者──それが“勇者”だ。
目の前ににるザザンという男は自称勇者の方かと思っていたけど本当に『聖遺物』の主だったらしい。
いや、まだ、たただのハッタリだって可能性もあるか。
とにかく、どんな『聖遺物』なのかしっかりとこの目で──
「って、ちっちゃ!?」
ザザンの取り出した聖遺物を見て、思わず声をあげた。
「て、てめェ! 親分の聖遺物になんてことを!」
「それだけは、それだけは言っちゃならねェ!」
「いや、だって、『聖遺物』っていうからすっごい武器を想像してたら出て来たのは果物ナイフだし。しかも名前、大げさすぎでしょ。誰がつけたのよ」
見れば、ザザンがぷるぷると震えてた。
自分でつけたんだ……。
「許しません……許しませんよ! 我が聖遺物の恐ろしさ、その身に刻んで差し上げます!」
そう言うと、ザザンは果物ナイフを私に向かってなが放った。
まったくといっていいほど脅威は感じない。
魔族の私は人間よりもずっと高い身体能力を持っているからだ。
はっきり言って、山なりに飛んで来るキャッチボールの球くらいの感覚だ。
だが──
ナイフが突然、空中で複数に増えた。
「うわっと!?」
分裂・加速して襲い掛かってきたナイフを、私はすんでのところで横にかわした。
危なかったぁ……。
聖遺物だからなんかタネがあるだろうと思って警戒してなければオシャレなナイフ立てみたいになってたところだったわ。
「なるほど、これがシューティング……えーと、なんだっけ。まあいいわ。とにかく大げさな名前の由来ってわけね」
いつの間にか、後ろの壁に刺さっていたはずのたくさんナイフは消え去り、ザザンの手の中に一本だけ戻っている。
なるほど、所有者の手に自動的に戻ってくる能力もあるってわけね。
もしかしたら事象を逆転させて最初から本体の方は“投げていないことになっている”のかもしれない。
そのくらいのチートは神の遺物たる聖遺物ならさして珍しくもない。
「その態度がいつまで続くか試して差し上げましょう!」
ザザンがふたたびナイフを放った。
私は真横に走ってナイフをかわす。
一撃、さらにもう一撃。
次々と繰り出されるナイフの雨。
さっきよりも速い。だけど、かわせないほどじゃない。
私が走り抜けた後、壁や床にいくつものナイフが突き刺さり、すぐに消え去っていく。
残るのはナイフがえぐった穴だけ。まるで散弾銃で撃たれたみたいだ。
そしてナイフが消えれば次の攻撃が来る。
……なるほど。
この聖遺物の弱点みたいなものが見えてきた気がする。
おそらく一度投げたナイフは何かに当たらないと手元に戻すことはできないようだ。
そして、分裂する数を増やせば増やすほど消えるのが遅くなり手元に戻すのにも時間がかかる。
つまりは今くらいの本数が絶え間なく攻撃できる限界というわけだ。
「何度やっても無駄よ。多少ナイフが増えたって、避けられないほどじゃない」
「避けられない? 本当にそうでしょうか。ご自分の姿をよーく見てみなさい」
「え……」
言われてあらためて自分の身体を確認してみる。
「ああああああっ!?」
ズボンがあちこち破けてる!
ていうか、切られてる!
「破れたところからチラリする生足がたまんねェ!」
「ヒャッハー! 親分、あんたやっぱ最高だぜェ!」
この変態ども!
ついにリアルで「ヒャッハー!」言いやがった!
「ていうかなんで!? 全部避けたはずなのに!」
「こういうことですよ」
ザザンのもう一方の手には別のナイフがあった。
「あなたが聖遺物での攻撃に気を取られている間に、こちらのナイフでそのズボンを切り裂いたのです」
そう言いながらザザンは果物ナイフよりもさらに小さな刃を指の中で弄ぶ。
すると、小さなナイフが手品のように一本が二本、三本と増えていった。
「私の予想通りあなたはその窮屈なズボンの中に見事に実った太ももとを隠していた」
「だから私の脚が太いみたいな言い方やめて!」
「若い娘の健康的な脚を見れば健康になれる。にも関わらず、それを隠してしまうなんて……これは世界の損失。神への冒涜に他ならない」
「なに言ってんだこの変態紳士。ていうかひとの話を聞け」
「ゆえに! 私が! 生足という名の真実をつまびらかにするのです! そう! 女神に選ばれた“勇者”として!」
「いい加減にしろ!!!!」
思い切り踏み込んだ私の足下から強烈な冷気が迸る。
冷気は一瞬で部屋に広がり、ザザンとその子分たちを凍りつかせた。
「な、なんですかこれは……! まさか、あなたも聖遺物を──」
「これは“魔法”よ」
<霜巨人の足音>
踏み込んだ足を中心に地面を凍らせてしまう魔法だ。
こんな風に氷で覆って相手を動けなくしたり、水を凍らせて水面を歩いたりとあれこれ応用が利く。
私の得意な魔法の一つだ。
「息ができるように首から上はそのままにしといてあげたわ。感謝してよね。まあ、霜焼けとか軽い低体温症とかは覚悟して。あ、それと──」
ザザンの手から聖遺物のナイフを取りあげる。
「これ、もらってくわね。さんざん私の足を太いみたいに言った慰謝料よ」
「待て! 待ちなさい! あなたはいったい何者──」
なにやらわめき続けているザザンを無視して、私は屋敷の奥へと向かった。




