鈍ちんな私
新幹線で暇な時に書きました。暇な時に読んでください。一緒に虚無の時間を過ごそう。
神様がいるなら、その人はきっと性格が悪い。
だってこの私に、こんな辱めを与えるのだから。
「ねぇ、これで何度目?」
教室中に響き渡るその声は、人の前に立つ人特有の、よく通る声をしていた。
「いやあの、はい……」
対して私の声はか細く、聞かせるべき相手にも届いているかどうか。
だがそこは慣れたもので、かき上げられて顕になったその耳でしっかりと聞き取り、ため息を吐いた。
「あのねぇ……苦手教科とかそう言う次元じゃないのよ?これ。なんで小学生レベルの漢字から間違えてるの?ヤバいわよこれ」
そう言ってヒラヒラとB4用紙を掲げる。そこには私の字で幾つもの答案が書かれており、その悉くにレ点がつけられている。
衆人環視の中で、私の無惨な点数が晒されているこの状況。まるで全裸徘徊中にクラスメイトと会ったかのような気まずさと羞恥を感じる。
「ぁの、もう返して……」
「いい?このままだと進級も危ういわよ。ーー死ぬ気で勉強なさい」
「は、はひぃっ!」
裏返った声で返事をし、胸に押しつけられたその用紙を落とさないよう受け取る。人よりも明らかに平らなその胸は、答案を保持してくれることもない。
周囲からクスクスという潜め笑いを浴びながら席につき、膝の間にぎゅっと拳をめり込ませた。
もう死にたい……。でも帰ったら今日も推しの配信がある……。死んだら見れないしどうしたら……。
マイナスをぶっちぎってそのままブラジルまで行きそうな思考は、案の定始まった授業の内容を受け付けず、偏差値の奈落へとずり落ちていく。
そんな彼女を心配そうに見つめる視線にも、もちろん気づかないまま。
「はぁ……」
今日、何度目かわからないため息を吐く。鞄にひっそりと仕舞われた答案用紙は五枚。その何れにも、真っ赤なへの字が逆立ちで踊っている。
「今日は一段と責められてたね」
「ハルカ……うん」
隣に来た、自分よりも倍ぐらい大きな影を見つめ、気のない相槌を打つ。そう、今回に限った話ではないのだ。ああいう吊し上げは。
昔から勉強は大の苦手で、来年には大学受験という時期になった今でも、偏差値は下がる一方。百点が取れたのは小学生の頃までで、中学に上がってからは一気に点数は落ち、そのままズルズルと下降曲線を描き続けている。
「そんなに難しかった?今回のテスト」
「や、なんか記憶なくて……」
前日の推しの配信で夜更かししたからとか言ったら、幻滅されるんだろうか。今更かもしれないが。
「また夜更かししてたんでしょ?隈あったし」
「ば、ばれてーら……」
既に私のメンツなんてなかった。
「というかいつも眠そうじゃん。何してるの?」
「いや、何してるというか、この間はこう、寝かせてくれなかったというか……」
推しが耐久配信やってたせいで寝れなかっただけなのに、何故か意味深なセリフになってしまった。
「なんかえっちぃ言い方」
「いやそうゆんじゃなくてぇ」
にへらと笑いながら揶揄ってくる。嫌味っぽくないのが狡い。
「でも心配は心配よ?進級も危ないらしいじゃん」
「あぁぁぁいやだぁ……。それはいやぁぁぁぁぁ……」
「絶望してるね」
「そりゃ絶望もするよ。留年なんて不良みたいじゃん」
「ひどい偏見だね」
だって事実じゃん。不良って学校サボってばっかで街でドラッグやったりカツアゲしたりしてるんでしょ。そんなんと一緒になりたくない。まだ人でいたい。
「堕ちたくないぃぃぃ」
「なんかネガティブなセリフに関しては饒舌だよね」
「今すっごいディスられた?」
「気のせいだよ」
隣り合って歩くと、伸びる影の長さが全然違って面白い。勿論短い影は私。長い影はハルカだ。
「ハルカは凄いよね」
「そうだね」
「そこは普通謙遜しない?」
「しない」
「あれ私がおかしい?」
しようとしてた話が吹っ飛んだ。なんだっけ。
「あ、着いた。じゃあまたね」
煙に巻かれたのを探し出した私を置いて、そそくさとハルカが行ってしまった。相変わらず動きが速くて反応できない。いや、多分私が鈍ちんなんだ。二乗してにぶにぶちんちんだ。
「あ、私バカだなぁ」
何考えてんだ私。と自分で自分にツッコミを入れる。声には出さず。
私はリュックを背負い直し、家路を急いだ。
私なりに。