第二章 アドリーナ・ラヴォ攻略戦 勝利に向けて
王国軍の急な南下により、混乱が見受けられた四帝国連合軍だが、ラストランの指揮の下、国境に向かった。
本来ならば城塞を拠点として防衛することこそ上策だが、そうするとアルデュアント市の軍港に停泊している大艦隊を見つけられ、海路より攻め込むことがバレてしまうことを危惧した為である。
「ラストラン殿、我が第三軍は本格的に戦闘をしないとのことですが、大丈夫ですか?」
「ああ、抜かりはない。…と言うよりもお主等こそ船旅でへばらぬよう、しかと休んでおけ。」
「それは分かっているのですが…出来れば新米どもにも経験させたいのですよ。」
「…気に入っているのは分かるが、あまり贔屓するのはよしておけ。今回の所属の移動についてでもかなりの無理を通しておるのじゃぞ。」
「それについては頭が上がりませんな。しかし、敵としての大将軍を感じることは、得難い経験でしょう。」
「……お主は出るなよ、ここで暴れられたら、お主等が出港していなくなった時に相手にバレるやも知れん。」
「感謝します。」
ラストランは大きめのため息をわざとらしくすると…
「シャーロック率いる第一軍に伝令。ジャーベラ平野での戦いが予想されるゆえ、先んじてアッデラス丘陵に布陣せよ。そしてレンベルクの第二軍にも伝令。戦の時、正面からのぶつかり合いを任せるゆえ兵の体力等を削らぬようにジャーベラに進軍せよ。」
ボルヌンディアがこれまたわざとらしく咳をすると、
「……第三軍は、目的の上陸作戦に支障をきたさぬ程度の兵を派遣せよ。その際の指揮権は本陣にある。」
「了解しました。」
ボルヌンディアは少し浮かれ気味で自陣に戻っていった。
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「メストルノ閣下、敵が北上を始めました。軍の行軍速度等を見て、ジャーベラ平野で衝突かと。」
「そうか。籠らなかったか…こうなると三ヶ国による王国攻めが現実味を帯びるな…」
七万を越す大軍がいるので要塞等を使わずに防衛することは出来るだろうが、それでも野戦とはリスクが大きく、今までの四帝国連合軍の戦い方からすると随分積極的である。
「もし単独での王国攻めならば時期をずらすなりしてくれると思ったが、積極的な動きを見るに、帝国や公国と決まりごとみたいのをしておるのだろうな。」
同僚の言葉にメストルノは頷きをもって肯定し、気合いを入れ直す。
「ますます勝たねばなるまい。」
「ふん。ワシ等の軍に王都圏に浮いていた者達を再編した十三万の軍勢、優秀な人材が揃い、それをワシ等が率いるのだ、敗北など有り得んわい。ワッハッハッハ。」
こういう時だけは友人の明るさが有難い。そして配下の者に命令を下す。
「全軍ジャーベラ平野に向けて進軍せよ。ただし、ディムセル率いる二万五千は先んじて平野に入り、アッデラス丘陵を我が物とすべし。」
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「閣下ッ、ジャーベラ平野にてシャーロック軍とアドベナント王国軍の戦闘が発生いたしました。」
「して、戦局は如何に?」
「は、シャーロック軍は数では劣るものの、先にアッデラス丘陵に登っていたため、優勢に戦局を進めている模様。」
「…敵の指揮官は分かるか?」
「いえ、しかし、軍の規模、堅実な戦い方等からシャーロック将軍はディムセルと判断しています。」
「そうか、ならばアッデラス丘陵は取れるな。本軍の位置的に奴等がジャーベラ平野に入るのは二日後、レンベルク軍もあと二日もすれば着こう。なれば本格的にぶつかるのは明後日以降…第三軍に告げよ、直ちに本軍はアルデュアント市に向かい指令を待て。少数の部隊はここ本陣指揮下に加わり、ジャーベラ平野での戦いに参加せよ、と。」
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「メストルノ閣下、ディムセルは劣勢とのことです。」
「う~む。仕方有るまい。ディムセルに告げよ、アッデラス丘陵は諦め、アジアス丘に布陣せよ、とな。」
「アジアス丘か…前々から思っとったが、あれは本当に丘なのか?一番高いところでも騎兵の背丈と同じくらいではないか。」
「知らぬ。だが、ハルトレット時代より以前から丘と言われ続けておるそうだ。」
「そうなのか。…だがあそこに布陣させるのはあまり効果が無かろう。」
「時間稼ぎさえすれば良いからな、本当のところ、何処に布陣しようと構わんのだが、場所を指定した方が良かろう。」
「そういうものかの~」
「そうじゃ、お主には初戦のぶつかり合いを任せるので準備しとけぃ。」
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「シャーロック様、敵が下がっていきます。」
「ああ、恐らくアッデラス丘陵は取れぬと判断して、此方を牽制することにしたのだろう。」
「それと、本陣からの封書が届いております。」
シャーロックの部下がおもむろに書を取り出す。それをシャーロックは手に取る。
「……これは…まあ数で大幅に下回る俺等だからこそ仕方有るまいか…」
「シャーロック様?どうかなさいましたか。」
「……此度は厳しい戦になるぞ。覚悟しておけ。」
「…望むところです。」
長年副官としてシャーロックを支える男にはシャーロックが死を覚悟しているように見えた。
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白を基調とした一室に初老の男と四十代に見える男がいた。
二人は四帝国連合発祥の盤上遊戯、アヴァンチェストを指していた。
「此度のアドベナント付近をお主はどうみる。」
チャリオットの駒を前に動かしながら初老の男は問う。
「どうもこうもありませんよ、三ヶ国による連合軍なんて前代未聞ですよ。」
男はチャリオットに攻め込まれた自陣の補強ではなく、チャリオットの出陣で少なからず揺れた敵陣に槍兵を当てることで、相手の動きをたしなめる。
「ほぅ、なぜ三ヶ国と?今は四帝国連合しか動いておらぬ筈じゃが。」
「カラーズリスと公国が我が国への備えを厚くしたからですね。たとえ異端に対しても、神託がおりねば攻撃を掛けない我が国に向けて軍を固めても無駄です。神託は大々的に公表されるため、その時に軍を動かせば十分間に合います。恐らく厚みを持たしたのは、アドベナントに対して「聖皇国戦を始めようとしている」と思わせるため。そして聖皇国からの横槍への牽制でしょう。聖皇国に対しての戦争を仕掛けることも有り得ますが、であるならカラーズリスは仲介時に変に干渉したことに疑問が残ります。三国同盟ではなく、公国との同盟で十分だった筈。」
その後、問答どころか一切の会話なしにアヴァンチェストを指す。
初老の男の陣がチャリオット二つを主軸にした攻勢をかける体勢に、もう一人の男の陣が槍兵中心で左右を、騎士を中核として中央を固めた守勢の体勢になるとようやく口を開く。
「…はたして、アルケナスはどちらに微笑みたもうかな。」
「それは、アルケナス神のみぞ知ることですよ。」
「ふっ、そうじゃな。では戦争にて輝ける武人としてのお主はどう思う。」
「…アドベナントの大将軍と四帝国連合の四将では物が違いすぎます。片方は剣聖等に食らいつけし強者であり、片方は剣聖の遊び相手すら不相応。順当に行けば数でも質でも劣る四帝国連合の敗北でしょう。」
「む~確かに一理あるな。しかして、四帝国連合の総指揮はラストランじゃ。彼の者はアルデュス時代より活躍し続けた稀有なる存在。将としての格でいうならば、ワシ等に次ぐ…いや、同等以上よ。」
「確かにラストランは未だに実力の底の片鱗すら見せておりませぬ。しかし、いかんせん部下が悪いですな。いかにラストランと言えども厳しいでしょう。」
「…そうか。」
男達の間に再び沈黙が流れた。
「ではこれにて。」
扉が閉まる。一人となった老人だが意味深に語る。
「やはりお主は本当の将軍を知らぬなぁ、本当の闘争を知らぬよ。才能だけでここまで登ってきたお主は…素質はあっぱれの一言よ。しかし、お主は地に足がついておらぬ。故にお主は堕ちるのだ。いつかは知らぬがそれまでに気づけるかのぉ?」
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四帝国連合、アドベナント侵攻軍本陣
軍の足が止まり、配給の時間が過ぎ、寝息が聞こえ始めた頃にラストランは本陣から出て、夜空を見上げて、先の第二皇女との謁見を思い出していた。
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「良く来たわね、軍参謀総長ラストラン将軍。」
「は。」
トイアンの懇願からは想像つかない程自信に満ち溢れた言葉を発する皇女に困惑を覚えつつも、話を聞く。
「突然で悪いけど第二皇女としてあなたに命令します。」
…どう考えてもおかしい。たとえ第二皇女と言えども軍参謀総長に対する命令権などない。あまりの心労により乱心したかと思ったが、その毅然とした態度をみるにそうではないらしい。
「いつ、何処と起こるかは不明ですが、次の戦、あなたの参謀総長としての初陣で勝利をおさめなさい。辛勝など許しません、圧倒しなさい。それが命令です。」
「…恐れながら、発言よろしいでしょうか。」
「許可するわ。」
「では、何故いきなり勝利せよ、と申されたのですか。」
「あら、貴方が以前申していたではありませんか、私が何故勝利せぬかと尋ねた際、「自分は勝利できる才があるが、勝利が繋がれなければ意味がない。自分は意味のないことをせぬだけだ。」と。」
「確かにそう申し上げはしましたが、どうその勝利を活かすと言うので?」
「それは私に任せなさい。全力をもってしてあなたの勝利を活かすわ。」
「大変申し上げにくいのですが…一度政争に破れたわし位しか軍との接点がなく、帝位継承争いにて第一皇子、第二皇子や第一皇女の陣営に圧倒されており、まともに人材も集まらず、陣営の存亡さえ危ぶまれる貴方がですか。」
どう活かすのかという野暮なことは言わない。ただ、できるのかと問う。虚栄なのか、それとも本心によるものかと。
「ええ。すぐさま兄上達を追い越して見せますわ。」
淀みなく答える。皇女…ウィリアーノは自信をもって言いきった。
「だからッ、だからこそ将軍に命じますッ。我が国が誇る歴戦の雄たるあなたにッ我が命の下、勝利を獲なさい。栄誉ある勝利をッ。」
ここで頭を縦に振ったならば第二皇女の命令を聞くことになる、ひいては彼女の傘下に入ることを承知することとなる…
しばらく見ぬうちに成長したウィリアーノを見てラストランは充足感を得た。
少し前は、配下の者にすら気を使う軟弱者のお姫様だった。
心優しいと言えば聞こえはいいが、お飾りの皇帝となることが目に見えており、それを積極的に皇帝に推そうとは思えなかった。
しかし、今は違う。もしかしたらこの場だけなのかもしれない。だがそれでも不敵な態度を崩さず、配下の者に心配をかけまいとしている。
アルデュスという怪物を頂いていた時代を知るゆえに、まだまだ物足りなさを感じるが、それでも人の上に、指導者としての力があると見せつけた彼女に改めて問おう。
「一つ問わせて頂く。」
「宜しくてよ。」
「あなたはどのような未来を描いておるか。御身が皇帝になった暁にどのような国にするおつもりか。」
その発言は重圧を放っていた。それだけ真剣なのだ。それに対する答えは…
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「閣下、カルーフェより封書が届いております。それも四花印です。」
「何、四花印だと?」
四花印…国花であるタジアの特徴的な白い四枚の花弁を表した印である。国花をモチーフにしているだけあり、この印に封じられる書は王自身がその場にいない限り、絶対的な権限を持っている。
部下より受け取った四花印の書を見るラストランだかすぐさま怒りを顕にする。
「陛下に勝つ気はないのか?何故サルーテンの若造も止めんのだ。タルヌールの軍での暴走を抑制するのがサルーテンであろうに。」
いかなる戦場でも興奮を表に出さず、普段通りを心掛けているラストランにしては珍しく感情を荒げている。
「今すぐシャーロック、レンベルクに伝令兵を送れ。四花印だと伝えればすぐに来る。」
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「陛下からはなんと?」
シャーロックが少し不機嫌そうに聞く。それもそのはず、自身の軍は名将ディムセルと相対しており、夜戦や日が昇ってすぐの攻勢を警戒しないといけないのに呼び出されたのだ。
さすがに四花印と聞いたら無視するわけもいかないので、少しは折り合いがついているが…
「…シャーロック、お主に一番重要なことじゃ。」
「…」
「シャーロックお主は此度の戦、王命により後方支援の責任者とする。」
「「ッ!?」」
シャーロックはすぐさま疑問を呈する。
「…自慢ではないですが、数で負けている現状、私を欠いて勝てるとは思えませぬ。」
「その通りですラストラン殿。シャーロックは生意気なところもありますが、その実力は確かなものです。いかに王命とて、従えませぬ。この戦負けますぞッ!」
「……負けても良い。」
「…今なんとおっしゃったか?公国等と組んでいる大戦を失敗しても良いと?」
「ラストラン、もしや王に媚びを売るつもりかッ!そうならば、貴様をここで殺してでもーーー」
声を荒げているシャーロックにラストランは四花印の書を投げ渡す。
シャーロックが書を見るとそこには確かに「シャーロックを作戦から外せ、それによって負けた場合は責任は問わない」と記されていた。
それを見たシャーロックは無言で肩を震わすことしか出来なかった。