第二章 アドリーナ・ラヴォ攻略戦 序
アドベナント王国王都にて
威厳溢れる間に多くの人間が集まっていた。皆がそこらの貴族や、金持ちには手が出せぬ程の品物を身に付けている。
唯一座に座る男が口を開いた。四十代位の高身長のイケメンである。頭には煌めく冠を頂き、自身の体躯と合わさり、突出した威厳を醸し出す。
「此度貴様等を呼ぶに至ったは四帝国連合の動向、そして公国とカラーズリスに戦乱の気が見えたからである。…ジャストよ。」
「は、まず四帝国連合の動向ですが我が国との国境、特にアドリーナ・ラヴォ付近に大軍が集結していると報告が入っています。指揮する者は未だ不明ですが、軍の規模から見て四将は確実であり、もしかすると三人が集っている可能性が有ります。」
荘厳な間に動揺が広がる。四帝国連合とは度々小競り合いを起こすため軍が集まるのはそこまで問題ではないが、流石に四将三人が軍を率いるとなると別である。最近は負け続きで陰っているが、それでも彼らは強いのだ。
動揺が広がり収拾がつかなくなりかけたが、座る男から言が発せられる。
「それについて、メストルノ、軍部は如何に考えるか?」
それに対し、筋骨隆々の男が答える。
彼の名は、メストルノ=デ=サロモス。王国が誇る四人の大将軍の一人である。その戦歴は四帝国連合のラストランにこそ劣るものの、大陸全土で見ても長きに渡る。
「は、それについてですが、ラストランが四帝国連合軍参謀総長についたためとの行動と思われます。」
参謀総長…四帝国の軍の最高位は軍帝サルーテン家の当主であり、参謀総長はそれに次ぐ二番目の地位にある。軍令に関しては最高位の立場は軍の配置であったり、戦争の大まかな戦略なりを決める権利を持つ。
そしてラストランはここアドベナント王国ではアルデュスや四将、公国の剣聖、カラーズリスの諸将よりも忌み嫌われる名である。
十年以上前だが四帝国連合の軍勢が王国に攻め込んだ際に、ジャンセン・リーバ、グネヴァ・ビリンシー、ランドール・パールーバと言った三人の上将を討ち取られ、絶対の自信のあったアドリーナ・ラヴォさえもあわや落とされかけていたのだ。そして、それを指揮していたのがラストランだった。
特にジャンセン・リーバやグネヴァ・ビリンシー、ランドール・パールーバと言った三人の上将は大将軍達に並ぶとさえ言われ、大将軍達自身も期待していた逸材だったのだ。
その時の恥辱は皆が憶えており、公の場でその名を口にすることは禁忌とされていた程である。
「恐らく奴は当時攻略しきれなかったアドリーナ・ラヴォのことが心残りであり、参謀総長になった今、再度挑もうとしているのだと思われます。」
「…そうか。して、アドリーナ・ラヴォの守りは如何になっているか?」
「現在アドリーナ・ラヴォには上将四人全員が詰めておりまする。さらには前回の屈辱的侵攻を受けてより、一段と守備を固めており、ジルヴィエ・ラヴォ以北の土地に四帝国連合の軍勢は一歩たりとも踏むことができぬでしょう。」
大将軍の断言により、安堵が広がる。それだけ大将軍という称号は、力を持っていた。
しかしそこである男が疑問を呈する。
「海からの上陸作戦は考えられぬのか大将軍。」
アドベナント王国第二王子、デランダルトその人である。武将として実績をあげている彼は武闘派の筆頭である。
「デランダルト、王がいつ貴様に発言を求めた。余計なことを言うな。」
それを第一王子であるジャストが咎める。ジャストは武に関しては全く知らぬが、政治方面で功績をあげており知論派の筆頭である。
そしてジャストとデランダルトは立場上仲が悪く、この場でも対立をしていた。
「よい、ジャストよ、デランダルトの懸念は当然の事である故に。してメストルノ、如何に?」
「…陛下、海に関して、この身は役に立ちませぬ、それよりは海軍の方に尋ねた方がよろしいかと。」
「そうか。ではシャンネッツよ。」
「は、陛下、恐らくですが、上陸作戦は可能性が低いと思われます。理由といたしましては、王国沿岸に上陸作戦をするとなるとジーヌェット線を越えねばならないためです。輸送船ではジーヌェットの荒波に耐えきれず突破出来ませぬ。もし迂回するとしても、ジューリー島は大きく、一週間以上掛かることは必至、その間マトモな補給もとれないのを加味すると、上陸作戦は行わぬでしょう。」
「うむ、であればメストルノ、我が軍は如何様にすべきか申せ。」
「は、敵の数にもよりますが、恐らくジルヴィエ・ラヴォは突破されぬでしょう。然らばカラーズリス、公国への軍備を崩さず、平然と構えることで他国に付け入る隙を与えぬことが上策。もし、ジルヴィエ・ラヴォが突破されかけても王都周辺の空いている兵を送れば問題有りますまい。」
「ウムウム、では公国とカラーズリスについてだ。ジャストよ。」
「は、カラーズリスと公国がそれぞれ軍の移動を始めています。それぞれが国境の軍を動かし、聖皇国、そして我が国に配備しています。しかし、それぞれの主要な戦力は総じて聖皇国方面に向けられており、剣聖や黒槍であったりも総じて聖皇国に向けられております。恐らくですが先日の同盟の際に合同で聖皇国を攻める密約でも交わしたのでしょう。」
そこからはしばらく会議が行われていた。余り配備する軍を増やしすぎても、両国の矛先が変わる可能性があり慎重な判断を必要とするからである。
その際中に、ある説が浮かんだ。
「もしかして二国の動きは陽動ではないか?今聖皇国に攻めいることは、眠りについている猛獣を叩き起こすことと同義だ。其方は囮で三ヶ国で我が国を狙っているのでは?」
という考えである。
この考えは有り得ないと一蹴されたが、よくよく考えるとカラーズリスからしてみれば、目の敵にしている聖皇国との戦のために後顧の憂いをなくしておきたい筈なのだ。
一度不安が出てくるとそれを押さえることは不可能であり、多くのものがソワソワし始めた。
「メストルノッ!もし、もしだが三ヶ国で攻められた場合お主等は防げるのか?」
「……厳しいですな。防衛側と考えれば数の不利はそこまでの脅威ではありませんが、黒槍であったり、剣聖であったりという手練れの将軍が三ヶ国には多くおりまする。恐らくですがアドリーナ・ラヴォで四帝国を押さえ、ワシ等がカラーズリス、公国の備えについたとしても東部と北部は大幅に削り取られるでしょう。最悪の場合、遷都も考えねばならぬかと思われます。」
「そ、そこまでか……メストルノ、それを防ぐことは出来ぬのか?」
その問いには流石のメストルノと言えどすぐには答えを見出だせない。
暫くした後
「…各個撃破しか有りませぬ。三ヶ国の内、一つでも先に叩き、しばらくの行動を起こせなくしたのなら、残りの二ヶ国に戦力を固めて、対抗し得ます。」
「もし、それをするとして、何処を攻めるべきか?」
「四帝国連合しか有りますまい。カラーズリスはあまりに量が多く、明確な勝利が掴めず、公国はそもそも勝ち得ませんので必然的にそうなるかと。」
「…四帝国をどうすれば封じられる。」
「……それは」
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「ラストラン閣下、シャーロック閣下、レンベルク閣下大変です。アドベナント王国軍が此方に向かって進行しております。その数は十万を超すとのことです。」
「なんだと…それは本当か?」
あまりの出来事に虚報であると思っていたシャーロックは伝令兵に尋ねるが、その後も似たような情報を持った伝令兵が幾人も来たため、信じるしかなかった。
「これは不味いな…此方はまだ戦力が集結しきっておらぬ。このままではこの大戦が不発に終わることとなるぞ…」
そしてさらに伝令兵が来る。
「敵の指揮官の名がわかりました。」
「誰かッ?」
「ディムセル上将、カッセン上将、ウィリアム上将、ジャルアット上将の四人と、メストルノ=デ=サロモス、ドーラスト・ビンドックの大将軍二名ですッ」
「何ッ!?」
波乱の開幕を迎えたアドリーナ・ラヴォ攻略戦だがどうなるのであろうか?