間章 帝国の影
小国連合軍戦後…
論功式が終わり、日が暮れた頃…
エディンヒール城の一室にて
「陛下、あまりにもびいきが過ぎるのではないかと、アルメア公爵家が不満をあらわにしているとのことです。それに続く家も多数です。」
「どこら辺の者達か?」
「大半が南部のアルメア公爵家の紐付きの家、ほんの一部ですが西部の、アジアルズ地方の小領主達です。」
「ふん、どうせアルメア公爵家が操っているのだろう。南部はアルメア公爵家の本家や領地があるため多大な影響力を持っており、アジアルズは公爵家に嫁いだシャンリーの生家の影響下…ゴミどもが鬱陶しい……アルメアの倅に気を遣ったと考えれんものか。」
「恐らくですが、平民であるライカルなる者を一緒に昇進させたのが許せないのでしょう。ラストランを貶めたように、奴らには選民意識が根強くこびりついていますからなぁ。」
アウグストは少し考える様子を見せると…
「…例の計画は進んでいるか?先代には申し訳ないが、奴の教育の失敗よ。」
「……軍帝家、交帝家、経帝家の三帝家の協力が得られればすぐにでも。」
「軍帝家か…帝家の負債の象徴ではないか…先祖の方々も自由に振る舞うのは良いのだが、その後片付けを残さないでいただきたいものだ。」
「…交帝家、経帝家の協力は得ることが可能ですが、軍帝家が動かせません。幾度か赴いているのですが、話し合いになりません。礼節を持ってもてなしてはくださいますが、交渉に入らせて貰えません。」
宰相は苦虫を噛み潰したような表情をつくり、それを見たアウグストは愉悦に浸っていた。
しばらく笑っていたら、見かねた宰相が口を開いた。
「…恐らく今回、小国連合戦でこちらに申し出を出したにも関わらず、他二家の動きを黙認したのが一番大きいでしょう。」
「…北部に援軍を出せ、代わりに例の計画に協力する。だったな、今となってはそれに乗った方が良かったな。」
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数ヶ月程前、サルーテン家にて
「北部より報告です。トウールフォン、カンドス、ヤルーザスの3ヶ国が侵攻を開始したと。さらに数は十万を軽く越える陣容であるとも。」
部下からの報告を受けたサルーテン家…俗に言う軍帝家の若き当主は、報告にかなりの衝撃を受けていた。
「そ、それは本当か?」
「はい。同様の情報が複数の筋より上がってきております故に、本当であると思われます。」
「…」
彼はまだ若く、経験も無く、今回のようなことに対応するには力不足であると彼自身分かっていたが、当主たりえるだけの能力は持っていた。
少しでも北部の混乱を押さえるためにまずは援軍を編成しようとした。
編成を考えてから実行するのにタルヌール家…帝家からの許可がいるために、出来る限りの効率で彼は編成を考えた。
それは、おおよそ問題が起こるとは思えない南部と東部の国軍を援軍の主体とするため、それによる悪影響は限りなく少ないものだった筈である。
許可さえ降りれば二週間で事を運べる。帝国は初動さえしっかりすれば大抵の事では揺るがない。
裏を返せば、初動が遅れたならば、動きの遅い四帝国が甚大な被害を受けるということ、それだけは防ごうとした。
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サルーテン…タルヌール家やレストラス家、ラルトラス家と共に四帝国連合を興した四帝家の一つである。
過去に斜陽の帝国達が存在した。もともとは大国として大陸南東部に覇を唱えていた国々も、過ぎ去っていった過去に比べ随分矮小なものとなっていた。
治世の失敗による反乱。
人材の枯渇による大敗北。
軍備に力を注ぎすぎたが故に生まれた不健全な国。
内政だけに注力してしまったが故にカモとなった国。
長々と連なってきた歴史はミスの積み重ねである。
一つ一つは大国だった頃にとっては気にもしないようなであっても、数世代に渡り積み重なったなら、それは最大の敵と成る。
誰かが膿を除去しなければいけなかった…でもしなかった。
そのツケが大国を矮小な帝国へと変貌させた。
しかし、そのように緩やかに…だが確実に、終焉にいたろうとしていた国々はまたもや覇を唱えることとなる。
その頃から大国として君臨していた聖皇国、公国の源流であるハルトレット連合や、王国等は老人の最後の悪足掻きと、嗤っていたが、その悪足掻きが世界をより怪奇に、より面白くした。
ときに英雄や名君達が集う時代がある。その時代は後に多くの負や革新をもたらす。
そして最初の英雄時代を彼らは生きた。
それぞれが一廉の人物であった。
軍を率いた英雄王。
反乱を治めた人格者たる王。
ときに非道を、ときに王道を、ときに覇道を、人々からは理解されない道を歩んだ孤高の王。
国を立て直し、ときに頭を下げることを厭わなかった道化の王。
彼らは手を取り合った。今までの対立より、未来の繁栄を…
それぞれが未来を見据えることができる者達だったからこそ興った奇跡の国。
それぞれの得意、不得意が絶妙に噛み合ったからこそ、彼の国は大地に産まれた。
王達は誓った。
「すべての民草に安定を」
「すべての外敵に制裁を」
「国土全てに溢れる財を」
「天に響き渡る大帝国を」
今の四帝家はその意思を継いでいた。
タルヌールは治世によって国を強大たらんと。
レストラスは貿易によって国を豊かたらんと。
ラルトラスは外交によって国を安定させんと。
サルーテンは軍備によって国を向上させんと。
若きサルーテンの当主もその意思を継いでいた。
しかし、彼の国も同じ轍を踏んでしまった…
長きに渡る帝国の成長は、同時に害虫を育んだ。帝国の成長が長きに渡って続いたからこそ、害虫は際限なく大きくなった。
宿主を侵すほどに…
数十年前、レストラス、ラルトラスの二家と、サルーテン家の仲が険悪となった原因こそ害虫である。
タルヌールの当主…四帝国連合の皇帝にアルデュスが即位する前、レストラス、ラルトラス、サルーテンは協力し合い、皇帝と並ぶ程の権勢を誇っていた。俗に言う三・一体制時代である。
しかし、三家はタルヌール家との対立を起こさなかった。
それぞれの領分についてでは争うことがあったが、現状以上の権力を求めなかった。
タルヌールが正しいことを言ったならそれを後押しし、間違っていたなら対立ではなく、改善策を用いて国政を正した。
そんな中、代々暗愚を輩出してきたアルメア公爵家に更なる欲望が生まれた。
時の皇帝に多額の賄賂を、時に三家に誤情報を流し、他国に帝国の情報を流し、帝国連合を滅茶苦茶にした。
タルヌール家の配下だから、と言って国内でタルヌールの名を出して不正な利益をあげる。
小国が進んで併合を申し出たことで公爵の地位を手にしたアルメアだが、元は王族。上に誰かが立つことに慣れていなかった。
「自分達こそ王で在るべき」
それを信じて疑わなかった。
コイツらが何を言っているのかほとんどの者は理解できない筈だ。
自分達より四帝国の方が圧倒的に上だったからこそ、下った筈なのに自分達の方が上だと?ふざけている。
客観的に見ればこうなるのに、彼らには…
自分達の世話をさせてやっているという認識らしい。
阿呆もここまで来れば大したものである。
彼らはついに四帝家の一つに成り代わろうと企んだ。
サルーテンとズブズブの関係をしているように見せ、レストラス等に不和を持たせることで少しずつ距離を取らせた。
本来ならばそこまで不和が出る筈がなかったが、タルヌール家を騙し、サルーテン家が悪であると皇帝が思うようにさせていたのだ。
その不和はアルデュスの登場にて一時的に解消されていたのだが、サルーテンの無実が晴れてしまった…
サルーテンは今までの分、声を大にして三家の誹謗を言い、アルメアを徹底的に追い込んだ…これがいけなかった。
自分達に非があるのは分かっているが、大々的にやり返されたら流石に憤りを感じてしまうものだ。
そこからは現在に至るまでの対立状態となった。
故に…
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サルーテン家
「な、増援は公国方面だと…どう言うことだ、タルヌールの当主は何を考えているんだ。」
タルヌールからの返答は
『現在侵攻を受けているシュトッス市、ラスカス市等は深刻な被害を受けているとは言い難く、公国の再侵攻の脅威をおしてまで増援を組織する程ではない。増援は公国方面に展開している第一軍、第二軍の連合軍に向けてのものとする。』
そこからは打つ手がなかった。足掻こうにもタルヌールが決めてしまっており、これを覆すにはレストラス、ラルトラスと協力しなければ不可能であるが、それはできなかった。
かなり心苦しかったが、幸いなことに小国地帯方面にたいしては、四帝国連合軍最長の戦歴を持つラストランである。
勝率は低いがそれでも被害は四帝国連合軍最小という守戦にはもってこいの武将であった。
彼に任せることしかサルーテン家の若き当主はできなかった
実際それは大成功であったので良かったのだが…
ラストランからサルーテンへの不信感が募ってしまった。
この出来事はサルーテンの若き当主にある決意を持たせることになる。
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エディンヒール城
「アルメアを徹底的に潰すのにはアルメアより劣る部分があっては駄目だ。シャーロックが軍方面、サレバースが内政方面、テリアノが外交方面…それぞれは分家の出で本家のようなひねくれておらぬ。優秀で地位も人望もあるが、本家を潰すためには彼らには堕ちて貰わなくてはいけない。それをするには各方面を司るサルーテン、レストラス、ラルトラスの協力が必要であるが…」
「それをするには、サルーテンとの不和が痛すぎます。」
「その通りだ。しかし、サルーテンを含める帝国四家はそれぞれアルメアを潰したいと考えておるのだ。実際そのためには関係改善を急ぐと二家は言っておるが…いかんせんサルーテンが意固地になってしまっている。まあ…今までの事を考えたら離反していないだけマシというものか…」
「そうですな、軍部へ責任を押し付けたり、管轄を奪ったりと、いろいろしてこられましたからな。アルデュス様が現れなかったらと思うと、ゾッとしますな。」
「しょうがあるまい。ベリアースを使者に立てよう。」
「な、ベリアース様ですか。」
「ああ、あやつは先代四将じゃ。あやつのことはサルーテンと言えども無視できぬ筈だ。」
「それはそうですが、ベリアース様はジュトレ事件から政に関しては関わろうとはしておりません。説得は厳しいと思われますが…」
「…では、ではラストランはどうだ。あやつも爺さんの下で活躍してきたのだ、話しは聞くだろう。」
「ラストラン将軍は政治に不必要に肩入れすることはないと宣言しておりましたが…」
「これは必要な肩入れであろう。ともかくアルメアを潰す。例え国が荒れようとも害虫を駆除せねばならん。ラストランの説得は頼んだぞ。」
「…分かりました。少々遅いですが今ならカルーフェの邸宅にいるはず。急ぎ説得して参ります。」
「吉報しか聞かんぞ。」
宰相は其の言葉を聞くと、すぐさま行動を開始した。