第一章新たな戦いその16
カルーフェにて~
「陛下、小国地帯方面軍より報告が入りましたのでお伝えします。」
眼鏡をした白髪の男が、装飾が施された扉を静かに開き、言を発した。
のだが…
「お、お主………」
扉の先には…裸の主とこれまた裸の美女がいた。
男は瞬時に状況を理解し言葉を続ける。
「陛下、お戯れもよろしいですが少し御時間をいただきたく。」
「わ、わかった。申せ。」
渋々納得したのだが、
「やっと雰囲気出てきたのに…」
と要らぬことを言ってしまった。
「…陛下、お言葉ですが、三十年ほど前の事を忘れてしまわれたようですね。陛下が婚約者のいたオストロイ家の令嬢に手を出そうとして、御父上に大変な迷惑をかけてしまったことを。」
「しかしだな、」
「それと、其方の方ですが、エディンヒール城への入場許可が出ていない筈ですが…」
「もう良いだろう。何か用件があってきたのだろう。早く申せ。」
「話を逸らさないでいただきたいのですが…小国連合軍に攻めいられた北部からですが、先程、ラストラン将軍率いる我が軍が勝利したとのことです。被害であったりは分かりませんが、双璧の一人レステュスとカンドス王国軍最強と名高いセントールを討ち取り、さらには軍神エルゲリン・ファーラントを捕えたことが伝わってきました。」
「なんだと、それは真か?我が軍の大勝利ではないか。多少土地が荒れたやもしれぬが、それを加味しても尚大きいぞ、これは…」
「其の通りです。公国が攻めてきたので一時はどうなることかと心配しましたが、ラストラン将軍が公国の進攻を受け、3日で事を片付けたのが幸いでしたな。」
「ラストランか…」
「如何致しましたか?」
「いやー、あやつは確かアルメアと確執があった筈だろう。アルメアのシャーロックが負けて、ラストランが勝ったとなるとな、なんと言うか、わかるであろう。」
「確かにアルメアは荒れそうですな。何しろあの家は勝手に他国に通じていたり、有能な者をでっち上げで左遷したり、越権行為等をしてきましたからな。それも陛下の名を出して…恐らくアルメアに恨みがあるもの、不満を抱えていた家等は、この際離れていくでしょうしな。権力を維持するために荒れますな。」
「先代はお爺さんの友人で俺の事をちゃんと支えてくれていたのに、代が変われば、俺に恩をかえせと堂々と言い放ち、好き勝手…」
「今回の件を受けて奴ら、ラストランを貶めろと言い出しかねません。私も動きますが、くれぐれも奴らに加担しないで下さい。」
「わかった。」
「……なあ、そろそろ楽しみたいのだ。退室してくれんか…」
「…わかりました。遊び過ぎぬようお願いいたします。」
「うむ。」
白髪の男が退室しようとした時、全裸の男がふと思い出したように、口を開いた。
「そうだ宰相。論功式をできるだけ速く進めるぞ。何があってもアルメアの横槍を入れさせるな。多少無理やりで構わん。」
「分かりました。…ラストランの事ですが、第二皇女様の後ろ楯に戻してみては如何でしょう。アルメアの妨害により、第二皇女様の勢力から離れることになりましたが、今ならばシャーロックの敗北、ラストランの大功等の要素がありますので、可能です。」
「そうだな…しかし、此方から働き掛けようものなら、次代の皇帝にウィリアーノを据えようとしていると捉えられる。それにウィリアーノ自身が人材を獲得してこそだ。他の者たちにもそうさせておるのだから特別扱い等できぬよ。………少しばかりはお前の独断として手助けせよ。今回は此方にも責がある故な」
「成長なさいましたな。」
「うるさいわッ」
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一ヶ月後~~
「閣下、カルーフェより伝令が来ました。」
「大方の予想はつくが、王城からはなんと言われた?」
「は、一ヶ月後にエディンヒールにて論功式を執り行う為、功績を立てた、ラストラン将軍、カーセン・クラウスト軍団長、ジョン・ジャックソン軍団長、特殊士官7名は、エディンヒール城に登城せよとのことです。」
「…公国軍に対して戦力を落とすことは厳しいものがあるのだが…しょうがあるまい。カーセンとジョンには急ぎ伝令を届けよ、特殊士官に対しては、本陣に呼び出せ。」
「了解いたしました。」
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「失礼いたします。」
「七人揃ったな。では早速だが本題に入る。カルーフェよりエディンヒール城にて、此度の戦で戦功を立てた者達の論功式が執り行われる。お主らにも声が掛かっとるため、今のうちに準備しておけ。」
「閣下、本当に我々全員が呼ばれたのでしょうか?」
いきなりの連絡にしどろもどろになっていたが、気を取り直し、レーズリーが疑問を口にした。
「本当じゃ。王印のついたものは、相応の立場がなければ見せれぬ故、諦めて貰うが、確かに7名全員の名が記されておった。」
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「いやはや、早くも論功式に呼ばれることとなるとは。これは益々精進せねばなるまい。」
「バルディアはともかく、我々もか…」
さしたる功績もなく呼ばれるのだから、プライドの高いレーズリー等は、乗り気ではないようだ。
その後も会話は続いた…
「~~~~~~~~~~~~~」
「~~~~~~~~」
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エディンヒール城のとある一室にて
「ウィリアーノ様、少し小耳に挟みたいことが…」
「どうかしたの?」
「現在我々は、有力な後ろ楯が居らず、陣営の維持すら危うい状況です。」
「そうね、ヴィリアンお兄様の陣営のアルメア公爵家の妨害のせいで軍部の後ろ楯も無くなって、本当に何も出来なくなったものね…」
「その通りですが、現在、軍の方でシャーロック・アルメアが大将をつとめた戦いで敗北した事と、貶めたラストラン将軍の大勝が重なり、少なからずアルメア公爵家、ヴィリアン皇子陣営が揺れております。」
「でも、お兄様の陣営の主要な者達は残ったままよ…影響力が減ったとはいえ、重要なところは押さえたまま…それに、他の者達が動かないわけ無いわ。」
「おっしゃる通りです。しかし、ラストラン将軍ならば、再び後ろ楯となって頂けるやもしれませぬ。さらに、副官のカーセン・クラウスト様は、クラウスト伯爵家現当主。ウィリアーノ様の曾祖父であらせられる先先代の皇帝、アルデュス陛下の時代にて名を上げたアルデュス勇士五家の一つを味方につけることができます。」
「…いつもアルデュス様が出てくるわね…」
「仕方ありません。アルデュス陛下の治世では、戦争においてはラストラン将軍、先代四将達、勇士五家が常に大勝を飾り、国内においては優れた者達が相応の地位につき、陛下を支えて、国の繁栄を成されたのです。恐らくは、四帝国連合の初代皇帝、初代三帝家に次ぐ名君でしたでしょう。」
「……そうね、いつまでも手をこまねいては駄目ね。いつも支えてくれて感謝するわ。今はヴィリアンお兄様、リィッツェルお兄様、ヴェリレーヌお姉様の陣営が、拮抗状態…ここで四番を取りに行くわよ。」
「分かりました。私からラストラン将軍に呼び掛けておきますので、説得の方は、お願い致します。」
「分かったわ。お願いね。」
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一ヶ月後
エディンヒール城の大広間、謁見の間に大勢の貴族、武官等が集結していた。
「これより、此度の対小国連合との戦において戦功を上げた者達の論功式を執り行う。まずは戦功を上げた者達に対し、陛下からの御言葉である。」
空気が静まる。
「此度は、よくぞ侵略者どもを撃退した。小国地帯の国々には長年苦しめられておった。今回の勝利により、奴らの力を大きく削ることができた。改めて言うが、此度の勝利は誠に大きい、よくやってくれた。……」
皇帝が言葉を終えると、続いて、功を上げた者達の表彰が始まった。
「此度の戦にて、その知略により敵の侵攻を押さえ、さらには四将の一人、ボルヌンディアを始め、数々の将を苦しめてきたカンドス王国の雄、双璧の一人であるレステュスを自らの手で成敗した。その功は、此度の戦にて、最大級であることは疑いようもない。…ラストラン将軍、前へ。」
まずは、総大将を努めたラストランが名を呼ばれた。
長らく表舞台での活躍が無かったが、やはり四帝国軍の中で最長の戦歴を持つだけはある。大臣であったり、帝位継承権を持つ者達の視線を受けながらも、堂々たる立ち振舞いを崩さない。しっかりと足を踏み出し、前へ進む。…しばし進み皇帝の前に膝をつく。
並みの者では、その当たり前の動作すら、ぎこちないものとなってしまう。何か粗相をしてしまわないかと、不安を感じて、かえって粗相を起こす。
当たり前の動作ができるだけで、その者が確かな精神を持つことの証明となる。
皇帝アウグストは膝をつくラストランを確認し、言を発する。
「ラストランよ、お主の武功は余の治世の中で現在最高級の者である。お主の勝利により我が国は更なる栄華を手にすることができる。今までの功績、今回の功績を鑑みて…ラストラン、お主に今まで空席であった四帝国軍参謀総長に、任命する。さらに報酬として、金を500、宝物20点を授ける。好きに使うが良い。」
皇帝の発言が終わると、謁見の間に拍手が広がった。
(なんだと、参謀総長の席をラストランに?!)
(くッ、先を越された。)
(どうにかして、陣営に)
内心は各々荒れているだろうが、こんなところでボロを出す愚か者は淘汰されてきたため居なかった。
暫くすると次に移った。
「此度の戦の初戦、ラスカス付近におけるカンドス王国の、「双璧」が率いる軍と戦い、これに勝利し、さらに連合軍と我が軍との決戦においては連合軍を追撃し、連合軍の士気をとっていたエルゲリン・ファーラントを捕虜にするという功績をおさめた。…カーセン・クラウスト伯爵、前に。」
名を呼ばれたカーセン・クラウスト伯爵はこれまた堂々と歩んだ。
そして、ラストランと同じように膝をつく。
アウグストもまた労をねぎらい、領地の加増と、金100、宝物10を言い渡す。
ジョン・ジャックソンも、貴族位を男爵から子爵へと昇爵、領地の加増、金100と、宝物5を言い渡される。
その後、その他の士官の表彰が続き、特殊士官の番となる。
「特殊士官全員、前に出よ。」
特殊士官達は緊張によって少し、しどろもどろしていたが、前に出て膝をつく。
「特殊士官達は初戦でありながらも、協力して双璧の一人であるレステュスを少しながらも足止めた。中にはレステュスと槍を交わした者もいると言う。これをもって今回の戦に参加した特殊士官7名を正式に軍人とし、さらに率いる兵の数を300にするものとする。」
これには、大貴族とされる者達も驚いた。初戦で大きな功績をたてずしての昇格である。あまりにもびいきが過ぎるのではないかと内心思っていることであろう。
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かなりの変化を呼んだこの戦は終結したものの、この期に乗じて攻めてきた公国との戦いの長期化、小国連合が敗北した分を少しでも取り返そうと将がいない北部に再侵攻を始める等、戦争は続き、四帝国連合の一年は戦が大半を占めてしまった。
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<ラストラン視点>
論功式が終わり、暫くして
エディンヒール城の付近にある自身の邸宅で休んでいると、
建物にノッカーの音が響いた。
突然の来訪者である。
予定もないはずなので、出なくても良いのだが、執事長に確認させた。
もしかしたら何か重要な事かもしれないからである。
(まあ、重要ならば専門の者達が決まったノックをするはずだが…恐らくイタズラかのぉ)
少しすると、家令がラストランを呼びに来た。そして来訪者の名前を告げると、
「それは真か。」
ラストランの顔に驚きが出ていた。
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次の日
「ラストラン将軍、少しお時間宜しいでしょうか?」
ラストランが諸事情により、エディンヒール城に登城した帰り、廊下を歩いていると、突然話し掛けられた。
話し掛けた男は髪に白髪が交じり始めており、高齢であることが窺える。
ラストランはその老人の名を知っていた。
「なんじゃ、トイアン殿。皇女のお世話は大丈夫なのか。」
トイアン…本名はトイアン・デリオン。四帝国連合帝都でも名の知れた従者を育むことを生業にした一族の出である。
先代皇帝の際にはエディンヒール城の筆頭執事にまで上り詰めた程の能を持ち、動きの良さ、気配り等、様々なものを兼ね備えているため、他国の者や、公爵家から引き抜き工作を考えられることもしばしばある。
現在は、第二皇女ウィリアーノの執事兼補佐官を務める。
弱小であるウィリアーノ陣営が小さくても存在できている理由は彼がいることに他ならない。
もともとウィリアーノ陣営であり、昔から活躍してきたラストランとは旧知の仲である。
「今日はその皇女様についてです。」
「ふん、どうせウィリアーノ陣営に入れ、やそれに類似するものであろう。」
「いえ、今日はウィリアーノ様よりラストラン将軍へ、面会していただきたいとの事です。」
ラストランは少しの興味を持った。
「ということは…皇女殿下がワシを口説くということですかな?ワッハッハ」
冗談で皇女自らが己を口説くと発言したものの、トイアンの真剣な表情を見るに、自分の冗談が本当のように思えてしまう…
「…ラストラン将軍、アルメア公爵家との政争の際、此方が一方的に追い出した身であり、さらには、また陣営に入れと言う、恥知らずな行動をしている自覚はあります…しかし、しかし我々はこの継承争いにおいて、負けるわけにはいかないのです。…お願い致します。」
「ふん、良かろう。皇女様と会ってやろうではないか。」