第一章新たな戦いその14
連合軍の歩兵は現在窮地に陥っていた。現在全軍が北西方向に撤退しており、ハトランテに向かっていた。
騎馬は少々犠牲を出しながらもその速力を生かして窮地を脱していた。まあ、あまりの無茶苦茶な撤退により危機から逃れたというのに脱落するものが多く出てしまっていたのだが、追撃されていないにも関わらず、もしかしたらという恐怖から正常な判断が彼等にできなくなってしまった為にしょうがないことだろう。
ラストランは勝手に自滅する騎馬を放って置いてエルゲリン率いる歩兵軍に注力した。
背後や側面より鉄騎兵や通常騎兵が突っ込んで来るのだ。殿の軍は、一瞬で壊滅させられており、本軍にも無視できない被害があった。
はっきり言えることがある。大半の者は理解ができず、辛うじて秩序を保っていた士官たちは感じていたであろうが、この場の勝敗はもう覆せないところまで堕ちたのだと。
恐らく、彼等は全滅してしまうだろう。
「将軍、ハァハァ見えましたぞ。」
だが、ラストランが忘れていたものがある。
普通に考えたら忘れていて然るべしと言われるであろう。何故なら、彼等は戦える筈がなかった。
それでも彼等は駆けた。
そして追い付いた。
「ラストラン閣下、東の森より騎馬隊が現れました。装備から見てカンドス騎兵と思われます。」
「何だと、今回のカンドス王国軍は現在北方にてカーセン軍と相対している筈だがのぉ。それに、まともに戦える兵など一万も居らんであろうに、なぜ貴重な騎馬戦力をこちらに…理解に苦しむな…」
ラストランは彼等はエルゲリンに対する救援だと捉えた。しかし、当のエルゲリンは居らず、少なくとも騎馬隊に混乱が見られていいはずであるのに惑うことなく本陣に向かってくる兵を見て少しの疑問を持った。
「往くぞッ狙うは敵の大将首のみ!ラストランのみだ!」
その騎馬隊の指揮官は「双璧」レステュスであった。その鼓舞を聞いた瞬間ラストランは確信した。
笑わずにはいられなかった。
「クハハハそうか、ハハ、そうかわしの首かぁ」
彼等は圧倒的劣勢の中、大将首をとって大逆転を夢見ているのだ。なんとも古風な男たちだろう。
「閣下、如何致しますか?」
「敵はどの程度かの?」
「レステュスを筆頭にだいたい百騎前後です。それも森を全速力で駆けたのか枝が馬に刺さったりとボロボロです。」
「そうか、では若僧どもに相手をさせよ。確か七百はいたであろう。育成がてら役に立ってもらわんと割に合わぬわ。」
「しかし、閣下。彼等はまだ若いです。助力しなければ…」
「甘ったれるでない。ワシ等の時代は何も言われずとも行動しとった。」
~ライカル視点~
「隊長ど、どうします?」
「そ、そりゃあ…そりゃあ―……………」
「分かりやした。ソウイウコトデスネ」
「ごめんね、何をしたらいいのか…」
ラストランからの指令が来たのは良かったものの、何を思ったのか、新米だけで対処を講じねばならない為に、考えていたのだが、いかんせん経験のなさはどうしようもなく…
そこに蹄の音と共に救世主が!
「何をしているライカルッ。何故こんなところで惑っているのだ?」
「イヤー何をしたらいいか分かんなくて。アハハ」
「……」
「いや、僕も精一杯やろうとしたんだけど。」
「ともかく、歩兵を本陣との間に移動させろ。相手が歩兵とやっている間に騎兵で敵を削ぐ。」
「流石レーズリー頼りになるな。」
「貴様の頭が働いていないだけだ愚か者。」
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ラストラン本陣 レステュス隊
⬛ ◾ ◇
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特殊士官連隊の中央部を指揮するのはバルディア、ジルク、ライカルと後の二人であった。
そして騎馬隊を率いるのは北側がシャルル、南側がレーズリーである。
戦力比は6:1、さらに相手はすでに満身創痍。如何にレステュスが強かろうとも、負ける筈が無い、特殊士官は皆がそう思った。
しかし…
「隊長、敵騎兵接触します。」
初の実戦ということもあり、狂乱に近いが士気も高く、装備も勝る。練度、指揮官に多少の不安があれど、大したことにはならない、と思っていた特殊士官の慢心がへし折られる…
「た、隊長、戦線が粉砕されています…」
ライカルはありし日の事を思い出した。レステュスはかの男に及ばずとも、同じように経験を積んできていた。それがそのままこの戦場に現れた。
(どういうことなんだ…何であんなボロボロなのに僕たちの兵士が粉砕できる…何で絶望的な戦力差が有るのに兵士がレステュスの背を追えるんだ…意味が分からない。あの時もそうだった、今だから分かるけど、剣聖の部下も圧倒的な兵力差が有ったのに、迷い無くついていった……こんな理不尽有ってたまるか…)
「ライカルッお前の所の騎馬と、俺の騎馬を主力とした騎馬隊であれに挑む。お前と俺のところの騎馬は、一応に備えて持ってかれなかったから行ける筈だ。」
どういう思考回路をしているのだろう、あれに挑むなんて正気の沙汰じゃない。
ライカルの思考の大半はバルディアの言ってることに賛同しなかった。
だが、ほんの一部、成長するごとに希薄になり、本来ならばとうに消えていたであろう感情が彼には残っていた。
憧れである。
それも、少年達が物語の主人公に憧れたようなとびきり純粋な物…
「わかった。」
それが少年を動かした。
少しの間があったが、その声に迷いは無かった。その声を聴くとバルディアは少しの驚きを見せたが、すぐさま動いた。
「ジルクに歩兵は任せている。とにかく俺らはあれだけに集中するぞ。」
「うん。」
その頃のレーズリー、シャルル
「くそッあいつら、歩兵集団とぶつかった筈なのに、全く足が落ちない。どうなっているんだ!」
「無駄口叩かないで、このままじゃ突破も時間の問題よ。」
彼らはレステュス隊の背後をとったは良いものの、追い付けないでいた。この作戦は歩兵部隊が少しでもレステュス相手に時間を稼がねば話にならない。
それなのに相手はまるで障害などないかのように突き進んでいる。
彼等には、経験が圧倒的に足りていなかった。少しでも経験があれば。死に物狂いの敵の脅威を知っていて、まともに抵抗できた筈だったが、悲しいことに彼らは初戦だった。
レーズリー達が諦めかけていた頃、前方で突如雄叫びが上がりすぐさま、衝突音が聞こえた。そして少しだが、レステュス隊の足が落ちた…
「往くぞ」
「分かってる」
彼等はこの機会を無駄にしまいとすぐに突撃を開始した。
ライカル視点~
「うおおおぉぉーー!」
雄叫びをあげるとバルディアが自慢の大槍を構えてレステュスに突っ込んでいった。
今まで足を止めなかったレステュスはバルディアによって、この戦場で初めて足を止めた。そして自分を止めた若者に興味を持った。
(どうやら、四帝国にも有能株がいたようだな。しかし、今回は叩き潰させて貰う。)
バルディアは薙いだり、突いたり、とにかく攻めていた。此方に注意していなかったのもあるが国の武の代表格であるレステュスを止めるだけの力があるため、その槍は確かに四将に認められるものであった。
しかし、将軍として名が知れ渡ったレステュスに届くものでは無かった。
同じ槍使いなのに、速さ、威力、精確さ、全てが足下にも及ばない…
おそらく手加減されている。確証が有るわけではないが、バルディアはそう感じた。相手は自分を敵として認めて貰えていないと知り、世界を少しばかりだが知った。
少しすると、バルディアが対応できなくなり、傷を負い始めた。それでもバルディアは粘ったが、レステュスから本気ではないものの、殺すつもりでの槍が放たれた。
誰もが、バルディアの死を予感した。
………
……
しかし、金属同士の衝突音が響いただけで、死は訪れなかった。
バルディアに迫る槍を逸らす若者がいたのだ。
ライカルであった。
ライカルはバルディアが一方的にやられている時に助けるだけの勇気がなかった。力が足りない、自分が行ったところでというような負の考えが浮かんでいた。
しかし、それでも友人を救いたかった…見殺しにできるほどの強靭な心を持ち合わせていなかった。
ギリギリだった…逸らすことはできたが、完全ではなくライカルの横腹に深い傷が出来ていた。
剣を構えて馬ごと突っ込んだのだが、その剣を押し戻されてしまったのだ。
それでもライカルはバルディアを生かした。そしてレステュスの槍を不発に終わらせ、大きな隙をつくった。
それを見逃すバルディアではなかった。友の献身を無駄にせぬように、確実に目の前の男を仕留めるため、槍を振りかぶる。
しかし、その槍も不発に終わった…
ライカルのような者が相手にもいた。バルディアの剛力により槍がへし折れていた。それでも自らの主を守った。そして言葉にはしなかったが、訴えかけた。
(此処は我々がします。貴方はラストランを。)
その訴えかけるような瞳を見たレステュスはそう感じた。部下を身代わりにするようですぐれなかったが、自分は将軍であり、いますべきことが有ると自身を納得させた。そして、
「頼むぞ、先に行って、あちらで手土産を待っていてくれ」
「分かりました……閣下、御武運を。」
僅かばかりの供回りを連れ、ラストラン本陣に向け馬を走らせた。
「く、待てッ……追撃するぞ」
追撃をしようとするバルディアをレステュスの近衛兵が
「気の速いことをいうな、俺たちも十分強いぞ。」
精一杯の虚勢を張って止めた。
レーズリー、シャルル視点~
「くそッたれ。前後から攻めてるのにコイツら止まらんぞ」
「バルディア達が頑張ってるうちに削らないといけないのにこれじゃ無駄死にさせちゃうじゃない。」
シャルルや、レーズリーは強い。四帝国の若手筆頭とされるような力を持っているのにかかわらず、此方には見向きもせずただただ前に進むカンドス騎兵に、恐怖やそれに近しい感情そして焦りを覚えていた。
バルディア視点~
「くそ、コイツら鬱陶しい。どんだけ向かってきやがる。」
鬱陶しがりながらも、カンドス騎兵をバルディアは正面から叩いていた。
ジルクが頑張っていたものの、レステュスは歩兵を抜き本陣に迫っていたので、今すぐにでも追いかけたいが、それをさせて貰えず、此処で無駄な時間を浪費してしまっていた。
さらに自分を救った友の状態は決して良くなくあれから目を醒ましていない。自分のせいでこうなったと考えると、一人で勝負に挑めなかった自分の弱さに、一人で勝負に勝ちきれなかった自分の不甲斐なさに苛立ちがつのり、慎重さが無くなり、ますます良いように時間稼ぎをされていた。
しかしその苦しい時間は唐突に終わった…
「ラストランが出たぞぉ討ち取るぞ。」
「はッ!」
そう、大将ラストランが現れたのだ。それも馬に乗り、鎧を身に付けてである。一騎討ちかと思ったが、おかしい。
(ちょっと待て…なぜ将軍のまわりに近衛がおらんのだ?)
そう、ラストランは一人だった。武器の剣も腰に提げたままである。
それを見た瞬間、即座にレステュスは罠だと思った。しかし、自分は部下に託されたのだ。馬が合わないが、それでもライバルとして色々通じるものがあったシャルローにこれからを託し、死して恐るるものなぞ無いのだ。ならば罠に掛かったとしても奴を殺すのみ。
レステュスは速度を上げた。例えどんな罠が来ようとも関係無い。今はただただ槍となる。国のため、友のため、部下のため何があろうとも折れぬ槍に。
そしてレステュスは最高速に上げた。確実に殺すため胴を狙い、槍を放つ。対するラストランは未だに動かない。これでは外そうにも外せない。絶対の自信を持ったレステュスはさらに力を込めた。恐らく、今までのどんな一撃よりこの突きは速く、力強いだろう。
バルディアは遠目で見ただけだが、先程までの自分との戦いは戦いですらなかったと知らされた。
各国に名が轟く「双璧」の片割れが最期の華を咲かせ…
ラストランが腰の左側に提げた剣を引き抜いた。勢いそのままに、レステュスの槍の側面を切りつけ、その必殺の槍を上に打ち上げる。
その瞬間レステュスの体は無防備となった。
ラストランは返す剣でレステュスの体を斜めに断ち切った。両断とまではいかぬものの、レステュスは大量な血と臓物を撒き散らすこととなった。
レステュスは事切れていたのか、何も発しなかった。ただその眼はあまりに淀んでいた。
四帝国軍、連合軍どちらもあまりの決着に唖然としていた。しかし、ラストランの近衛兵が勝鬨を上げたことにより、理解が追い付いた。
そこからは、乱戦であった。
主を討たれ憤る連合軍は百騎もいないのに、ラストランを討たんと死も恐れず、突撃した。
四帝国軍は勝鬨により士気が上がり勢いをつけて、残党を処理しようと躍起になった。
そこからは地獄と言っていい。もともと、配置的に不利である筈の連合軍残党は腕がもげ、眼が潰れ、馬が死のうと戦うことを止めなかった。
その光景は、若いバルディア、レーズリー達には衝撃的過ぎた。