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輪廻の大地

作者: 胡姫

     輪廻の大地


かつて私たちは人間でした。

人間だったころの記憶は遠く、もう私たちを覚えている人もいないでしょう。

ずいぶん長い時間が経ちました。

それでもあの夜のことは鮮明に覚えています。

あの星降る五丈原。私がこの世の最後の息をした夜。

あの人が迎えに来てくれた夜。

ずっとその日を待ち望んでいました。

私たちを地上に縛り付けていた重力の軛はもはやありませんでした。あるのは自由。どこまでも手を取り合って飛んでいける美しい翼。私たちは一対の鳥となり、龍となり、誰憚ることなく絡み合い交わりながら飛翔していきました。

彼岸へ。人間の世界の外へ。

今では人間だったころの記憶は薄れ、すべてが遠い夢の中のようです。

ずっとあの人と生きていけると思っていました。永遠の生をあの人と。

でもあの人は、もう一度、人間への転生を望んだ。私は止めることができなかった。…

この手紙が世に出る頃、この国の形はすっかり変わっていることでしょう。

私たちが愛し、守り、戦い抜いたこの国が、どうか平和で美しい国になっていますように。

私と、私の愛した主君、劉備玄徳が望んだように。

豊かで、実りある世界を――


「龍の手紙。…これが?」

少年は目元を覆う黒髪を払い、呟いた。

「一族に伝わる重大な秘密、偉大な祖先のメッセージ…そう聞いていたのに。本当にこれがそうなのか?」

少年は荒野を見回した。

足元には無残な大地が広がっている。生物は死に絶え、豊饒な土は砂と化し、昔日の繁栄は見る影もない。

恐るべき天候不順と温暖化の影響は、広大な中国大陸を死滅させた。生態系の乱れは新たな感染症を招き、人口の実に四割が命を落とした。追い打ちをかけるように半島で核戦争が勃発し、世界は文字通り死の国になった。

足元を砂が流れていく。さらさら。さらさら。生き物の気配のない静寂の中、少年は手紙を握りしめた。

「畜生!」

やにわに少年は手紙を砂に叩きつけた。

「なんにも書いてないじゃないか!諸葛孔明。劉備玄徳。あんたたちはこの国の王だったんだろ?すごい力を持っていて、死んだあとは神になって、俺たちを天から見守っているんだろ?」

少年は慟哭した。

「だったら助けろよ!この地獄のような世界から、俺を、俺たちを…!」

「そんなに泣かないで」

不意に人影が現れ、少年に涼しげな声をかけた。

少年は涙に濡れた顔を上げた。

目の前に、白い服を着た背の高い青年が立っていた。

「そんなに泣かれたら、どうしていいか分からなくなるじゃありませんか」

「あんた、どこから…」

少年は信じられないものを見るように青年を見上げた。

「俺の他に、生きてる人間はいないと思っていたのに」

白い服の青年は優雅に体をかがめ、少年が投げ捨てた手紙を拾い上げた。そして懐かしそうにそれを胸に押し頂いた。

「あなたが見つけて下さったのですね」

少年は彼の前髪を払った。はっとするほど美しい黒目がちの瞳が現れた。意志の強そうな、吸いこまれそうな黒い瞳。青年は懐かしそうに、愛おしそうに笑った。

「また会えると思っていました」


物語はここから始まる。


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