悪役令嬢「殿下! あなたを追放します!」 殿下「なんだと!?」
「殿下! あなたを追放します!」
「なんだと!?」
それは、学園での卒業パーティでの出来事だった。
この学園では四月に行事が集中しており……卒業から入学と、この時期は大わらわだった。
絢爛な会場と、門出を祝福された貴族の子息に令嬢たち。
そんな、和やかな祝宴の場。
王太子殿下の婚約者であるブリジットが──
『この場に列席の皆さま、少々よろしいかしら?』
と、衆目を集めるなり唐突にそう言い放ったのだ。
狼狽える王太子殿下に、騒然となる会場。
ブリジットは続けて言う。
「──あ、間違えましたわ。殿下との婚約を破棄させていただきます!」
「どちらにせよ、なぜだ!?」
身に覚えのない、非難とも呼べる宣言に王太子であるエレンは困惑する。
「……その胸に手を当ててみてください。ようく、お分かりのはずですわ」
「悪いが全く身に覚えがない」
「まあ殿下ったら! よくも──そんなことが言えますわね!」
「とりあえず事情を話してくれ。乱心の次第によっては君を拘束せねばならん」
「あくまでも……わたくしに事情を話させるのですね……!」
「いや前置きはいいから早く話せ」
「よろしいですわ……! 殿下がその気なら、わたくし徹底的に糾弾させていただきます!」
「だから前置きはいいと言うに」
「まず──プリシラ様。この名前に聞き覚えは?」
「無論ある。クラスメイトだ。むしろ、ここで知らぬ存ぜぬなんて言ったら私の方が薄情者なわけだが」
「言い訳のお上手なこと。では率直に申し上げます。殿下、浮気してますわね」
「してない」
「やはりシラをきるおつもりですね……! わたくし、分かってるんですのよ。殿下が──プリシラ様を個人的に茶会へと招いていたのを!」
「当たり前だろう。『貴族子女を必ず一度ずつは個人の茶会に誘うこと』。必須カリキュラムじゃないか」
「システムを盾にすればすれば誤魔化せるとでも? 他にもあります。教科書がボロボロなプリシラ様を見て、気遣いの言葉をかけてらしたクセに!」
「紳士として当然だろう。にわか雨に降られてヨレヨレになってたんだ。私でカバーできる範囲だから手を貸したまでだ」
「他にも! 階段から落ちそうになっていたプリシラ様を、『なぜこんなことが!?』と悲劇的な演技を交えて、身を挺して助けていたではないですか!」
「紳士以前に人として当然だろう。誰かに突き落とされたなら犯人探しも非難もするが、そういうわけじゃない。彼女、何もないところで躓いて階段から落ちそうになってたんだぞ? 見て見ぬ振りでもしようものなら寝覚めが悪いなんてレベルじゃない」
「じゃあ今! 殿下の後ろに隠れるようにして怯えているプリシラ様は何なんですの!? まるで、わたくしが犯人かのような目でこちらを見てますし!」
「ハァ……? うおっ! ホントにいる!? うわビックリした! プリシラ嬢、そこで何を?」
そこで、今まで黙っていたプリシラが喋り始めた。
「殿下……! ブリジット様からイジメられている私を庇って、仰ってくれたじゃないですか! 『私は……真実の愛に目覚めた!』と!」
「なんだその恥ずかしいセリフは。私が? そんな言葉を? 君に?」
「まさか……! ふふ、いいんです。私はしょせん、男爵令嬢。馬の骨ですもの。お優しい殿下は、こんな下賎の者に対しても、一夜の夢を見せてくださったということですね……!」
「演技だとしたら上手いな、それ。次の歌劇オーディションに立候補するといい。すぐに主演女優になれる」
「なんてこと! プリシラ様まで弄んでいたなんて! わたくしたち、殿下の掌の上で踊らされていたのよ!」
そこでプリシラは下がり、再びブリジットが前に出てきた。
「君も演技、上手いなブリジット。今まさに私が踊らされているところなんだが」
「もはや、この上は陛下のご裁可を仰ぐしかありませんわね……!」
「貴族裁判を通り越してか? 待て待て、陛下はお忙しい。このパーティにすら列席してないんだぞ。茶番に手を煩わせるな」
「エレンよ、話は全て聞かせてもらった……」
そして突如、柱の陰から現れる国王陛下。
「ち、父上!? 公務はどうなさいました!?」
「馬鹿者! 公の場で父と呼ぶでない!」
「すいません陛下。有り得ないことに、公務に忙殺されているハズのお方が、いきなり現れたのでつい。それで陛下、もういいですから公務にお戻りください」
「お前! 父に向かって冷たいではないか!?」
「いまアンタが父と呼ぶなっつったんだろうが」
「おい言葉遣い。──ゴホン。話はブリジット、プリシラおよび……お前の学友から聞き及んでおる」
「そうですか陛下どうぞ公務にお戻りください」
「エレン──貴族子女達を弄んだ挙げ句、遊びの果てに捨てるなど言語道断。お前を……国外へ追放する」
「そうですか。私も今、内心を決意したので後で表明しますね。なんなら、これから荷物をまとめても構いませんが」
「ちょっと殿下! そんな本気にならなくても、よろしいじゃありませんの! フフフ、今日は──エイプリルフール……! まんまと騙されましたわね!」
「フッ……我が息子とはいえ、まだまだ青二才。この程度の謀略など見切らねば、国家の先は暗いぞ……!」
「全っっったく、微塵も騙されてませんがね。あ、そうそう。先ほどの表明、お聞きになります?」
「ちょ、ちょっと陛下。これヤバいですわ。殿下、マジ切れモードっぽいのですけど」
「エレンよ、ちょっとしたお茶目ではないか。王者たるもの、そのような器でどうする」
「いつもいつも言おうと思ってたんです。私はですね……家族も婚約者も愛してますよ。しかし──我が一族の下らない冗談が好きすぎる所だけは大っ嫌いなんですよ! ブリジットも遠戚のせいかジョーク大好きだし!」
「ま、まあまあ殿下。ここは可愛い婚約者に免じて、ね?」
「エ、エレンよ。そこまで怒らなくとも」
「さしずめ──今回の筋書きは古い書物の物語にある『ざまぁ』でも再現して私を困らせようと思ったのでしょう? ふふふ、では私の表明をお聞かせしますよ。あぁ、その前に悪役令嬢の名演をしたブリジットは後で【お仕置き・レベル5】だ。そのつもりでいろ。プリシラは……まぁ二人に唆されたのだろう。超不敬だが、今回に限り温情措置で。超不敬だが、今回限りな?」
「ヒェッ! お許しを! もう二度とお二方には協力いたしませんので!」
短く悲鳴を上げて退場するプリシラ。
「レベル5!? そ、そんな! わたくしの尻穴が! 殿下は、わたくしを傷物にして嫁に行けない身体にするおつもりですか!」
「大丈夫だ、私が貰うからそこは心配するな。それより淑女が尻穴とか言うんじゃない。マジふざけんな。まあ、せいぜい恥辱を味わって後悔しろ」
「エレン。国家元首である余は無論、無罪放免だな?」
「そうですね。立場上、陛下を罰することは出来ませんので。代わりに──」
「か、代わりに……?」
「私が即位する際、最初に発する予定の詔を申し上げましょう。『身分問わず、公もしくはそれに準ずる場において、一切のジョークを禁ず。特に王族に連なる者が禁を破った際は即刻処刑! むしろ一族の恥さらしは死ね!』」
「待て! 余たちが悪かったから、それだけは止せ! 我々の生きがいが……!」
「なにがエイプリルフールだ! 大体、嘘を楽しむのは午前だけで、ネタばらしをするのが午後だろ! 貴様ら短期間に詰め込みすぎなんだよ! 私の代で一族の悪癖、徹底的に正してくれる!」
「そ、そんな……!」
「殿下ぁ、お慈悲を……!」
しかし、エレンはそんな二人を一顧だにしなかった。彼は幼き頃から周りの貴族に、常々こう評されている。
『鳶が鷹を生むとは、まさに陛下と殿下のことですなあ』
別に、現国王や一族に連なる者が無能という意味ではない。そんな者達に国家運営など出来るべくもない。
ただ一つ。下らないジョークが大好き過ぎるところが一族の玉に瑕なのだった。それこそエイプリルフールという行事などの言い訳が通るなら、公の場ですら巫山戯たいくらいに。
そんな中でも、冗談を人並みにしか言わず、生来から生真面目な性質のエレンは異端視され──麒麟児扱いされていた。
本人としては普通なので、麒麟児より他の一族連中を変人扱いしろと思っていた。しかし、この国の貴族たちは基本的に真面目なので不敬は働かなかったのである。たまに例外も存在するが。
普通ならクーデターが起きても不思議ではない。だが、さすがにそこは王族。卒なく抑え込んでいるのだった。
エレンとしては、それすらも癪だった。
後年、即位の際に本当にその詔を発し、エレンは貴族たちから『名君』ともてはやされる。
だが──皮肉にも血の連なる一族からは、こう呼ばれるのであった。
『王家始まって以来の暴虐の王──即ち、暴君』……と。
書いてる人は終盤あたりで正気に戻りました。
なにやってるんでしょうね、マジで。