最終話 新しい生活へ
「みーくん、ネクタイの結び方が変」
あれからさらに月日が経った四月の初旬。
俺たちは、晴れて今日から東工大の一年生だ。
というわけで、住居のある市川駅から、
東工大のある大岡山キャンパスまで移動しなければいけない。
品川と目黒で乗り換えなければいけないのが少々面倒だ。
それはいいとして。
「いや、ちゃんと結べてると思うんだけどな」
「結び目の形が崩れてるよ。はい、ちょっと貸して」
と、ネクタイを解かれて、結び直されてしまう。
「はい、これで出来た」
「確かに、俺の結び方が変だったな」
うーむ。一体どこを間違えたのやら。
「みーくんがネクタイもちゃんと結べないって初めて知ったよ」
「と言われても、これまでスーツ着る機会無かったしな」
今回、着ているスーツはお義父さんたちからの贈り物だ。
俺たちは、自分たちのお金から出すと言ったものの。
「元々、二人で家計をやりくりをしてもらうように言ったのも、単に家計を維持していくことの大変さをわかってもらうためなんだ。別に、そんな事まで遠慮しなくてもいい」
とのことだった。
そして、俺の親父は、古織のスーツの分を出してくれたらしい。
「親としてのせめてもの償いだ」
とのことらしい。
まだ、気に病んでいるのが少し気がかりではあったけど。
「お義父さん。みーくんも私も気にしてませんから。もう気に病まないでください」
そう明るく言った古織の言葉に、
「そうか。本当にありがとう、古織ちゃん。いや、古織さん」
「私からも、お礼を言うわ。古織さん」
揃って、頭を下げた親父とお袋が印象的だった。
「古織さん」と言ったのは、《《同じ大人》》としての礼儀だろうか。
「もう、これだったら、ずっと私がついていてあげないといけないね♪」
「なんで嬉しそうなんだよ」
「少しくらい頼りない方が、お世話して上げられるし、嬉しいの!」
「そういうもんか?」
「そういうものなの!」
日々を過ごして、古織はさらに愛情深くなったように思う。
俺も、彼女に負けないくらい、もっと愛情表現せねば。
そう誓うものの、いつか救ってくれたくらいの愛情を返せるかどうか。
「お!なんか、幸太郎たちからライン来てるぞ」
メッセージには、
【バカ夫婦の二人!入学式から遅刻しないようにね!】
相変わらずな雪華の言葉に、
【別に何もそこまで言わなくても】
なんて、苦笑いしてるのが目に浮かびそうな幸太郎の言葉。
「相変わらず、雪華ちゃんたち、仲良くやってるみたいだね」
苦笑いした様子の古織。
そして-
【あ、そういえば。二人の大学生活をモデルにさせてくださいね】
読書少女、橘からのメッセージ。
彼女は、俺たちとも雪華たちとも違う、東京の国立大学に進学。
文学研究をしたいらしい。
「俺達の大学生活な。今度はバイトの模様とか入りそうだな」
「どんなバイトしようかな?」
晴れて大学生になった俺達は、お義父さんたちからバイト解禁。
大学生活が安定してからだけど、二人でバイトしようと決めている。
「俺としては、古織はウェイトレスが似合うと思うぞ?」
と言いつつ、思い浮かんだのは、メイド姿の古織。
ウェイトレスと言いつつ、なんでメイドを思い出しているんだ。
「ひょっとして、メイド喫茶の事、思い出してる?」
う。鋭い。
「いや、そんなことは……」
「正直に言ってみて」
「少しは、ある」
隠しても仕方ないので白状する。
「もう。じゃあ、その内、また、あの格好してあげるから」
「じゃ、じゃあ、その内頼む」
そんな事を話している内に、二人とも準備完了。
「俺達の節約生活はこれからだ!」
扉を開けつつ、言ってみる。
「なんで、そんな打ち切りエンドみたいなこと言うの?」
頬を膨らませて抗議されてしまう。
「今日が入学式だし、ちょうどよくないか」
だって、物語には綺麗な終わりはあっても。
人生には、綺麗な終わりなんてない。
だから、なんだって「これから」。
「ちょうどよくないよ。やっぱり、赤ちゃんが出来て、ハッピーエンドだよ」
「いやいや、たぶん、その先が大変だぞ」
なんて、くだらない事を言い合いながら、入学式への道を歩く俺たち。
まだ見ぬ大学生活に思いを馳せながら。
そして、お互いに指輪をはめた手を握り合いながら。
これにて、
「小さい頃の結婚の約束にマジレスしたら、可愛い幼馴染と結婚していた件」
は完結です。
あえて、今回は大学生活の「はじまり」を終わりにしてみました。はじまりで既に結婚している二人の節目は何かと考えた結果、通過点である入学式がベストだろうという事でこのような形での完結になりました。
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ではでは。